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『こちらはセルフとなっております』

作者: 冬月トウジ
掲載日:2025/09/11

 初投稿になります。稚拙な文章とはなりますが、読んでいただければ幸いです。

 たまの休みに車で出かけた時に限って不都合が起きる。せっかくの休み、家に閉じこもっているのはもったいない。そう思ってドライブに出掛けたのだが、その判断が間違っていたのかもしれない。車を発進させるところまでは良かったのだが、生憎今日は日曜日。平日に比べると、車の出入りは多く自然と道は混んでいた。特に急ぐわけでもないが、やはり渋滞が発生すると気持ちのいいものではない。俺はラジオを聞いて気を紛らわせようとした。だが、大量の車によって電波すら渋滞しているのだろうか。ラジオの音声も途切れ途切れになってしまい、まるで神経を逆撫でしてくるかのようだ。耐えきれずにラジオを切る。次は音楽でもかけるか。運転前に連携したBluetoothを選択し、音楽を再生する。しかし、かからない。もう一度試してみる。かからない。一体どうしたのだろう。設定をいじった覚えはないし、Bluetoothの接続が切れているわけではない。原因究明に頭を働かせていると、思い出した。そういえば、スマートフォン自体の通信制限がかかっていた。だから音楽アプリが起動しなかったのか。思わずハンドルを握る手に力が入る。この渋滞の中、暇を潰せるアイテムがないということか。なかなか辛い。せっかくの休みだというのに…。すでに一日の半分以上を無駄にしてしまった気分である。いい天気だからといって無理に外出すべきではなかったかもしれない。気温はぐんぐん上昇しているようだし、差し込んでくる日差しもどんどん鋭くなっている感じだ。

 しばらく車をボーッと走らせていると、予期せぬ発見があった。発見というとポジティブな事柄を想像しがちだが、今回はネガティブな事柄である。いつからか分からないが、ガソリンの給油ランプが光っている。まずいな。家を出た時から点灯していたとすると、もう少しで走行不可能になってしまうのではないか?休日にわざわざJAFを呼ぶなんてことになったら笑い事じゃ済まないぞ。思わず辺りを見渡す。すると、ちょうど左側にガソリンスタンドを発見した。

 渡りに船とはまさにこのことである。取り舵いっぱい、左にハンドルを切って駐車する。給油口を開けてエンジンを止める。冷房が消えると途端に車内の気温が上がるようである。早いところ店員にガソリンを入れてもらわなければ。しばし待ってはみたものの誰もやって来ない。なんだこのスタンドは。教育がなってないじゃないか。文句を言いに行くしかないか。運転席を降りて周囲を見渡す。すると、店員がやって来ない理由が分かった。このガソリンスタンドは給油がセルフの店だったみたいだ。そうかそうか。勝手に給油してくれるものだと勘違いしていた。いつもガソリンを入れているスタンドはセルフじゃなかったからな。それにしても、セルフで給油をするなんて久しぶりだ。何となく手順を思い出しながら、レギュラーガソリンを選択する。1万円札を入れる。静電気除去シートに触れてから給油レバーを持ち上げて、給油口に突き刺す。カチッと音がした給油レバーを元の位置に戻す。レシートを受け取り運転席に戻ろうとした時、違和感を覚えた。あれ、お釣りが出てこないぞ。レギュラー満タンにしたとはいえ、さすがに4000円くらいは戻ってくるはずではないか?もう一度確認のために戻ってみる。セルフの給油の仕方という看板を見る。お釣りの項目があったため、よく読んでみる。「お釣りはレシートに印字されたバーコードを釣り精算機にかざしていただくと、自動的に釣銭が排出されます。」とのこと。一読しただけではよく意味が分からない。もう一度読んでみる。なるほどなるほど。よく分からない。店員に聞いてみようとぐるりと周囲を見渡す。しかし、どこにも見当たらない。何をやっているんだこのスタンドは。ホスピタリティの欠片もないじゃないか。暑さも相まってますます頭に血が上ってきた。何か打開策はないかとあたふたしているとあるボタンが目に留まった。

「ご用の方はこちらを押してください。」そうかそうか。呼び出しボタンが用意されていたのか。思わず胸を撫で下ろす。ボタンを押して、しばし待つ。すると、奥の方から若い男の店員がのそのそとやって来た。

