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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー

ニクバチの恐怖~待ち伏せされた受験生~

作者: 花車

公式企画「夏のホラー2023」応募作品

テーマ「帰り道」


ネトゲで出会った「ニクバチ」からのストーカー行為により、光香の帰り道は、恐怖の場所へと変わっていく。彼女に起きた驚愕の事件とは……?

心理的な恐怖や緊張感を感じていただければ幸いです。


 嵐の夜。通っている塾が休講になり、私はやむなく自分の部屋で勉強していた。窓ガラスに打ち付ける雨粒の音がやかましい。時折空を割く雷鳴も私の集中力を削いでいる。


――雷怖いな。家から近そうだしなんか不安。


 顔をあげると、スマホの通知ランプがひっそりと光っている。


――少しだけ休憩。


 SNSの画面を開くと、『ニクバチ』というアカウント名の男性からダイレクトメッセージが届いていた。


『昨日アップしてたノートの写真、きみの通う塾で撮ったものだよね? 一緒に映ってた男の手はだれの手だったの? きみの近くにいたその男が羨ましいな』


 背中にゾワゾワするものを感じて、私は思わず画面を閉じる。同時に窓の外で雷が光り、また轟音が響いた。ますます体が縮こまる。


 私は高校三年生。美大を目指して毎日勉強や絵の練習を頑張っている。学校に塾にアトリエにと本当に忙しい毎日だ。


 ノートの写真というのは、私の英語の勉強ノートの写真だった。


「今日はこんな勉強をしたよ」と友達と報告しあったり、ノートの端に簡単な絵を描いて吹き出しをつけ、友達にエールを送ったりする。


 私のほんの小さな楽しみだ。SNSも、本当はやってる暇がないけど、少しの息抜きは必要だ。


 この『ニクバチ』という男性からメッセージが届くようになった経緯は、中学のときから遊んでいたネットゲームから始まった。


 彼はそのゲームの仲間で、私のひとつ年上だった。ゲーム内で話しているうちに、偶然同じ地域に住んでいることがわかった。


 私たちは高校に入ってもゲームを通じて交流していた。


 そして、オフ会で顔をあわせて以来、しつこく付きまとわれるようになったのだ。


――失敗だったな。大好きなゲームのオフ会だったけど、行くんじゃなかった。


 オフ会に行ったことを後悔してももう遅い。彼は私の家や本名、塾の場所まで知っているのだ。


――どうしよう、なんて返事を書こう。


 無視をしたいけど、彼はしつこいし、家を知られているからなんだか怖い。怒って個人情報をばら撒かれたりしたら最悪だ。


 こっちは受験生で忙しいのに、こんなことで悩まなくてはならないことに辟易とする。


 私はため息をつきながら、再びスマホを手にし、彼のメッセージに返信した。


『ノートを見てくれてありがとう。写ってるのはだれの手だか私にもわからないよ。急いでたから周り見てなかったな。たまたま近くにいた人かもね』


 ニクバチは学校に通っておらず、十九歳になったいまも家でゲームばかりしているという。それだけにゲームは強くて、仲間としては心強かった。


 だからずっと頼りにしていたし、仲良くもしていた。先でこんなことになるなんて、私は思ってもいなかったのだ。


――こっちはゲームもしないで勉強頑張ってるのに、いつまでもだらしなくて情けない人。


――どんなに言い寄られても、好きになんかなれるわけないよ。


      △


 あれは一年くらい前のことだった。ゲームのオフ会に参加した一週間後だ。私は学校からの帰り道を急いでいた。


 学校と家はかなり離れている。私は学校の近くの駅から電車に乗り、さらに家の最寄り駅からバスに乗った。そして、家から徒歩十五分の場所にあるバス停に降り立った。


 もう日も暮れかけている。家までの道は狭くて暗くて、人通りもなかった。一人で歩くと不安感は高まっていく。


――うぅ、怖いな。早く帰ろう。この間も変なおじさんに声をかけられたんだよね。


 私が急ぎ足で歩いていると、五分ほど歩いた場所でニクバチに出くわした。


