孤島の悪魔ー承ー
ッ、、
強烈な目まいと吐き気を感じ座り込む。ダメだ、立ってられない。分からない、何が起きたのか、考えたくもない。これは一体何だ、現実なのか、それとも、、息ができない、苦しい、先ほどの朝食が上がってくるのが分かる。なんとか必死に呼吸を整えようとする
「、、、河野、落合の様子、見れるかい?」
絞り出したような浅尾の声が聞こえる、それはこの場の誰もが確認したかったことであり、したくなかったことでもある。
「、、、やってみよう、、、」
医学部の河野が落合の体を見ているらしい、俺は横たわりながら吐き気と戦いそれを感じるのがやっとだ。
鬼塚でさえ人形のように立ち尽くしている。
「、、、、、、死んでいる」
聞きたくなかった、というか意味がわからなかった。何が起きたのか、これは誰なのか、落合はどこに行ったのか。意識が遠のく、血の気が引く、呼吸はどうすればー
「、、、、いつ亡くなったか、わかる?」
「そこまで時間は立っていないと思う、、死後8時間くらいか、そこらだろう」
「俺たちが解散した直後か、、」
浅尾と河野はさすがだ、、こんな時でも冷静に状況把握に努めている。だが、俺にはまだ何が起きたか理解できていなかった。
「、、、、、、」
どれくらい時間が経っただろう、果てしなく感じる沈黙の末、浅尾が言葉を絞り出す
「とりあえず、落合の死体はこのままにして、皆の所に戻ろう」
「窓を閉めて、ドアも閉めたほうがいい。いずれ腐敗臭が漂うぞ」
「、、、立てるか?須田」
鬼塚が肩を貸してくれる、強烈な立ち眩みを経てようやく歩けるようになった
「ああ、ありがとう。もう大丈夫。」
「ねー、遅すぎー!あれ、落合は?」
「、、、、」
桐谷の問いに誰も答えない、皆で目配せし、浅尾が頷く
「落合は、、死んでいた。いや、正確には殺されていた、ナイフを胸に刺されてね、、」
「、、、、、
何、言ってるの?」
桐谷と永瀬が固まり、再び沈黙が訪れる
「、、、嘘じゃない。今、落合の部屋に死体はある。女子は、、見ない方がいい」
「、、、、ひっ、えっ、あっ、あ、、」
桐谷が肩を震わせ涙を浮かべる
「、、、、、」
永瀬は固まったままだ
「、、これからのことについて話したい。いや、話すべきだと思う。」
浅尾が、震えた声で話す。
「、、、何をだ」
「落合が殺されたのは昨日の夜、そして、落合の部屋は玄関から一番近い、、」
「、、、誰かが侵入して殺したと?」
「っおい、俺らのほかにこの島に誰かいるってことかよ!?」
「可能性はあると思う。」
そうだ、俺たちの他に誰かいるのかもしれない。得体の知れない殺人鬼を想像し、一気に背筋が寒くなるのを感じる。
「あるいは、、」
浅尾が言いかけて止まる
「、、俺たちの中の誰かが殺したか」
皆考えないようにしていたその言葉をはっきり聞き、場の空気が凍りつく。
「、、自殺ってことはないのか?」
そんなことは信じたくなかった、微かな希望を探るべく俺が聞く。
「残念だが、、刺さったナイフの角度、深さからして、自殺はあり得ないな」
再び長い沈黙が訪れる。
皆ようやく事態を認識してきた、今まで苦楽を共にしてきた仲間、目の前にいる誰かが狂気を秘めた殺人鬼かもしれないと。
「、、私、このサークル辞める、、」
泣いていた桐谷がようやく口を開く
「え?」
「だって、宮下さんも死んじゃったし、落合まで、、呪われてるとしか思えないよ。それに、、
それに殺人犯かもしれない人と、一緒にいたくないし、、」
「今は宮下さんの件は関係ないだろ」
宮下さんとは、俺たちの一つ上の都市研の先輩で、美人で面倒見が良く皆から慕われていた存在だ。
しかし、ついこの間亡くなってしまった。自殺だったようだ。
動機はよくわかっていないが、親しい人たちからは、入りたかった会社に入れなかったからではないかとのことだ。実は昨年送別会を行ったのだが、ちょうど就活の時期と被ってしまっていて、送別会が原因で体調を崩してしまい、面接でベストを尽くせなかった可能性もあるとのことだ。
いつも色々取り仕切ってくれていた浅尾が交換留学で不在だったので、俺たちで送別会を企画したのだが、そういった配慮が十分ではなかったのかもしれない。その反省もあって、俺たちの旅行は就活が始まる前にした。
いずれにせよ、都市研で2名の死者が出たのは事実だ。
「おい、桐谷、どこに行く」
「1人にさせて、、殺人犯と一緒にいたくない」
「まだ俺たちの中に犯人がいると決まったわけじゃないだろ!」
「桐谷!」
浅尾が追いかける
だが、桐谷の気持ちも分かる。今こうして隣にいる人物が犯人かもしれない、そして俺もそう思われていると考えたら気が気でない。外部犯の方がまだずっとマシだ。
「事件はこれで終わるんだろうか、、」
河野がつぶやく
「どういうことだ?」
「いや、仮に外部犯の場合、動機がわからん。無差別な殺人と考える方が納得だ。落合だけを狙ったのは、たまたま殺せたからとも考えられる。昨日落合は泥酔していたから俺たちで部屋まで運んだ。だからカギは掛かっていなかったからな。それに玄関から最も近い。」
「カギなら俺も掛けてなかったぜ?」