「どうかしましたか?」

「釣銭が出てこなくて困っているんだけど。」

「注意書きお読みいただけましたか?釣銭機は別に用意されております。あちらの黒い機械が釣銭機になります。」

店員は私の後方を指して答える。

「それは分かっている。どうやったら釣銭が出てくるのかが分からないんだけど。」

「それに関しても注意書きの説明通りにやっていただければ簡単にできます。」

気だるげな口調で説明され思わず語気が強くなってしまう。

「できないからわざわざ呼んだんだけど。分からないからやってくれる?」

「すみません。こちらセルフとなっておりまして、お客様自身で操作していただかないといけない決まりでして…。」

「なら教えてくれよ。」

店員は顔をしかめて、どうぞと釣銭機まで案内してくる。接客中なんだからせめて顔に出さないようにしろよ!と俺は心の中で文句を垂れる。

 釣銭機にはバーコードを読み取るスキャナーが内蔵されているらしく、レシートのバーコードをかざすと画面にお釣りの金額が表示された。

「こちらでお間違いないですか?」

間違いないと伝えてから確定ボタンを押す。すると、ジャラジャラと音がしてお釣りが排出された。なんだ。やってみたら案外簡単じゃないか。これならわざわざ店員を呼ぶ必要はなかったかもしれない。もっと注意書きを分かりやすい表現で書いた方がいいことと、釣銭機の距離が遠いからもっと近くに設置した方がいいこと、仮に遠くに設置するのであれば釣銭機がどこにあるのか看板や案内板を設置した方がいいことを店員に伝えた。店員は、「はあ」と小首をかしげながら話を聞いていた。おそらくきちんと伝わっていないかもしれない。貴重なアドバイスだというのに。こんなやる気のない店員を雇っているようではこのスタンドも長くはないだろう。車に乗り込みエンジンをかける。すぐに冷房のスイッチを入れる。生き返るようだ。涼しさに思わずボーっとしてしまう。いかんいかん。あまり長居をするつもりはない。時計を確認すると四〇分も滞在してしまったようだ。ギアをドライブに入れてガソリンスタンドを後にした。

 ガソリンスタンドで四苦八苦してしまったために、想像以上に汗が吹き出していた。そうなると必然的に喉も乾いてくる。どこか入れる店はないだろうか。キョロキョロ周囲を見渡すと、少し先にファミレスの看板が見えた。グッドタイミングだ。俺は左ウインカーを出し、ファミレスに駐車した。

 日曜日の午後ということもあってか、店内はにぎわっていた。空いている席にどうぞ、という案内に従って窓際の席に座る。もはや席に案内する店員すらいない。メニューを見て店員を呼ぶために呼び出しボタンを押す。奥から店員がやって来る。注文をするために口を開こうとした瞬間、

「お客様、申し訳ありませんがご注文の際はタッチパネルをお使いください。タッチパネルの操作方法はお分かりになりますか?」

いきなり質問されたためたじろいでしまう。コーヒーを注文したい旨を伝えると、

「でしたらドリンクバーを注文していただいた方がお得ですね。ドリンクバーの項目をタップしていただいて、注文確定を押してください。」

言われた通りに操作を行う。正直これなら店員が操作した方が早いのではないか?

「ご注文ありがとうございます。ドリンクバーはセルフになっておりまして、奥のドリンクバーコーナーから適宜お飲み物をお取りください。」

ドリンクバーもセルフか。店ごとに注文方法が異なるから、ややこしい。もはや、一昔前のファミレスは存在しないのかもしれない。

 ドリンクバーコーナーも店内同様に混雑していた。(特に家族連れが多く、子どもがドリンクを入れたがっているようで、そのことがさらに混雑を助長しているみたいだ。)一息つこうと店に入ったのにこれじゃ気が休まらない。コーヒーとカフェオレを一杯ずつ飲んで俺は退店することにした。伝票を持ってレジに行くとでかでかとセルフレジと書かれていた。ここもまたセルフなのか。うんざりを通り越してもはや清々しい気分にさせてくれる。先に支払っている客の様子を観察して、見様見真似で会計を済ませることに成功した。なるほど、最初に伝票のバーコードを読み込ませてから支払うのか。1つ勉強になった。