「あれ? ミルキーハニーちゃん。こんな場所で会うなんて偶然だね」


「わ! え? こんばんわ!」


 突然家の近くで、知り合いに会ったことに驚いて、私は笑顔で挨拶をした。


「僕は蜂だからね。ミルキーハニーちゃんの甘い匂いに誘われちゃったかな」


 これはニクバチがゲーム内でもよく言っていたセリフだった。なんと返事していいかわからず、私は「はは」っと笑ってごまかした。


 オフ会のときもそうだったけど、ニクバチはどこか影のある笑いかたをする。


 冗談を言っていても目は笑っておらず、口角は片方だけ歪むようにあがる。


 彼は中学生で登校拒否になって以来、ずっとニートだ。


 親は弁護士の仕事で忙しく無関心だけど、困らない程度にお金だけはくれるのだと、自嘲気味に話していた。


 ニクバチは自分の現状に、引け目や絶望を感じているようだ。彼の表情にはそんなやるせない気持ちが、濃く深く刻まれているように見えた。


――学校で、いじめに遭ったりしたのかな? 学校行けないって、きっとつらいよね。


 詳しい事情まではわからないけど、彼はよく遊ぶゲームの仲間だ。私は彼に同情の気持ちを持っていた。


「……そのミルキーハニーちゃんっていうの、恥ずかしいからやめてほしいな」


「ごめんごめん。白井ミツカちゃん」


 彼はネットゲーム仲間だけど、私の本名を知っていた。


 この『ミルキーハニー』というアカウント名は、私が中学のときに使っていたものだ。


 最初は可愛いと思っていたけど、学年があがると恥ずかしくなった。だから私は、何度もハンドルネームを変えたのだ。


 そのたびに本名をもじっていたら、ニクバチに推測され、反応でバレてしまった。


 我ながら失敗だったと落ち込んでいると、彼も本名を教えてくれた。


「水嶋君。こんな場所で会うなんて、本当に家が近いんだね」


「うん。ミツカちゃんは学校の帰り? 暗いし危ないから送っていくよ」


「え? そんなのいいよ。大丈夫」


「遠慮しなくていいよ」


「う、うん……」



 私はその日、十分の道のりを彼とゲームの話をしながら帰った。


 ゲームの話は楽しかったし、ひとりは怖かったから、送ってもらえてよかったと思った。


 だけどその日から、ニクバチは毎日毎日、私の帰り道に現れるようになったのだ。


 彼は「やぁ、偶然だね!」と言って現れて、「またね」と言って帰っていく。最初の数日は、本当にたまたまなのかと思っていた。


 だけど、彼は私の帰宅時間が大きくずれても、必ず同じ場所に立っていたのだ。


 部活で遅くなったり、学校帰りに塾やアトリエに行ったりしても、ニクバチは必ず現れた。


 家に着くまで、ニクバチとの会話が続く。それはだいたいが私への好意とか、ニートの自分を自嘲するような内容だ。


 そして何度か、気持ちを告白されたこともあった。


「ミツカちゃんは本当に優しいよね。きみは女神様みたいだ」


「え? 私、女神様なんかじゃないよ?」


「いや、きみは女神様だよ。僕がこんなふうに、素直な気持ちを話せるのはきみだけだ。きみは、本当に優しいから」


 ニクバチはそう言って、私の前で歩みを止める。私が思わず立ち止まると、彼は私の目を見詰めて言った。


「僕は、きみがもし、僕の彼女になってくれたらって、そんなことをずっと考えてしまうんだ。やっぱり、僕なんかじゃ……だめだよね?」


「……ごめん。私、好きな人がいるの……」


 私は恐る恐る断った。彼にそういう気持ちは沸かなかったから。だけど、彼の表情は変わらなかった。


「きみに好きな人がいてもいいんだ。僕みたいなのが好かれるなんて、最初から思ってないよ」


 そう言って、彼はまた自嘲した笑みを浮かべる。驚くほど、彼は自分に自信がなかった。


 それに彼は私のことを、少し美化しすぎているようだ。私はそんな彼を、はっきり突き放すことができなかった。


      △


――うーん。なんか申しわけないけど、さすがに怖くなってきたよ。もうあんまりニクバチさんには会いたくないな。


――お父さん、迎えに来てくれないかな。


 私は制服のポケットからスマホを取り出した。バス停から父さんに電話をかける。お父さんも仕事があるから毎日は無理だけど、可能なときは来てくれた。


