シスコンとブラコンと兄妹愛
せっかくなのでもう一本。少しだけ軽めに……。
よろしければ読んでやってください。
「だから! お弁当を作ったのに、どうして忘れちゃうの!?」
双子の妹が、ばしんっと俺の机を両手で叩いた。
二卵性だからか、俺とあまり似ていない顔立ちは涙目になっていた。家で一緒なのに、高校二年生まで俺たちはずっと同じクラスだった……何かの意思が働いているのでは? と疑うほどだ。
「わ、忘れちゃったもんは仕方ないだろっ!」
売り言葉に買い言葉。つい反射的に言い返してしまった。
両親が忙しくて、ウチでは妹が俺の弁当も作ってくれている。
今日の俺はそれを忘れてしまったのだ。
感謝はしているが、いつも憎まれ口を叩いてしまう。
バツが悪い俺は「すまん」と小さく謝る。
「……帰ったら食べて。自信作だから」
「……わ、分かった」
頬を赤らめて、妹が下から俺を睨みつける。
怖いとは言い難いが、俺は視線を逸らしてしまった。
「尊い……」
クラスメイトの一人が呟いた。
俺と妹が同時にきっと睨む。教室の生暖かい空気が気に食わない。
余計な出費だと嘆きながら、購買で安いパンを買った。
教室に戻ると周囲が囃し立ててくる。
「今日も良いものが見れたなぁ」
「最高の実写エンタメ」
「可愛い妹がいるのは一種の才能だな」
友人たちが口々に好き放題言いまくる。
いつものことながら、俺は青筋を立てて睨みつけた。
「お前な、こっちの身にもなってみろよ?
アイツがべったりなおかげで女の子が寄り付かないんだぞ」
俺が溜息を吐いて見せると、逆に溜息が三倍になって帰って来た。
馬鹿どもはにやにやと続ける。
「贅沢な悩みだな。どっからどう見てもお前らはお互いにべったりだよ」
「テンプレ最高!」
「そんなに嫌ならはっきり言えば良いだろーが」
嫌なら言え、という言葉が刺さる。
あと、俺たちを創作物だと思ってる奴がいるだろ。
「はっきり言うと……あいつ、泣きそうだし……」
「あー、尊いなぁ」
「お前な、それやめろ」
「だって、お前らのやり取りって漫画にしか見えねーもん」
「誰がラブコメだ」
「……実は義理の兄妹だったり?」
ふざけた野郎の頭を「ねーよ」と叩く。ふざけた野郎は「それはそれでアリ……」なんて言った。もう一発「ねーよ」と叩く。ついでにもう一発叩いた。
「今日もラブラブだねー!」
大きな声が届いて来た。妹の方もからかわれているらしい。
容姿に恵まれ、身長に恵まれなかった妹はクラスのマスコットと言って良い。
「うるさい、だまれー!」
頬をぱんぱんに膨らませて、妹は両手を上げた。
あれで威嚇しているつもりらしい。
しかし、少しばかり威厳が足りない。
あれじゃハムスター……限界まで譲歩してリスだろう。
げっ歯類なのは間違いない。いつも頬が膨らんでる気がするからな。
……今も弁当をアホほど頬張ってるし。
「あ」
「…………」
バチ、と視線が合った。
俺と妹が「ふん」と同時に顔を逸らす。
「尊い……」
また誰かが言った。
自分の部屋でSNSのツイックスを眺めていると、おすすめに『兄妹愛』というアカウントが出てきた。何となく中身を見てしまう。別に妹は関係ない。
「ぶはっ!?」
思わず吹き出す。
そこには『お弁当食べたっ!』と投稿されていた。
先ほど俺が食べてきた空のお弁当もしっかりと写っている。俺の弁当である。
「あいつ、『兄妹愛』ってサブ垢持ってんの!?」
しかも、呟いている内容は読めば読むほど恥ずかしくなるものだった。
『最近、一緒に下校してくれない……悲しい』
『またクラスメイトに茶化されてた! やっぱり恥ずかしいのかな?』
『後ろの席の人と仲良く話してた。好きなのかな。嫌だなぁ』
思わずその場で赤面する。ブラコンにも限度があるだろう。
……別にその子とは何もねぇよ。お前だって後ろの男子と仲良いだろ。
夕飯を食べた後、居間でソファに座ってスマホを眺める。
弁当を遅くに食べたから少しだけ腹が苦しかった。
「……?」
手元のスマホから通知音が鳴った。
見れば『兄妹愛』が呟いている。
『すぐ隣に座ってる! 話かけてくれないかなぁ……』
見れば、すぐ隣に妹が座っていた。
スマホを弄っていた顔を不意に上げる。
「あ……」
「えと……」
絡み合うように視線がぶつかった。
何とも気まずい。
「あー、弁当美味かったよ。
……忘れて悪かったな」
ぶっきらぼうに言う。
途端に妹は顔をへにゃっとにやけさせた。
「えー、ほんと?