 このまま家に帰ろうと思っていたが、家に食料品がほとんどなかったことを思い出しスーパーに寄ることにした。こちらも日曜日の午後ということでたいそうにぎわっていた。あらかた食材や冷凍食品をカゴに放り込んでレジに向かう。もしかしてこの店も。予感は的中した。有人レジもあることはあるが長蛇の列になっているため、自然とセルフレジを選ばなければいけないように仕向けられている。

 カゴをセルフレジ台に置き、バーコードを機械に通していく。なぜ俺はバイトのようなことをしているのか一瞬混乱してくる。ふと手が止まる。この野菜はどうするのか。バーコードのない商品は買えないということなのか。困惑している様子を感じ取ったのか店員が近づいてきて、

「バーコードのない商品は直接タッチパネルで操作してください。お野菜であれば、お野菜の欄から選んでください。」

AI音声のような抑揚のない声が響く。一瞬コイツも機械なのでは?と疑ってしまう。ただ、店員のアドバイスはそれなりに有益であった。要領を掴んだ俺は、その後特に問題なくセルフレジをこなして会計を終えた。

 家に到着して買ってきた食料を冷蔵庫に詰め込む。何だか休日だというのにどっと疲れたような気がする。また明日から仕事だというのに。リフレッシュできたのかどうか分からない。ベッドに寝転がりスマホを見る。またこうして気が付くと夜になっているのだろうなと憂鬱な気分になる。来週の休みこそリフレッシュできたらいいな。俺はそんな漠然とした願望を抱いていた。

 

 次の休みこそエンジョイしてやるぞと決心しても、平日の激務によってそんな感情はどこかに吹き飛んでしまうようだ。金曜日に帰宅してから土曜日の夕方になるまで、一歩たりとも家から出ることはなかった。そもそも出ようという意思すら皆無であった。外は相変わらず暑いし、身体の疲れもピークに達している。それでもさすがに腹が減った。何か食いに行くか。空腹によってようやく重い腰を上げた俺は街へ出掛けることにした。

 たまには徒歩で出かけてみるのも悪くない。夕方になり多少は気温も下がってきたみたいだ。散歩がてら飲食店を探す。見慣れた飲食店の看板を通り過ぎる。どうせなら普段行くような店ではないところがいい。車では入っていけないような路地を曲がり、新規開拓を試みた。10分程度歩いたところでふと足が止まった。一見すると見覚えのあるチェーン店の看板である。でもよく見ると所々雰囲気が違うように思えてくる。店の外観も新しい。物は試しと入店してみることにした。

 店の内装はいかにも普通のファミレスといった感じで特に目を見張るような部分はなかった。店内はそこまで混んでいる様子はなく、ゆったりと過ごせそうな雰囲気が漂っていた。適当な席に着いて、メニューを確認する。洋食の気分だったのでデミグラスソースのオムライスを注文することにした。前回の反省を生かして、タブレットでの注文をこなす。注文確定のボタンを押すと、突然俺の席からブザーのような音が鳴り始めた。なんだなんだと慌てていると、機械音声が聞こえてきた。

「十八番テーブルのお客様、そのままキッチンにお進みください。」

キッチン?何を言っているのか。そのまま席に座っているとずっとブザーが鳴り続けている。さすがに違和感を覚えて、俺は席を立ちキッチンへと向かった。すると、ブザーは自然と鳴り止んだ。ちょうどレジで作業をしている店員がいたので事情を説明する。機械の誤作動じゃないのか?と問い詰めると店員はペコペコしながら答えた。

「申し訳ありません。当店は調理もセルフとなっておりまして。注文されたメニューに関してはお客様ご自身でお作りいただく形式となっております。」

一瞬聞き間違えたかと思って再度聞き返す。しかし、どうやら聞き間違いではないらしい。なんで店に来てまで自分で飯を作らなきゃならないんだ。注文もセルフで、調理もセルフなんてややこしくてしょうがないじゃないか。俺は店員にそう文句を言った。

「申し訳ありません。調理自体の手順は簡素化したレシピをお渡しておりますので、難しいところはございません。」

きっぱりと言い切られてしまったため、俺はその場に立ち尽くした。このまま文句を言っても飯が出てこないのであれば仕方ない。自分で作るしかないか。俺はキッチンへと向かった。