「ミツカ、変なやつに気に入られたな。ゲームの友達だって?」


「うん……」


「それじゃぁ、次からは別の道を通りなさい」


 それから私は、バス停の近くの自転車置き場を借りて、自転車で遠回りして帰るようになった。


 私がニクバチを避けるようになってからも、彼からの接触はつづいていた。ときどき自転車のカゴに、手紙やプレゼントが入っていたりする。


――こ、怖い。なにこれ。朝から本当にやめて欲しいよ。


 ニクバチがいる道を通らずに帰る私。それは彼への無言の拒絶だった。普通なら避けられていると気づくだろう。


 それなのに自分が来た証拠を残していく彼は、本当に怖かった。


      △


――あぁ、やだ。水嶋君が家に来てたって思うだけでゾワゾワする!


「ミツカ、どうしたの? なんか最近顔色悪いよ」


「貴子、聞いてくれる?」


 学校で頭を抱えていたら、友だちが心配して、私の話を聞いてくれた。


「わ、やばいねミツカ! そいつ完全にストーカーだよ? 私、前にドラマで見たことある! ストーカーに隠し持ってたナイフで刺されるやつ!」


「えっ。やだ、怖いこと言わないでよ」


「気をつけたほうがいいよ~。怒らせたらキレてくるから!」


「もう、貴子ったら! さすがに水嶋君はそこまでしないよ」


 そう言いながらも、貴子と話してから、余計に怖くなってしまった。


――怒らせたら刺される? やだ、よく考えたらなんかありえそうかも……。今日も遠回りして帰ろう。


 だけどそのころから、彼は日によって違う道に現れるようになっていた。


 私が別の道を通っていることに気付いたようだ。彼がどの道にいるのかわからなくては避けきれない。


――ぎゃー! 今日こっちにいた! いちばん遠い道選んだのに!


 結局私は、数日に一度はニクバチに遭遇していた。


『偶然だね』という顔で私に手を振るニクバチ。ヒョロヒョロの体、歪んだ笑顔、よれたTシャツ。最初はそんなに気にならなかったのに、だんだん嫌悪感が湧いてくる。


 だいたいこんなにあからさまに避けられているのに、どうして平然として手を振れるのだろう。


 理解ができないから余計に怖い。


――あぁ。今日も帰り道のロシアンルーレットか……。


 ただでさえ遠い帰り道を、遠回りしたり悩んだり。告白だって勇気を出して断ったはずなのに、少しも変わらないなんて。


 ビクビクしながら帰らなくてはならない日が続く……。


      △


 そんなある日、私は帰り道で待ち伏せしていた彼に、公園で話を聞いて欲しいと頼まれた。


 いつも手ぶらの彼が、なにか入った袋を持っている。


――怖い。なに持ってきたのかな? もしかしてナイフ? 断ったら、刺されるの?


 そんな恐怖に背中を押され、私はニクバチと公園のベンチに並んで座った。


 もうすっかり日も暮れて、街灯がベンチを照らしている。公園にいるのは私たちだけだ。静かすぎる公園が不気味に感じた。


「話って?」


「うん。実は僕、小説を書いてるんだ。できればミツカちゃんに、読んで感想を言ってもらいたくて」


「え? 小説を? すごいね」


 私は思わず感心してしまった。ニートゲーマーだと思っていた彼が、そんなクリエイティブな活動をしていたなんて。正直かなり驚いた。


 私の言葉をきいて、彼はいままで見たことがないくらいに瞳を輝かせた。持っていた袋から原稿用紙を取り出して、私に突きつけてくる。


「読んでもらえる? 自信はないけど……。僕、本当は昔から小説家になりたいって夢があってさ……。きみに評価してもらえたら、こんな僕でも前向きになれるかなって……」


「もちろん、読ませて!」


 彼は自分がニートであることを恥じて、変わりたいと思っているようだった。途中で書くのをやめて放置していた小説を、頑張って完成させたという。


 心に溜まっていた感情を全部小説にぶつけたという彼。原稿用紙の束は分厚くて、私は少し目を見張った。紙の端をパラパラとめくってみる。


――本当にすごい。これは見直したかも。


 だけど、ほんの数ページで、私は恐怖のどん底に突き落とされた。


――え? これって……。レイプ……?