「仮説のひとつだ、いくつか施錠を確かめてたまたま空いていたところを狙ったのかもしれない。そして残りの奴らは、何か別の方法で殺すつもりなのかもしれない」
そうだ、落合の死を悼んでいる場合じゃないかもしれない、今度は自分の命が狙われるかもしれない
浅尾が戻って来る
「ダメだよ、とても話を聞いてくれそうにない。とりあえず、ドアと窓にはカギを掛けて絶対出ないようにとは言ったけど」
「この状況で一人になるのは危険だからな」
「うん、それでさっき言いかけたことなんだけど、皆で固まって過ごすのが良いと思う。犯人が誰にせよ、こうして皆でいれば手出しはできないだろうから」
「、、、そうだな」
「桐谷はどうする?」
「ここからなら桐谷の部屋も見えるし、とりあえず皆でここから動かないのでどうだろう」
「ああ、そうしようか、、」
結構な時間が経過したが、誰もしゃべらない。
永瀬はまだ震えている。
「永瀬、、大丈夫か?」
「うん、、なんとか」
無理もない、昨日まで楽しかった旅行がまるで嘘のようだ。いっそこのまま寝て起きたら夢だったという展開に期待したい。
「、、なあ、いつまでこうしてるつもりだ?」
鬼塚が口を開く
「いくら皆で固まるって言っても睡眠や食事は必要だろ、こんなとこじゃおちおち寝ることもできねえよ、、」
確かにもっともだ、正直精神的にかなりきている、危険なのは承知だが何も考えず一人でゆっくり休みたい。
「そうだね、、夜になったら、各自部屋に入って、施錠して絶対に出ずに朝になったらまたここに集まる、でどうかな」
「朝出る時間は合わせた方がいいな、バラバラだと一人のところを狙われるかもしれん」
「そうだね、今日と同じ8時くらいにしようか」
皆が無言で頷く
「桐谷はどうする?」
「寝る前に声をかけるでどうかな、出てきてはくれないかもだけど、ドア越しに会話はできると思うから」
永遠にも感じる時間が過ぎ、辺りはすっかり暗くなり、恐ろしい夜がやってきた。
ゴンゴン
「桐谷、いるかい」
「、、、なに?」
「そのままでいいから聞いてくれ。俺たちもそれぞれの部屋でこれから寝る。明日の朝8時にさっきの広間で集合になった。」
「、、、そう」
話していた浅尾がこちらに向き直り頷く
「じゃあ皆、おやすみ、、」
自分の部屋に入り、窓とドアに鍵をかける
フー、
不思議な感覚だ、恐怖を感じるのにどこか落ち着いている。恐れることに疲れたのだろうか、朝起きたら今日のことが全て無くなっていたらいいのに。
色々なことが頭の中を巡る、思考までは至らずとめどなく流れている、浮かんでは消え、消えては浮かび、、
これで事件は終わるんだろうか、、
、、もし、俺たちの中に犯人がいるとしたら、、
そもそも俺は生き残れるだろうか
、、永瀬、君は、、
ふと気付くと空が明るい
どうやら寝てしまっていたらしい
ー
今は何時だ!?
慌てて時間を確認すると7時50分、ギリギリ間に合った
遅れて行ったとしたら変に疑われるかもしれない
8時ちょうど、再び緊張が走る
辺りの小鳥のさえずりがかえってそれを強める
意を決してドアノブを回しゆっくりとドアを開ける
すぐには出ずに様子を伺う
すると辺りからもドアの開く音が聞こえる
顔だけ出す形で外の様子を伺う
すると皆も同じようにしていたのが分かる
ー良かった
心臓の鼓動がまだ強いままだが一先ず安心する
「おはよう」
「ああ、おはよう」
次々と挨拶を交わしていく
良かった、とりあえずは助かった、無事に今日を迎えられたことにこれほど感謝したのは初めてだ
「あとは、桐谷か、、」
少し空気が変わる、一応ドア越しに集合時間は伝えていたが
ゴンゴン
「桐谷、起きてる?」
ゴンゴンゴンゴン
返事がない、、嫌な予感がする
昨日のことが脳裏に蘇ってくる、
皆同じように沈黙している
浅尾がドアノブに手を掛ける
ガチャ、開いている
皆に緊張が走る
浅尾が一呼吸しドアを開く
「桐谷、開けるよ」
「、、、」
中には誰もいない、ベッドももぬけの殻だ
「、、探そう。もしかしたら先に起きたのかもしれない」
それはそうあって欲しいという希望のようにも感じられた。
少し緊張が解けた俺たちも頷き、皆で宿の中を探す。
「、、、あとは女子トイレくらいか、、」
「永瀬、見てきてくれる?」
「うん、わかった、、」
非常事態とはいえ、さすがに女子トイレに入るわけにはいかず永瀬に頼む
「ここにもいないみたい」
桐谷、、一体どこに行ったのだろう。
不穏な空気が再び立ち込めてくる。
「ベッドの下、確認してないんじゃないか?」
「それって、、」
言いかけて永瀬が止まる。その先は恐ろしい可能性だ、桐谷の死体がベッドの下にあるんじゃないかと、、
「、、確認しよう」
皆で勇気を振り絞り再び桐谷の部屋に戻る
「、、、、何もない」
浅尾がひとしきり覗き込んだ後こちらに向き直り首を振る。
「そうか、、となると外か?」
皆で玄関から外に出る。1日振りなのに随分長い間陽の光を浴びていなかった気がする。
「あっ、あ、、アレ、、、」
周囲を見渡し永瀬が何かに気づく。何かが横たわっているように見える。その瞬間俺はもう覚悟を決めていた。
皆で近づくと、そこには変わり果てた姿の桐谷が置かれていた。