 キッチンは料理ごとにスペースが区切られていた。俺はオムライスのコーナー(フライパンが並んでいる)に進んだ。壁面にはレシピがいくつも書かれていて、そこに料理の手順も添えられていた。さらに、キッチンタイマーも用意されていて、卵の焼き加減を調整する際に利用するようだ。とりあえずやってみるか。俺はガスコンロを点けた。

 四苦八苦しながらなんとか料理を完成させる。見た目はぐちゃぐちゃで一目見ただけではこれがオムライスと識別できないかもしれない。まぁ味が良ければ問題はない。一口食べてみる。正直言ってまずい。チキンライスはべちゃっとしているし、中に入っているチキンも固い。卵も火が入りすぎているのか、全然ふわふわではない。デミグラスソースで味はなんとかごまかせているものの店で食べるクオリティの料理ではない。完全に入る店を間違えたな。後悔を滲ませながら、俺は席を立った。


 結局いつものように一週間を過ごしてしまうと、休みの日に遠出しようという気分にはならない。かといって一日中ダラダラ家に閉じこもっているのももったいない。ならば、平日にはできないことをしよう。そう決心して、俺は部屋の掃除を始めた。普段はウェットシートでモップ掛けをするだけなのだが、今回は雑巾がけもセットで行った。さらに、風呂場のカビ取りやシンクのアカ取りも並行して行った。汚れが落ちていく様子を見るのは何とも気持ちがいいものである。一度掃除のスイッチが入るととことんまでやりたくなってしまう。どうせなら洗車もしようか。いつもは面倒くさがって後回しにしてしまうのだが、こういうやる気のある時に片付けてしまった方がいいだろう。

 最近エンジンのかかりが悪い。暑さの影響なのか、それとも何か別の原因があるのかは分からない。一度見てもらった方がいいかもしれない。三回目でようやくエンジンがかかった。そのままガソリンスタンドへと向かう。

 夕方の洗車コーナーは思いの外混んでいた。皆日中の暑い時間帯を避けてやって来たのかもしれない。五分ほど待ってから洗車機に進みエンジンを止める。ぐいーんと機械が動き始める。子どもの頃は洗車されている車の中が好きだった。何だか、日常の中にふとアトラクションが紛れ込んでいるみたいで面白がっていたのかもしれない。今となっては、ただボーっとするだけの虚無な時間である。まさかこんな時に大人になったことを実感するとは思ってもみなかった。洗車が終わりエンジンをかける。またかかりが悪い。少々イライラが募る。何度か試みてようやく発進する。

 車体の水滴を拭きとるため、洗車スペースに移動する。水滴を甘く見てはいけない。濡れたまま放置すると乾いてしまい、そこからイオンデポジットと呼ばれる白いシミが生じる危険性がある。特に、夏場は日差しが強いため一瞬で乾いてしまう。ある意味、時間との戦いである。迅速かつ丁寧に拭き取っていく。一通り拭き終えたところで、エンジンの不調について尋ねてみることにした。俺はなるべくツナギを着ている人を探して声を掛ける。(整備士っぽい人の方が当然車に詳しいだろうという期待を込めて…)エンジンの不調を訴えると、整備士(っぽい人)は首を傾げている。

「エンジンの不調は理解しました。その原因は何かお分かりになりますか?」

「原因が分からないから相談をしに来たのだよ。早くエンジンを見てくれ。」

「エンジンを見ても何も分からないと思います。」

「分からないじゃ困る。あんた整備士だろ?整備士なら一目見ればエンジンの不調の原因くらい分かって当然だろうが。」

思わず語気が強くなる。しかし、そいつは呆気に取られたような顔をしている。

「お客様、何か勘違いされているようですが、私は整備士ではありません。ただのガソリンスタンドの店長です。」

「責任者ならなおさらだ。車のことくらい分かるだろう。」

俺はなるべく感情を抑えながら話そうと心掛ける。

「それはお客様の勝手な偏見ですよ。私だって、好きでガソリンスタンドの店長をやっているわけではないです。雇われ店長みたいなものですから。」

「なんだ、その態度は。つべこべ言わずにさっさとエンジンの不調を直せ!」

とうとうイライラが爆発してしまった。だが、店長はケロッとした顔で、

「言い忘れていましたが、こちら車の整備等はセルフとなっております。お客様自身で修理してください。工具等は無料でお貸しいたしますので。」

などと返答してきた。

「セルフだと。ふざけるな!エンジンのことなんて分かるわけないだろう。」

「ですが、先ほどお客様仰っていましたよね。整備士なら車のことが分かって当然だと。その理論で言えば、車に乗っているのならエンジンのことくらい分かって当然だと思うですが…。」

