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2話 シルヴァンには夢がある


こちら本日の2話目です



 シルヴァンには夢がある。


 いつかきっと、すてきな王子様(笑)がきっちり責務を果たしシルヴァンを解放してくれるという、ささやかな夢だ。

 彼は金髪碧眼で脚が長い美男子だ。それに優秀な戦術家でもあって、とっても手強い。そして非情。冷血。えこひいき野郎。見た目だけ優男詐欺師。死ねばいいのに。

 などとは口が裂けても本人へ言えないが、そう考えているのは相当前からバレている。よって王子様は毎日シルヴァンへ「できるだろう?」と裁量以上の仕事を与えこき使うのだ。この腹黒王子が。死ねばいいのに。


(――なんで俺はこんな人外の下で命を削って働いているんだ?)


 ときどきそう思う。辞職願を握りつぶされたからだ。そのうえ「シルヴァン、故郷の御母堂はお元気かい?」ときれいな笑顔で意味深に言われたら、休日返上で百連勤したくもなる。ちょっと泣きたい。いや、ちょっとどころではない。かなり泣きたい。


 先月、王子様(笑)からえこひいきをされている同じ部署の先輩が、冬季休暇名目の長期出張旅行を終えて帰って来た。中央から王国直轄領外の地方都市へ出向していたのだ。

 彼は蒸気機関車でさえ数日はかかる距離を、行きも帰りも自前の蒸気自動車を運転し走破して戻ったらしい。しかも、機関車とそう変わらない時間で。ちょっと頭がおかしい。さすがあの王子様のお気に入り。

 そして……同部署の面子は自分を含めて全員が色めき立った。――ヤツが帰ってきた! では、次は! 自分が! 長期出張休暇もとい、王子様のいない至高の現場へ! ……などという見果てぬ夢よ。ああ。もう働きたくない。

 さすがに、体を休める時間は同僚間で声をかけ合いながら確保している。それでも慢性的な頭痛はいかんともしがたい。どこぞの薬が効く、あの茶はよかった、と、仕事以外の会話はまるで高齢者の寄り合いのようだ。


 今はこれまでずっと準備してきた式典の真っ最中だ。ここ一カ月……いや、約一年の苦労と頭痛と胃痛の結晶であり終着点だ。……だよな? これで終わりだよな? 出席者の目に着かないよう広間の端で進行を確認する。全体を見渡すと、高い天井で輝いている飾りガス燈から降ってくる、キラキラとした青白い光が目に痛かった。


「シルヴァン……休んでこい。死相が出ている」


 一期上の同僚が、がやがやとした人の間を縫ってシルヴァンのところまでやって来て言った。彼の顔もどす黒かった。が、限界値を越えているのは本当なのでお言葉に甘えることにした。むり。もうむりを超越したむり。ふざけんなと思う。


 ――だれだ、だれなんだ。お披露目会(デビュタント)を、このタイミングでやろうとか言い出したやつは。典礼省の縮小に伴って四十数年も前から無期限休止とされていたのに。――そいつが戦犯だ。ふざけるな。

 それ、だれが昔の資料をかき集めて企画の骨子を作り、根回ししたんだ。「どうしたらいいでしょう?」と右往左往するだけの典礼省事務官らの尻を蹴り上げ、つつがなく運営されている様子を見届けているのはだれだ。俺だ、俺たちだ。言い出したやつじゃないんだよ。ふざけんなどちくしょう。


 悪態をついたところで、拾ってくれる者もなし。シルヴァンは重い体を引きずりながら、古来から大きな祭事に用いている典礼省内の大広間を出た。

 自分の所属部署詰め所がある建物へ向かって歩いて行く。そして、この広間の端から伸びる渡り廊下の先にある、いつも用いている休養室へ向かった。途中、白い廊下の壁にある、飾り鏡で自分の顔を見る。


 ――青い瞳が落ちくぼんで、深すぎる隈ができている。眉間のシワも深刻だ。げっそりとして、とてもではないが二十三には見えない。白髪を見つけてしまってあわてて髪をかきあげた。黒髪だから目立つのだ。

 それに、白いシャツは今の自分と同様にくたびれきっている。せめて上着を引っ掛けてくればよかったと思いながら、解けかけたクラヴァットを直した。

 ……この忙しさも、もう少しで終わる。そうしたら通常の忙しさに戻れる。それまでの辛抱だ、と鏡の中の自分へ念じて、またよろよろと歩き始める。


 もとより、この目まぐるしい忙しさの発端は……国内情勢の悪化だった。

 この、長い歴史を持つアウスリゼ王国の次代の王を選ぶに当たって、一触即発の状況がほんのつい先月まであったのだ。正当な王位後継者として、典礼省の伝統的な儀式で選出された者は二名。それぞれ、現王家と某公爵家に名を連ねる者だった。


(――結局、中央配属になってから、戦争に関する仕事しかしていないんじゃねーかな、俺……)


