高出力魔法の安全な制御方法
セラフィマ魔法学院の講義室には、再び張り詰めた空気が漂っていた。今日の討論授業のテーマは「高出力魔法の安全な制御方法」。老教授が教壇から生徒たちを見渡し、静かに語りかける。
「今回は、いかにして高出力の魔法を安定的に運用するか、その具体策を議論してもらう。」
テーマが発表されると同時に、金髪碧眼の貴族青年、ヴィンセント・グラモンドが真っ先に手を挙げた。先週の討論でシンクに恥をかかされた彼は、今度こそ勝利を手にするべく準備を重ねてきた。
ヴィンセントは堂々と教壇に立ち、視線を生徒たちに向けると、自信に満ちた声で語り始めた。
「高出力魔法の制御には、魔法陣に外部の魔力供給器を接続することで、魔力の負荷を分散させるのが最適です。この方法により、魔法の安定性を確保しつつ、効果範囲の拡大も可能になります。」
教室内に感心の声が広がる。外部魔力供給器の使用は確かに一般的な手法だが、それを具体的に解説するヴィンセントの堂々たる態度が生徒たちを圧倒していた。
ヴィンセントは満足げに教壇を後にしようとしたが、その時、静かな声が響いた。
「教授、私も発言してよろしいでしょうか?」
赤縁の眼鏡を押し上げる吸血鬼令嬢、シンク・ル・カーミラが立ち上がった。その声には冷たい静けさと揺るぎない自信が宿っている。
シンクはゆっくりと教壇に歩み寄り、ヴィンセントに向き直った。その瞳には冷徹な光が宿っている。
「ヴィンセント様のおっしゃる『外部魔力供給器』の提案、とても興味深いですわ。ただ――」
その一言に教室の空気が張り詰める。シンクは一拍置き、挑発するような微笑を浮かべながら言葉を続けた。
「その方法が実用的ではない理由をご存じでしょうか?」
ヴィンセントは眉をひそめ、強い口調で返した。
「何を言っている?何の問題もないはずだ。」
シンクは涼しい顔で首を軽く振る。
「いいえ、ヴィンセント様。『外部魔力供給器』は確かに理論上は有効です。しかし、それを運用するには、供給器自体が非常に高価で、かつ魔法陣と完全に同期する精密な調整が必要になります。この同期が崩れた場合、どうなるか――お分かりですか?」
ヴィンセントは答えられず、口を閉じる。シンクはその様子を楽しむかのように、さらに畳みかけた。
「そうですわね。もし同期が崩れれば、魔力が逆流し、最悪の場合、魔法陣自体が暴走して周囲に被害を及ぼします。」
教室の生徒たちは驚きの声を上げる。ヴィンセントの提案に潜む危険性を初めて認識したのだ。
ヴィンセントは顔を紅潮させながら反論を試みる。
「では、君の提案は何だと言うんだ、シンクさん?」
シンクは微笑みを深め、優雅に答えた。
「とても簡単ですわ。高出力魔法の制御には、『三重相互フィードバック構造』を使用すればよろしいのです。この方法なら、外部供給器を使用せずとも、魔力の安定性を確保しながら負荷を分散できます。」
ヴィンセントはその言葉に狼狽し、声を荒げた。
「そんな構造、実用化は不可能だ!複雑すぎて運用できない!」
しかしシンクは動じることなく、冷たい視線で彼を見据えた。
「そうお考えになるのは、ヴィンセント様がそれを理解できないからですわね。『三重相互フィードバック構造』は、既存の魔法陣に簡単な改良を加えるだけで実現可能です。もちろん、理論を理解していればの話ですけれど。」
その一言がヴィンセントのプライドを深くえぐった。教室中の視線が彼に集中し、冷ややかな空気が漂う。
老教授が満足げに頷き、シンクに言葉をかけた。
「実に素晴らしい指摘だ、シンク君。ヴィンセント君、君も彼女の提案を検討するといい。」
授業が終わり、ヴィンセントは急ぎ足でシンクに追いついた。彼の顔には悔しさが滲んでいる。
「シンクさん、君はわざと俺を侮辱して楽しんでいるのか?」
シンクは振り返り、赤縁の眼鏡を押し上げながら冷たい微笑を浮かべた。
「侮辱だなんて、とんでもありませんわ。私はただ、事実を述べただけですもの。それがヴィンセント様にとって侮辱に感じられるのだとしたら……」
彼女は一瞬考える素振りを見せ、声を甘く落として続けた。
「それはヴィンセント様の自尊心が脆弱だからではなくて?」
ヴィンセントは怒りに唇を噛むが、言い返すことができない。
「次こそ君を打ち負かしてやる!」
その言葉を聞いても、シンクはただ微笑むだけだった。
「ええ、楽しみにしていますわ、ヴィンセント様。」
そう言い残し、シンクは優雅に去っていった。その背中には、絶対的な勝利の余韻が漂っていた。
ヴィンセントは拳を握りしめながら立ち尽くし、次こそはシンクに勝つと決意を新たにする。一方、廊下を歩くシンクは、微笑みながら独り言を漏らした。
「ヴィンセント様がまたどんな失敗を見せてくださるのか、楽しみにしていますわ。」
こうして二人の競争は、さらなる火花を散らしていく――。