「屁理屈をこねるな!大体、車に乗っている全員が全員、車のことを熟知しているわけがない。」

「そんなことはないと思います。皆さん大体、ご自分で不調を見つけ出して直していきますよ。ちょうどあんな風に。」

振り返るとそこにはスマホを左手に、スパナを右手に持った若者やおじいさんが車の整備を行っている様子であった。俺は唖然としてしまった。

「最近では、スマホがあれば何でも解決できてしまいますからね。」

店長はしたり顔でさらに続ける。

「何か工具をお貸ししましょうか?スパナでもレンチでも何でもお貸ししますよ。」

「なら、工具セット一式を貸せ。」

そこまで言うならやってやる。あんなじいさんでもできるなら俺だってできるはずだ。

 ボンネットを開けてエンジンルームを確認する。正直、一目見ただけでは何が何だか分からない。スマホで検索をかける。【エンジン 不調 原因】ずらりと項目が並べられてる。エンジンオイルの劣化、オーバーヒート、インジェクターの詰まり、スロットルバルブの汚れ…。ちんぷんかんぷんである。やはり内部構造を理解してからでないと無理なのかもしれない。それでも何もせずに工具を返却するのも癪である。気休めもしれないが、緩んでいそうなネジを何本か締めることにした。試しにエンジンをかけてみる。ブウンという音とともにエンジンがかかった。一回でかかったぞ。荒療治かと思ったが、どうやら直ったみたいだ。時には直感に頼ってみるものだな。工具を店長に返却する。

「エンジンの不調は直りましたか?」

「ああ。お陰様で。簡単に直ったよ。」

「それは良かったです。またのご利用をお待ちしております。」

内心二度と来るかと思いつつ、俺は車を発進させた。

 セルフの修理が成功したからか、その後は不調が嘘だったかのようにエンジンがかかるようになった。ゆえに、俺も整備に行かなくても大丈夫だなと高を括っていたのかもしれない。


 金曜日の夜。仕事から帰宅するために車に乗り込む。明日から休みになったという高揚感と疲労感が同時に押し寄せていたのかもしれない。はたまたなるべく早く家に帰りたいという思いが、アクセルをいつも以上に踏ませたのかもしれない。信号が青に変わり、発進する。走っている道は右カーブに差し掛かる。ブレーキを踏んで減速を試みる。しかし、車体は減速する気配がない。もう一度勢いよくブレーキを踏む。ダメだ。減速しない。このままの勢いでは次の右カーブを曲がり切れない。刻一刻とカーブが近づく。くそ、まさかエンジンだけじゃなくてブレーキまでいかれていたとは。面倒くさがらずに修理に行くべきだった。後悔先に立たずとはまさにこのことだ。もうダメかと思った時、サイドブレーキの存在に気付く。人間は危機的な状況に陥ると思考能力が落ちるというのはどうやら本当のことらしい。俺は思いっきりサイドブレーキを引く。強制的に車をストップさせようとしたことで、車体は制御不能になってしまった。他の車との接触を避けるためにハンドルを目一杯切る。その結果、車体は街路樹に激突した。想像以上の衝撃の後、エアバックが作動する。一瞬視界がぼやける。不思議とそこまでの痛みは感じなかった。しかし、簡単に動ける状態ではない。スマホを取り出そうにもエアバックが邪魔で取り出せない。そうだ。こういう緊急時のための通話ボタンがあったはず。俺はルームライトの隣にあるボタンを押す。どうやらつながったみたいだ。

「こちらは緊急時専用オペレーターでございます。今回はいかがいたしましたか?」

「車で事故を起こした。自力で車から降りられる状態じゃないから、救急車を呼んでくれ。」

「承知いたしました。GPS機能によってそちらの位置は把握できておりますので、今から救急車を向かわせます。少々お待ちください。」

よかった。まだ何も解決していないが、助けが来てくれることが分かるとホッとする。

「救急隊員が到着したら現在の症状について尋ねられると思います。その際にきちんと答えられるようにご準備なさっておいた方がよろしいと思います。今のうちに、痛む場所や疑いのある箇所を見つけておいてください。」