 両陣営による王座に関するにらみ合いは一年以上続いた。シルヴァンが現職に就いた直後から、ずっと。こんな状況に陥るなら転学して院に進み、研究職に就いていればよかったと心底思う。そうしたら、もっと自分自身を顧みる余裕がある、なんなら趣味の時間も取れる、すてき生活ができたのではないだろうか。

 ――趣味に時間を割けたのなんていつが最後だっただろう。実務書類ばかり作成していて、手が書き方をわすれてしまっていないだろうか、と心配にもなる。

 それに……心にかかっていることがある。書との格闘で万年ペンだこが消えない手のひらを見た。……まだ、返事をできていない。繰り返し反芻し、支えとなっている言葉へ、シルヴァンもやはり言葉を返すべきなのだ。思いとはうらはらに、時間だけが経過していく。


 十代のころ進学先を選ぶ際、将来の約束された出世とか、高給とか。福利厚生に退職後の恩給とか。そういう安定性に惹かれてしまった。たぶんこの道の方が悠々自適に生きて行けると疑わなかったのだ。

 たしかに、出世もどきはした。下積みもなしに。この若さで王太子付き一等書記官のひとりという、今の職位に就いている事実がそれを物語っている。……あのころの自分を殴りたい。死ねばいいのに。


 ――中央からの数々の根回しも虚しく……公爵領との境にて、とうとう内戦へと発展したとき。シルヴァンも含めてすべての官僚は腹をくくった。厳しい時代へ突入したのだと。戦地へ赴く友たちと、最後かもしれない盃を酌み交わしたりもした。

 しかし、開戦が宣言されてからしばらくのち、巡り巡って停戦協定が結ばれた。本当によかった。それはシルヴァンの耳まで細かには届かない、現地でのいろいろな努力の結実であっただろう。


 その後に某公爵が王座に関する資格を放棄し、次代は金髪碧眼の腹黒王子様――我らが主のリシャール殿下に確定した。そして一滴の血も流さず、終戦。……本当に、よかったと思う。


 なので――その締めくくりに、国内各地からの御令嬢を招待した平和の象徴としてのお披露目会――約五十年ぶりに開催!

 なるほど、いいじゃないか。大いにけっこうだ。――俺の仕事じゃなかったらな!


 なにせ、先日までウチの王子様とにらみ合っていた某公爵自身が、王都へと来る。婚約者のお披露目会出席の体で。

 終戦宣言ののちに、うちの王子様と公爵が公式に顔を合わせるのはこれが初めてだ。


 警備とか警備とか警備とかの手配と指揮系統の確立。民間報道機関の受け入れや国内随一の楽団の招聘。諸外国からのお祝いや使節団の受け入れ。配置する人員の身元再調査に増員された分の面接手配。それに招待する御令嬢の選定と通知。飲食物や宿泊施設の提供とそれらの監査。一連の流れの手順書と規範の策定と周知。あと、なんか記念品を作って参加者に渡すとか考えたド阿呆がいて、丸投げされたので『なんか』のところから考えて準備。


 他にもたくさん。それらすべてを管理、主導した。なんかもうとにかく仕事がいろいろいっぱいあった。――通常の仕事の他に。


 ――ところでなんでこれ俺たちがやったの? いちおう王太子側近なんだけど? 高級官僚の事務秘書官なんだけど? もっと現場に近いところでできなかったこれ? 俺なんのために苦労して国立行政学院卒業したの? 引き出物なににしようかなーって考えるためだった? 奨学金返済しなくてもいい? むしろ辞めていい? 全力で実家に帰りたいんだけど?


 広間から離れて行くと、ざわざわとした喧騒が遠くなって行く。

 仕事、いっぱいだった。シルヴァンもいっぱいいっぱいだった。さっきウチの王子様と公爵が握手したのを見届けたからもういいだろう。もう寝たい。休養室遠い。

 と考えつつも、行き当たって知人に声をかけられればそれには笑顔で応じる。これは意地とか根性とかではなく、訓練の賜物。もう体がそう動く。人間とは悲しい生き物だ。

 廊下の灯りも少なくなって行き、人の気配もなくなった。白い壁がどこまでも続いている錯覚を起こしたが、ふっとよく見れば何度も通った廊下だった。


「――番目のお部屋は、今――」


 ――休養室の手前廊下で給仕女性になにかを言われた。すっかり油断していて、人がいて驚いた。とりあえず笑顔でうなずいておく。

 カツンカツンと、自分の足音だけが響いている。頭痛がひどい。限界だ。扉を開けたところにベッドが見えて、歩み寄ろうとして足がもつれて転びかけた。どうにかベッドに手を伸ばして、床に転がる無様は免れた。

 だが、膝を着いた状態から靴を脱ぐために動けず、体を持ち上げようとするも、むりだった。なにもかもが限界だ。


(――もっかい辞表、出してみっかな……)


 金髪碧眼の王子様の黒くてきれいな笑顔が脳裡に浮かぶ。死ねばいいのに。そしてシルヴァンはそのまま気を失った。


次の更新は

2月21日(水)7:00

です



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[一言] ブラック労働はいけません。
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