 原稿用紙を持つ手が震え、背中に冷や汗が流れてくる。


 主人公は小説のなかで女性に酷い暴力を繰り返していたのだ。


 手足を拘束され、泣き叫ぶ女性。


 それを口汚く罵りながら、欲望のまま傷つける残酷な描写。その小説の主人公は人を物のように扱い、壊すことを楽しむ快楽犯罪者だった。


――こ、これを書いたの? いや、書くところまでは理解できるよ。これだって芸術だし……。


――だけど、この状態でこれを読まされてるの怖すぎなんですけど!


 そんな恐ろしい小説を読む私の反応を、ニクバチは隣でじっと見ている。彼の視線が怖くて怖くて、私は泣き出してしまいそうだった。


――も、もしかして、いうこときかないとこうなるぞって、脅してるのかな……。


――ちゃんと読まなきゃ、襲われる?


 私は涙を堪えながら、一ページ、また一ページと震える指で原稿用紙をめくった。小説はどんどん過激になり、女性は泣き叫んで助けを求めている。


 その小説に救いはなく、女性は哀れな死体になった。


――だめ、気持ち悪い。受け付けない!


 込みあげてくる吐き気に口を抑えると、ニクバチが私の顔を覗き込んだ。


「どうだった?」


「え、えっと……」


「素直な感想を聞かせてよ。僕そういう経験がないから、リアルな描写ができなくてさ……」


――こんな経験あったらやばいよ!


 恐怖に目を見開いた私。ニクバチの表情はどこか恍惚としているように見えた。


 私にこれを読ませることが、彼のなかにどういう意味を持っているのだろう。とても正気とは思えない。


――怖い! だれか助けて!


 立ちあがって逃げたいけど、足が震えて動かなかった。


「大丈夫?」


 ニクバチの手が私の肩に触れる。全身に悪寒が走って、私はビクッと飛び跳ねた。


――触らないで!