分かったと言って着信が終了する。

 10分程度経っただろうか。遠くの方から、救急車のサイレンが聞こえる。助かった。俺はさらに安堵感に包まれた。救急車は俺の車の前に止まり、救急隊員が降りてきた。運転席のドアが開かれる。

「身体少し動かしますね。」

運転席から抱きかかえられるようにしてストレッチャ―に移動させられた。

「意識ありますか?ご自分のお名前言えますか?」

「よ、横山です。」

喉から声を振り絞るようにして答える。

「横山さん。こちら正面から街路樹に衝突したってことで間違いないですか?」

俺は首を縦に動かす。痛みで少ししか動かすことができない。

「なるほど。腕は動かせますか?右でも左でもどちらでも構いません。」

俺は軽く右手を動かす。感覚はあるようだ。

「これなら大丈夫か…。じゃあこちらのセルフ応急処置セットをお渡ししますね。」

ドンと目の前にAEDのようなものが置かれる。

「な、なんですかこれは。」

「こちらはセルフ応急処置キットとなっております。」

隊員はガサゴソと中身を取り出している。

「患者さんご自身で応急処置ができるアイテムになっております。」

「どうして自分でやらないといけないんだ。あんた救急隊員だろ。」

「そういうことは関係ありません。腕が動かせる患者さんの場合はセルフ処置が基本なので。」

全く悪びれる様子もなく、淡々とした口調で隊員は話を続ける。

「音声案内に従って、こちらのボタンを操作してください。」

「ボタン?なんだそれ。よく分からない。」

「音声案内通りに操作すれば簡単です。」

「分からないって言っているんだから、お前が操作してくれよ。」

「いえ、あくまでもセルフですので。」

隊員は頑なに操作をしない。音声案内が聞こえてくる。

【痛みを感じる部分はどこですか?A頭部B上半身C下半身Dその他の項目から選んでください。】

キットの盤面を見ると、大きく四つのボタンが点滅していた。この中から選べということか。痛みを感じる場所と言われると難しい。頭も痛い気もするし、腕も痛い気もする。おまけに、太ももも足首も痛い気がする。弱ったな。

「全部痛いという項目はないのか?」

「ないですね。ここが一番痛いという箇所を選んでください。」

融通が利かない。これで本当に適切な応急処置ができるのか。とりあえず俺はAのボタンを押す。

【その部位はどのように痛みますか?AジンジンBズキズキCガンガンDその他】

「何だこの質問は。小学校の保健室じゃないんだぞ。」

ふざけているのかと思いツッコんでしまう。

「いたって真面目な質問です。早く答えてください。」

冷静なトーンで返答されても困る。どうしたものか。とりあえず、この中で一番痛そうな擬音であるBのボタンを押す。

【こういった症状から連想される病気は何ですか?A脳挫傷Bくも膜下出血C硬膜外血腫Dその他】

「いきなり専門的な単語が出てきて混乱してきた。何がどう違うのか説明してくれ。」

「そんな時間はありません。あくまでも応急処置なので、時間との勝負です。早く選んでください。」

暴論すぎる。何がなんだかさっぱり分からない。とにかく聞いたことのある病名を選択するしかない。AとBで迷った結果、Aを選択する。

【脳挫傷と診断したあなたに必要な応急処置を選択してください。A涼しい木陰で太い血管が流れている箇所を氷などで冷却する。B身体を水平に保ち頭部を清潔なガーゼ等で圧迫しながら止血を行う。C安静、冷却、圧迫、拳上の順に行い該当箇所をタオルや添え木で固定する。Dその他】

「長ったらしくて何が何だかわからんぞ!」

「とにかく早くしてください。もう手遅れになりますよ。」

そんなこと言われても。機械音がペラペラ話しているから、内容が全く入って来ない。氷で冷却?頭部を圧迫?それとも固定?もう訳が分からん。悩んでいると突然キットからピーというけたたましい音が鳴りだした。

