真名のダンス
真名にはいくつか特技があり、その一つがダンスです。
初めて祝福の力を体感した翌日から、僕は一人だけ別の所で訓練するようになった。
インキュバスには異性を惑わせる力がデフォで付いているらしい。
今はまだ体力強化しかないけど、成長することでいつ覚醒するか分からない。
ソレを危惧した団長は他の聖徒たちから隔離し、男だけのここで鍛錬を積むことになった。
「お前すげえな、あの副団長に二度もカウンター仕掛けるなんて!」
「最初は嫌な奴なんて思ってたけど、やるじゃねえか!」
「ハハハ、僕って嫌な奴なんて思われてたんだ」
別にここは悪いところじゃない。むしろ居心地がいいぐらいだ。
副団長の訓練は厳しいけどしっかり教えてくれるし、団員たちとも仲良くなって話したりする。
正直、ここに移されて当たりだと僕は思っている。
「そういやお前、前の世界でダンスやってたんだよな? どんなの?」
「うん、ブレイクダンスっていってね、クルクル回ったり激しいステップする奴なんだ」
「へ~、じゃあちょっとやってみてよ」
「い、いや~それは……」
僕は渋った。
別に踊りが下手ってわけじゃない。
いつも闘真の練習に付き合ってたし、一緒に踊って動画を投稿していたから、自分でもそれなりの出来だと思っている。
けど、今は踊るのを禁じられている。
踊りは魅了の技能を覚醒させる要因に成り得るからだ。
この世界には技能という概念があり、訓練することで女神に認められ、能力を与えられる。
もちろん、技能なんてなくても練習すれば技術は身に付く。だけど、技能と技術では違う点が存在する。
一つは衰えない事。
技術はブランクがあれば恐ろしい程に衰えてしまうけど、技能はどんなに日が空いても昨日のように出来てしまう。
二つは補助効果がるという事。
いくらセクシーな歌を歌っても所詮は歌なので歌以上の効果はないのだが、魅力を認められることで得た『魅了の歌』のスキルは、魔法のように魅了効果を発動させることが出来る。
とまあ、このように技能はただ技術を習得するだけでは得られないメリットがあるのだ。
しかしデメリットも存在する。
技能は本人が望むかどうかより、女神が認めるかどうかで得られる。だから本人がその技能を欲してなくても、認められたら押し付けられるように技能を得てしまうのだ。
まだオンオフが切れるのなら問題ないのだが、中にはソレが出来ないものまである。その上その技能が反社会的ならもう大変なことになる。
そして、その危険性があるのが僕である。
魅了の効果はオンオフが効かない。
僕がその気がなくても、踊りらしい動きをしてしまえば発動してしまう危険性があるのだ。
よって、魅了の踊りのスキルを取らないよう、僕は副団長から踊るのを禁止されている。
なにせ、聖徒は女神っから祝福を受けた関係上、技能を会得しやすいから。
普通の人が何年もかけて手に入れる筈の技能を、聖徒は数十回程で、何なら一回だけで取得したケースもある。
特に、自身の祝福に関係する技能はより習得しやすく、何なら相手の技能を見て会得することだってあったという。
現に、僕はあの短時間ででスキルを覚えた。
よって僕は魅了の踊りを習得しないようダンスを禁じられている。
「なあ、その理屈は分かるんだけどさ、魅了しない踊りっておかしくね?」
けど、そのことがこの団員は引っかかっているらしい。
「そもそも魅了ってそんない悪いモンか? 女だって化粧したり服で魅了しようとするじゃねえか」
「そうだぜ。魅了っつったて異性を魅了するか、技で人間を魅了するかで全然意味が違うだろ」
「第一、魅了の踊りのスキル取れる程お前の踊り上手いのかよ? 自分で俺の踊りはセクシーですって言ってるもんだぜ?」
……そういわれたらそうだな。というか最後は誰だ。なんかムカッと来た。
「そうだね。じゃあ一曲やってみるよ」
僕はその場で踊り出した。
途端に盛り上がる訓練所。
あるものは期待の目を、あるものは茶化した目を、あるものは馬鹿を見る目を向ける。
まずはステップから。
ミュージックがない中でやるのは恥ずかしいけど、踊りに入るには欠かせない。
ある程度動いたところで僕は技に入る。
「ッシュ!」
地面に手を当て、円を描く様に回る。
足を折りたたみ、上半身を軸にして下半身で円を描く。
途端に湧き出る驚きの声。やっぱり誰かに見てもらえて、何か反応してくれるのは気持ちがいい。
「よっと!」
今度はその体勢でもう片方の手も付けて逆立ち。
更に全身のばねを使って跳び、直立に戻る。
途端に聞こえる歓声。やっぱりこうして喜んでもらえるのは人見知りの僕でもうれしい。
「次はコレだ!」
片足旋回。
ブレイクダンスと言えばコレだ。
上半身を軸に、下半身で地面を一回蹴って一回転。
技の繋ぎに使う一般的な技なんだけど、やっぱりブレイクダンスといえばコレをイメージするよね。
それからも僕は技を披露した。
その度に色んな声が聞こえ、調子に乗ってどんどん技を出していく。
自分なりに考えたコンビネーションに、闘真と考えたコンビネーション。
後者の方は、闘真と一緒にやるのが本来の形なんだけど、けっこう受けた。
ダンスは一人で思う存分やるのもいいけど、こうして楽しんでくれるのならやった甲斐がある。
タンっと跳躍して直立。
指を天に差して僕のダンスは終了した。
さて、どう反応してくれるかな?
「けっこうワイルドな踊りするじゃねえか!」
「おいおい、どこがセクシーなんだよ!?」
「これで魅了の踊りが覚醒する心配するとか、副団長も心配性だな!」
ヒューヒューと、団員たちが喝采や拍手をしてくれた。
ああ、そうだ。たとえ国が違っても通用する確かなものがちゃんと存在しているんだ……。
「お前たち何時まで休んでいる!?」
「「「ふ、副団長!?」」
「休憩時間は終わりだ!さっさと訓練に戻れ!」
「「「へい!」」」
こうして僕たちは訓練を開始した。
副団長の言いつけを破ったけど、特にお咎めはなかった。
後で水晶で調べたけど、特に異常はなし。副団長も懸念し過ぎたかといって、ダンス禁止令は解かれた。
けど、もしかしたら、ソレが原因でああなったのかもしれない……。
さて、ここまで話したら、真名が転移前は何してるのかわかりますね?