 そう思うけど、声が出ない。青ざめて震えていると、公園の前の車道から、車のクラクションの音が響いた。


 車からだれかが駆け降りてくる。


光香(みつか)!」


「お父さん!」


「こんな時間に、光香になにをしてるんだ!」


 お父さんが、私とニクバチの間に入り、私たちを引き離した。


 ホッとして涙が溢れてくる。


 ニクバチは表情を歪ませながらも、頭をかいて言い訳をした。


「僕はただ、自作小説を読んでもらっていただけです……」


「それだけで、光香がこんなに泣くと思うのか? 怖がらせているとわからないのか?」


 お父さんは、ニクバチの返事を待たず、私を車に詰め込んだ。


 車の窓からは、街灯のもと立ち尽くしているニクバチの姿が見えていた。


      △


 二日後の日曜日、ニクバチは彼の父親と一緒に私の家にやってきた。珍しくインターホンを押して、玄関の外で私を待っていた。


 私はお父さんについてきてもらって、恐る恐る玄関の外にでた。


 あれからお父さんはニクバチの父親と話をしたのだ。


 ニクバチの父親は、私たちに何度も謝罪した。


 やはりニクバチは中学でいじめを受け、不登校になったらしい。しかも同時期に彼の母親が他界してしまった。


 父親は傷ついた彼をフォローしきれず、長い間放置してしまったという。


 そんな話を聞くと、私も可愛そうだとは思うけど、なかなか彼への恐怖心は拭えなかった。


 ニクバチは溜め込んだ鬱憤を小説に吐き出した。そして私なら、その気持ちに共感してくれると思ったらしい。


 それは彼の思い込みで、すごく迷惑な話だった。


 それでも「息子から直接謝らせてほしい」と連絡を受けると、私は彼らが来るのを待った。


 彼が謝りたいというなら、たとえ許せなくても、謝罪を聞いてあげようと思ったのだ。


 背中を丸め、俯いているニクバチ。だけど、私がでていくと彼は姿勢を正して私を見た。泣き腫らしたような腫れぼったい顔だ。


 彼の後ろには、ビシッとしたスーツ姿の彼の父親が立っていた。


 父親に背中を押され、ニクバチは私の前に歩み出た。


「いままで、きみの気持ちを考えないで、付き纏ってごめんなさい。僕の小説を無理に読ませたことも、すみませんでした……」


 そう言ったニクバチの目から涙が溢れた。彼が頭を下げている。だけど私の口からはなにも言葉が出なかった。怒ることも許すこともできなかった。


 ニクバチが私に、おずおずと菓子折りを差し出してきた。


 私はそれを受け取れなかった。彼から渡されるものが怖かったのだ。


 動けずにかたまっていると、お父さんが代わりに断った。


「謝罪を聞いてやるのはかまわない。でもそれは受け取れない。そんな菓子で、光香の心の傷は消えないからな」


「はい……」


 ニクバチは少し項垂れながら、菓子折りをすっと引っ込めた。


 そして父親とともに深々と頭を下げ、二人でその場から立ち去った。


      △


 それから半年以上の時間が流れた。私はもう、ニクバチを帰り道で見かけることはなくなっていた。


 SNSのアカウントも消したから、ニクバチから連絡がくることもなかった。


 その時間は、彼が私への執着を断ち切ろうとしていることを感じさせた。


――水嶋君、もう立ち直ってるかな。


 そんなことが思えるくらいには、私の気持ちにも余裕が生まれていた。


 なぜなら私は志望していた美大に合格し、引越しの荷物をトラックに積み込んだところだからだ。


――いろいろたいへんだったけど、四月からは美大生楽しもう。


 晴れ晴れとした気分でお父さんの運転するトラックに乗り込んだ。そしてしばらく走ると、道を歩くニクバチの姿が目に入った。


――え? あれって水嶋くん?


 その姿に、私は思わずお父さんに呼びかけ、その場にトラックを止めてもらった。


「水嶋君!」


「ミツカちゃん……!」


 紺色のスーツに身を包んだ彼が、驚いた顔で私を見ていた。


「その格好って……」


「うん。僕就職したんだ。営業マンだよ」


「そうなんだ……。すごいね!」


 いつもだらしない服装でウロウロしていた彼が、スーツを着て営業の外回りをしているなんて。見違えるほど清潔感のあるその姿に、私は感心してしまった。


 私に小説を見せたときから、彼は自分を変えようと葛藤していた。


 小説の内容は怖かったけど、あれはきっと、彼の魂の叫びだったのだ。


「小説は、もう書かないの?」


「いや。小説の夢も諦めきれないけどね。なんか目が覚めたっていうか、仕事しなきゃって思ってさ……」


「えらいよ、水嶋君」


「ミツカちゃん、そうやって優しいから、付き纏いたくなるんだよ」


 水嶋君は少し苦笑いして、ぽりぽりと頭をかいた。


「僕の変わったとこ、見てもらえてよかった。ミツカちゃんは、もしかして引っ越しかな……。大学合格したんだね。おめでとう」


「ありがとう」


「僕が言えることじゃないけど、一人暮らし、気をつけてね」


「あ、うん……。あの……」


「「応援してるよ」」


 お互い声が重なってしまい、私たちは小さく笑いあった。


「さようなら」


「うん、さようなら」


 水嶋君は『またね』とは言わなかった。私はそのとき、私への執着と決別しようとする、彼の決意を受け取った気がした。


――がんばれ、水嶋君。私も頑張るね。


 またトラックに乗り込んだ私ごしに、水嶋君はお父さんにも頭を下げた。



お読みいただきありがとうございました!


公式企画「夏のホラー2023」に参加するべく慣れない短編を書いてみました。

ストーカー被害にあったら、相談、通報ですよね(^-^;

いろいろ思うところがあって加害者にも希望のあるラストになってます。

もちろん、これで光香のトラウマが解決するとは思ってませんが、そんな中でも双方前向きになれたらいいかなと。


ブクマ・感想・評価などお待ちしております。

長編ですが「ターク様」や「三頭犬」も読んでもらえると嬉しいです。

ぜひよろしくお願いいたします(#^.^#)

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