「タイムオーバ―。応急処置失敗。手遅れです。生存確率が格段に下がります。」

機械の無機質な音声が現実を突き付けてくる感じがした。

「手遅れってなんだよそれ。」

「だから早くしてくださいって何度もアナウンスしたじゃないですか。これじゃ横山さん死にますよ。」

「ふざけんな!そんな縁起でもないこと言うな。大体隊員のお前が操作していればこんな面倒な事にはなら…。」

急に言葉が出てこない。というか、急に頭が割れるように痛い。吐き気もすごい。意識がどんどん遠のいていく。耳から微かに音声が入って来た。

「これはもう手遅れだな。」


 どうやら俺は本当に死んでしまったようだ。確証はないが、意識が戻ると目の前に大きな川が流れていた。これが俗にいう三途の川ってやつか。川幅も奥行きもだいぶ広いな。ぐるっと見渡していると視界の隅に何かが見えた。〈三途の川ボート乗り場〉と書かれている。ボートに乗って運んでくれるのか。こりゃあいい。ちょっとした観光気分で俺はボート乗り場まで向かった。

 船着き場にはずらりとボートが並んでいた。そこで船の整備をしている船頭員らしき人を見かけた。

「すみません、ボートに乗りたいんですけど。」

一声かけると船頭員はむくっと顔をこちらに向けた。その顔や身なりは紛れもない鬼そのものであった。

「はいはい。対岸までね。六文いただきます。」

六文というと一昔前の通貨である。もしかして金を取るのか。

「今手持ちがなくて…。」

「無一文かい。それじゃあ船には乗せられないな。こっちも商売だからね。頑張って歩いて渡ってくれ。」

鬼は冷たくあしらってくる。

「歩くにしても、一体対岸まで何キロあるんですか?」

「正確に測ったことはないけど、300か400キロくらいじゃないか?」

「そんな距離を歩くなんて無理ですよ。なんとか船を出してください。」

俺は生まれて初めて土下座をしながら頼み込む。(死んでから初めての土下座とも言えるかもしれないが。)

「そんなこと言われてもな。」

鬼は何かを考えているのか頭を掻いている。何度も何度も額を地面にこすりつけながらお願いを繰り返す。

「なら分かった。あそこにあるボロい船を貸してやる。」

顔を上げて見ると、本当にボロボロの船が停泊していた。

「ありがとうございます。船を出していただけるのですね。」

「勘違いするな。俺は船を貸すと言ったんだ。その後は自己責任だ。」

「と言いますと…。」

「自分で漕いで対岸まで行ってくれ。現世でいうところのセルフサービスってやつだ。」

この場所でもその言葉を聞くことになるとは思ってもいなかった。

「でもこの船対岸まで無事に持ちますかね?」

「それは保証できんな。途中で沈没したら泳いで渡るしかないな。」

「そんな。困りますよ。」

「うるせぇな。これでもだいぶ譲歩してやってんだ。俺の気が変わらない内にさっさと出発しやがれ!」

突然の怒号に促されるように、俺は船に飛び乗った。備え付けのオールもボロボロで、ひと漕ぎするたびにみしっと折れそうな音がする。本当に対岸に辿り着くのだろうか。不安をかき消すように俺はひたすら船を漕いだ。

 結局船は沈没してしまった。ただ、幸いなことに対岸が見え始めてからの沈没であったため、なんとか泳いで渡りきることができた。陸に上がるとちらほら人影が見えてきた。少し進むと人だかりのようなものができている。先ほどとは別の種類の鬼が何やら人々に指示を出している。

「今身に付けている服を脱いでそこの木にかけろ。その枝の垂れ具合によって生前の罪の重さを量るからな。その後閻魔様の審判の時間となる。脱いだ奴は正面の案内に従って列を作って待っていろ。」

謎の儀式というかしきたりなのだろうか。俺は白装束を脱いで言われた通りに木にかけた。しばらくすると鬼がやって来た。

「お前はそこまで垂れていないな。ならば、右の列に並べ。」

言われた通りに進む。裸の人々が行列を作っている。とてつもなく異様な光景である。まああの世だから仕方ないのかもしれない。そう割り切ることにした。

 列が進んでいくと、案内の看板が目の前に現れた。〈この先冥土審査会場〉ほう、これが冥土か。ここで天国・地獄が振り分けられるということなのかもしれない。そう思うと妙にドキドキしてきた。今後俺がどこで過ごしていくのかを決める重要な時間ということか。一旦深呼吸をして心を落ち着かせる。