へへ……今日は随分と素直だね。いつも素直だと嬉しいなー」
妹がてれてれと笑う。
俺は顔が赤くなるのを隠すので手一杯だった。
『褒められた! やったー!』
すぐに『兄妹愛』が呟く。勘弁してほしい。
日曜日。今日は両親が長期出張で、家には俺と妹の二人しかいなかった。
その妹も用があるとかで出て行った。夕飯には帰ってくるだろう。
「……眠い」
最近は寝不足だったから、俺は大きな欠伸をかいた。
仕方ないだろ、『兄妹愛』の呟きを見てしまうんだよ。
気が付くと、居間のソファに転がっていた。
どんどん目蓋が重くなる。
「ん、寝てた……何時だ? 夕方?」
隣に置いてあったスマホを取る。もう夕方だった。
……通知が来ている。
『寝てた……』
にやにやとした顔文字と一緒に、顔を除いた俺の上半身の写真があった。
あいつ、帰って来たなら起こせよ。あと寝ている隙に写真を上げるな。
すぐにドタバタと音が聞こえてきた。
どうやら着替えてきたらしい。
ばーん、と妹が居間に入って来た。
入るなり頬を膨らませて怒る。
「こんなところで寝て! だらしないよっ! 風邪ひいたら大変でしょ」
「……悪かったよ」
「玄関の鍵も掛かってなかったし、不用心」
「申し訳ありません」
「ほら、居間も散らかってるし……服も脱ぎっぱなし!」
「はいはい、片づけますよ」
妹は俺に靴下を投げつける。俺はそれを素直に受け取った。
最近は『兄妹愛』のおかげで関係が良好になった気がする。
『怒っちゃった……こんなつもりじゃなかったのにな。
そうだ! お礼に最高の晩御飯を作ってあげよう。サプライズだ!』
また『兄妹愛』が呟いていた……困った。
俺がサブ垢を知ってるとなれば大変だ。妹は赤面して倒れることになる。
つまり――料理が完成するまで、俺はキッチンには行けないのだ。
部屋に籠っているしかない。悪い気はしないが。
しばらく部屋で時間を潰していると、またスマホの通知音が鳴った。
『兄妹愛』が『晩御飯を作ってあげた!』と呟いていた。
見れば、料理の写真まで撮っている。
……確かに豪華だ。気合が入りすぎていると言える。
俺が下りると、妹と鉢合わせした。
何だか照れ臭くて、視線を合わせにくい。妹の方もなんだかもじもじしてる。
「……晩飯」
「うん、食べよ」
口数少なく、ぎこちなく、俺たちは食卓に着いた。
見れば見るほどに豪華である。作るのも大変だったろう。
妹が好きなハンバーグ。俺の好物であるオムライス。
……二人とも子供舌なんだよ。
汁物代わりにホワイトシチュー。
エビフライまである。大奮発だ。
「美味い!」
俺自身も料理が全くできないわけではないが、こうはいかないだろう。
「うんうん……美味しい、美味しいよ」
妹も頷きながら嬉しそうに微笑んでいた。会心の出来と言う奴か?
「「ごちそうさまでした」」
量が多かったにも関わらず、俺たちはあっという間に平らげてしまう。
食器を片付けると、俺は食後の一休みにソファへと腰かけた。
妹が隣に座る。何か言いたそうに俺をちらちらと見ていた。
「……どうした」
「あの、言って良いか分からないんだけど……」
珍しく歯切れが悪い。
俺がさらに促すと、ようやく続ける。
「……料理、作ってくれてありがとう。
とても美味しかった。さっきは言い過ぎて……ごめん」
は? 何を言ってる?
「いつの間にこんなに料理が上手になったの?
これじゃ、私より美味しいじゃない……!」
「待て待て! 何を言ってる?
料理を作ってくれたのはお前だろ!?」
俺の言葉に妹が訝し気に首を傾げる。
「私を怒らせたお詫びに作ってくれたんじゃないの?」
「お前が言い過ぎたから作ってくれたんだろ?」
何を言ってる? いや、待て。
こいつが作ってないなら……さっきの料理は誰が。
俺と妹のスマホが同時に鳴った。
二人とも急いで通知を確認する。
『どういたしまして』
二人ともスマホに触っていないのに、『兄妹愛』が投稿していた。
先ほど投稿された料理の写真が目に入る。
「嘘だろ……」
食卓へと走る。
先ほどの写真は真上から撮られていた。
「お兄ちゃん、一体どういう……」
妹が泣きそうな声を出す。
こいつはこいつで俺が『兄妹愛』だと思ってた……?
食卓の上にある電球を見上げる。写真はここから撮られていた。
目を凝らすと、小さな黒いゴミのようなものが見えた。
「なんだこれ……まさか、カメ――」
また通知音。
妹がびくっと体を震わせる。
そこにはカメラを覗き込む俺と妹が写っていた。
さらに連投。
『尊い……』
俺と妹が、ひゅっと息を呑む。
いつの間にか――玄関の鍵はまた開いていた。
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