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8話 子を想う気持ち

 アメリーは、人生最大の危機を迎えていた。

 腕の中には、ふやふやとか細い声で泣く赤ん坊が入った籠。そう。人間の赤ん坊だ。

 さすがに、子猫と同じく扱うわけにはいかないと弁えている。けれど、アメリーには人間の赤ん坊を世話する知識がまるでなかった。少しの間だけその場でぐるぐると回り、そして意を決する。


「――まずは、母乳よ!」


 馬小屋にも、納屋にも連れて行くわけにはいかない。なにせ、人間なのだ。兄にみつからぬように遠回りをしながら、アメリーは家に戻った。そして裏口からそっと入り、二階の自分の部屋へと行く。その間も赤ん坊はふやふやと言っているので、誰かに気付かれはしないかと気が気ではなかった。


(――きっと、みつかったら捨てて来なさいって言われてしまう)


 それでなくても、世話をすべき猫をたくさん抱えているのだ。口数の少ない父からも「次は、もうだめだ」と言われていた。きっと取り上げられてしまうだろうとアメリーは思った。

 部屋に入り鍵を閉める。これまで鍵を使うことなんてなかったから、どうすればいいのか少しだけ戸惑った。赤ん坊はまだ、力なく、子猫みたいな声で泣いている。


(――温めて、温めて。そして、ぬるい乳を、少しずつ)


 子猫のときは、専用の器具で乳を与えていた。人間の場合はどうだろう。同じ器具ではいけない気がした。湯たんぽが先か。アメリーはまた、その場でぐるぐると回った。

 赤ん坊を、恐る恐る籠からそっと出して、自分のベッドの上へ。おくるみがしっかりしていたので、無事に移動できた。その際籠になにか他の物が入っていることに気づく。


「……まあ、お手紙だわ」


 四つ折りにされたくしゃくしゃの紙に、少し大きめな字で『大さじ三。人肌くらいのお湯で』と書かれていた。一体なんのことかと思いもう一度籠の中を見ると、敷き詰められた布の下に、蓋付きの缶。それに、細長い布が幾枚も。そして。


「――哺乳瓶! 知ってる、これ、哺乳瓶だわ!」


 新聞の広告で見たことがある。有名な発明家が開発し、育児に悩む母親たちを助けるために全国へ広げたものだ。缶を開けてみる。粉が入っていた。匂いをかいでみると、脱脂粉乳のような香りだった。ひとつまみ舐めてみるとやはりそうだ。


「……赤ちゃん用の、乳かしら」


 走り書きのような手紙は、きっと粉乳の用い方だろう。そうとあっては、すぐに作らなくては。

 アメリーはそっと一階へと降りた。部屋を覗いてみたが、誰もいない。きっと父も仕事へ戻ったのだろう。それでも忍び足で台所へと行き、湯を沸かした。


(――大さじ三に、人肌で。大さじ三に、人肌で)


 声に出さずつぶやきながら、哺乳瓶の中に乳を作る。湯を注いでも粉が底に溜まってしまうので、かき混ぜたり振ったりとする。それでも分離してしまうので、もしかしたら最初から温めのお湯ではいけないのかもしれない。無駄にしてしまうわけにはいかないので、根気よく混ぜ合わせて部屋へもどった。

 赤ん坊はまだ泣いている。猫と同じではいけないとは思いつつも、それしか方法がわからないアメリーは、おくるみの頭の下に手を添えて支えた。そして、おっかなびっくり、哺乳瓶を口元へと寄せる。赤ん坊はすぐに吸い付く。


(――かわいい)


 アメリーは、必死に乳を飲むその姿に見惚れた。愛らしいと思った。これまで育てて来た、どんな子猫に対するものとも比較できない感情が湧き上がる。クラリスはこんな気持ちだったのだろうか、と思った。

 乳を飲み終わった後、赤ん坊はじっとアメリーを見た。その瞳の色は、アメリーよりも濃い晴れた夏の日の空みたいな色だった。しばらく互いにじっと見つめ合った後、赤ん坊は笑った。花が咲くように。アメリーは驚いてその笑顔を見る。


「――あの紙は、きっとわたくしへの置き手紙なのね……」


 アメリーは確信する。この子は、自分に託された子。トツキトオカの後に産むものだと思っていたが、実際には籠で届けられた。たしかに幼少期にそんな童話を読んだことがある。だから、きっとそういうことなのだ。

『クラリスと恋の花束』の五巻はまだ発売されていない。だから、クラリスがどのように子を育てているのかはわからない。それでもその心情に添い、倣うことはできるとアメリーは思った。

 アメリーは部屋を見回した。生まれたときからずっと使っている自分の部屋だった。もうどこになにがあるか覚えてしまった壁紙の柄を見る。褪せた乳白色に、クマのぬいぐるみ。馬の乗り物。白い鳩。花束。子ども部屋だとひと目でわかる。最近はそれが少しだけ恥ずかしく思えて、替えてしまいたいと思ったこともあった。けれど。


「……お母様も、こんな気持ちだったのね」


 生まれてくるまだ見ぬ娘のためにと用意した部屋。きっとこの壁紙だって、遠くから取り寄せたに違いない。これまで考えてみたこともなかったそこにある母の愛を、アメリーははっきりと理解した。

 赤ん坊がなにごとか、喃語をつぶやいた。アメリーは笑顔で振り返り、それに応じる。そして、この子は男の子かしら、女の子かしら、と考えた。


前回のあとがきで告知していた日付に、勘違いで他の作品を更新しておりました

失礼したしました

次の更新は

4月24日(水)7:00~です

今度は間違えないようにいたします


【2024/4/24/1:40追記】

すみません、更新お休みさせてください

申し訳ないです

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