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あなたにこの子はわたしません!  作者: つこさん。


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7話 出張へ

 金髪碧眼の我らが王子様から、呼び出しがあった。シルヴァンは扉の前で深呼吸してからノックする。入室許可の声があり、覚悟を決めて中へ入った。王子様は執務机に着いてなにかを書きつけていた。シルヴァンは「お呼びでしょうか」と尋ねた。


「なんだか、たいへんな事をしでかしたそうじゃないか、シルヴァン?」


 届いた緊急通信の内容の件を、王子様は確定事項として述べた。お披露目会(デビュタント)の日にシルヴァンが寝入っていた部屋に置いてあった真珠の首飾り。それは不埒な者に無体な仕打ちを受けた少女が身に着けていた物だった。少女は、その者を黒髪の男性であると証言したらしい。……状況証拠だ。シルヴァンは声を張り上げて、自己弁護した。


「なにかの誤解です、わたしはそんな無体な事はいたしません!」

「けれど記憶がないんだろう。なにをしたか、しなかったか」


 そう言われてしまったらその通りだ。何も言い返せずに黙る他ない。

 シルヴァンは王子様の姿を眺めながら、どう言い訳をしようかと思いを巡らせた。しかし、本当になにも記憶がないのだから、言い訳だってできるはずがない。


「とりあえず、君、しばらくグラス侯爵領へ出張ね」

「え」

「エリオ子爵家は、グラス侯爵家の陪臣にあたるんだ。隣りの地域だしね」


 隣接地域まで行って、謝罪して来いと言うのだろうか。心臓のあたりがキリキリと痛み、シルヴァンはそっとため息をつく。これは、左遷だろう。こんな形で自分の将来が途絶するとは思わず、シルヴァンはやるせない怒りを抱いた。


 王子様はこちらを見ずにずっと手を動かしている。知っている。我々なんかよりもずっと働くのだこの人は。それも涼しい顔で。それで秘書官が自分を含めて四人もいるのだ。この王子様が捌く仕事量と範囲を考えたら、ひとりやふたりでは足りないから。

 シルヴァンは自分が仕えている、この人の優秀さを知っている。だから、日々不安だ。なぜこの人は、なにも秀でたところがなく、一般家庭の出身である自分を採り上げたのか。

 自分はこの人の秘書官として、果たして相応しいのだろうか。


「シルヴァン、後ろの棚から辞書を取ってくれないか」


 手を止めず顔を上げずに王子様は言った。自分で取れよと思う気持ちと、この人でも字引きを必要とするのか、と思う驚きが交差する。そして、その背後へ目を向けてシルヴァンはその場に凍りついた。


「どうしたい、シルヴァン。なにか珍しい物でもあったのかい」


 手を止めず顔を上げずに王子様は言った。シルヴァンはなにも返せない。うかつになにかを口にしてしまったら、きっとこの人は自分の足元を浚って行くだろう。すでに喉元には刃物がある心地で、シルヴァンは冷や汗で背筋がぞくりとした。なにが辞書を取ってくれ、だ。


「ああ、もしかしてそこにある本かい。評判だったから、読んでみたんだ。おもしろかったよ。貸そうか」

「いえけっこうです御遠慮申し上げます」

「そう。感想を聞きたかったのだけれど。じゃあエルネストにでも貸そうかな」

「えっとやっぱ貸してください全部すべて今すぐに」


 苦手な先輩の名前を出されてシルヴァンは被せて言ってしまった。王子様だけでなくあの人にまで……職場の同僚にまでバレるのは本気で御免被りたい。


「うれしいな。ぜひ感想を聞かせてくれ。続きが気になって仕方がないんだが、作者都合で五巻以降の発行がなかなかなくてね」


 そう言いながら王子様は書類を吸い取り紙へ挟んだ。やはり字引きは必要なかったらしい。手元の引き出しから王太子印章を取り出して、書類のインクが乾くのを待っている。シルヴァンは「なにが望みですか」と聞きたくなった。けれどこの人は自分になにも望んでいないとも感じ、だからなんと言えばいいのかわからなくて混乱した。どうしよう。どうしたらいい。死ねばいいのにといつも思っているのに対して、おまえが死ねよと言われた気分だ。


「――作者はふたつの名義を使って作品を書いている覆面女流作家でね……全作読んだよ。男性心理の描き方が真に迫っていて、女性とは思えない程だった」


 ――終わった。シルヴァンはうなだれた。戸棚にあるのは『クラリスと恋の花束』という、年長の少女向け小説の一巻から四巻だった。


「とてもファンなんだよね。もし独身だったら今回のお披露目会へ是非とも招待したかったんだが、ダメだった」


 なにがどうダメだったのだろうか。それはまあダメだろうが。編集部からなにも聞いていないぞ。とにかく、調べはすべて着いているのだ。しかもよりによって王子様に全作読まれた事実を突きつけられて、シルヴァンは首をくくっても既に遅いと覚悟した。

 ――しかし、しかしまだ、同僚たちは知らないはずだ。


「――なにが望みですか」

「なんだい、その言い草。なにか僕が悪者みたいじゃないか」


 乾いた書類へ、王子様は印章を押し付けた。そしてもう一度吸い取り紙へ。シルヴァンは喉がカラカラになって、息継ぎが上手くできなくなった。


「ちょっとの間、のんびりしなよ。エルネストが二カ月ばかりやっていた、長期休暇ってやつだ。君、いいなーって言ってただろ?」

「いえリシャール殿下のお側に侍るのが自分の職務ですので」

「うれしいことを言ってくれるねえ。僕も君がいないと寂しいよ。元気でね。五巻待ってるよ」


 吸い取り紙から取り出して、その書類を差し出された。シルヴァンは受け取ってそれに目を走らせた。


『出張に関する通知

以下の者へ出張を任ずる。


シルヴァン・ガイヤール一等書記官

王太子秘書


出張先:グラス侯爵領ディルゼー

予定日:即日より二カ月

出張理由:現地査察』


このお話と同じ世界感で書いている『喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~』が、完結直前で佳境です

そちらに専念するため、今回と次回は7:00の更新のみとさせてください


次回の更新は4月3日(水)7:00~です


よろしくお願いいたします

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