 いよいよ会場の門をくぐり中に入る。中は役所というか病院の待合室のような作りになっていて、前の人が呼ばれたら奥に案内されるというルートになっていた。

「横山さん、奥にお進みください。」

アナウンスがされる。俺は緊張を押し殺して歩みを進める。まず目に飛び込んできたのは大きな机である。そして見上げるほどでかい何かがそこにいた。閻魔である。子どもの頃絵本で読んだ通りの真っ赤なデカい閻魔であった。思わずたじろいでいると、閻魔が話を始める。

「大体察しはついていると思うけど、ここはあなたが死後の世界でどう過ごしていくか決める場所です。あまり長話をする時間もないのでさっさと進めていきます。」

とてつもなく形式的な口調である。本当に役所に来てしまったのか?と勘違いするほどに。

「横山さんね。白装束はあまり濡れていなかったみたいだから、そこまで現世で悪いことはしてなかったのかな。一応こちらも加味しておきましょう。」

閻魔は用紙に何かをつらつら書き続けているようだ。どうやら船に乗ったことによって服が濡れなかったことが幸いしているらしい。ここは何とか天国に行けるようにアピールしないと。

「閻魔様。どうか私を天国に行かせてください。現世で私は善行を繰り返していたと自負しております。例えば…。」

「そういうアピールは一切受け付けていないので。あくまでも客観的な事実でしか判断しませんから。」

淡々と切り捨てられてしまった。これでは完全に閻魔の裁量ということか。一体どうなるのだろうか。俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。(もう死んでいるから、心臓が動いているはずがないのだが…。)

「一通り横山さんの情報に目は通しました。あとはもっと細かい部分を見ていきます。おーい。横山さんにこれ渡して。」

上空から何か大きな石のようなものが落下してきた。どしんという音がしたかと思ったら、その物体を閻魔の部下らしき鬼が運んできた。よく見るとそれは広辞苑の2倍、もしくは3倍くらい分厚い本だった。

「なんですかこれは。」

「これは横山さんが生まれてから死ぬまでの行いが全て書き記された冊子です。これから横山さんにはこの行いを一つずつ善行か愚行かに仕分けしてもらいます。」

「なぜですか?さっきの服の濡れ具合で天国か地獄か判断したんですよね?」

「そんな簡単に判断出来たら苦労はしませんよ。」

はぁという大きなため息が頭上から聞こえてきた。

「この仕分けは横山さんを天国に上げるのか、また地獄に落とすのかを決める重要な判断材料です。」

「それは閻魔様の独断と偏見で決まるのではないのですか?」

「現世ではそんな風に捉えられているみたいだけど、とんでもない。こっちは公平・公正に判断しているのに…。」

またもや大きなため息が頭上で聞こえる。

「一昔前は私たちで全部処理していましたよ。でもね、年々審査する項目が増えてくるんですよ。でも死んでいく人数は減ることはない。もう手一杯でね。そんな時に思い付いたんですよ。死んだ人自身に善行・愚行を仕分けさせればいいと。」

まさか閻魔からもあの一言が飛び出すのか。思わず俺は耳を塞ぎたくなった。

「現世で言うところのセルフ化ですよ。そうしたら仕事の効率が爆上がりしました。」

またか。俺は天を仰ぎ見る。

「善行か愚行かの判断基準は冊子の冒頭に記載しています。あと、虚偽の申告をされますと即刻地獄行きとなるのでご注意下さい。」

もはや俺に拒否権はない。

「分かりました。この1冊を終わらせればいいんですね。」

「何を言っているのですか?」

閻魔は俺の発言を鼻で笑った。

「あと10冊分ありますよ。一気に10冊渡しても運びきれないですから。1冊終わったら窓口に提出して下さい。その都度次の冊子をお渡しするので。」

「そ、そんな。一体どのくらいかかるんだ。」

「長い人だと現世換算で3年間くらいかかるみたいですね。」

3年間もずっと冊子とにらめっこしろっていうのか?思わず卒倒しそうになる。(もう死んでいるにもかかわらず…。)

「以上で説明は終了です。お疲れ様でした。おーい、次の人呼んで。」

閻魔の声がかかると部下たちは一斉に動き出す。もっと聞きたいことがあったのに、そそくさと退場させられてしまった。

 まさか死んでからもセルフに苦しめられることになるなんて…。夢なら覚めてくれ!俺は何度も何度も自分の顔を殴った。しかし、何の変化もない。どうやらこの悪夢はセルフでは解決できないらしい。俺は諦めて冊子のページをめくった。


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