元の世界の日常
『グルアァァァァァァァァ!!!』
深い深い闇の中、一匹の悪魔が吠えた。
逞しい肉体に、剣のように鋭い爪と牙。
全身を赤と黒の体毛に覆われ、頭にはヘラジカのような巨大な角を生やしている。
悪魔は彼方を睨む。
そこには影が蠢いていた。
その影の集団もまた化物だった。
どの生物も図鑑では見た事などない。
既存の生物を巨大化させた化物、生物のパーツをそれぞれ組み合わせた化け物、そもそも存在すらしてない物から構成された化物。
様々な化け物がうごめいていた。
『グルル…』
悪魔は逃げるどころか、待ってたとばかりに顔を歪め、集団に飛び込にんでそのうちの一匹を切り裂いた。
仲間が殺されたのを見ても化物達は進撃をやめない。仲間の死体に化物たちは構わずに、そして怯まずに向かった。
悪魔より二倍ほど体格も体長もある牛の頭をした筋骨隆々の化け物、ミノタウロス
ミノタウロスが斧を振り下ろさんと掲げるも、悪魔はそれが振り下ろされる前に牛の腹を殴る。
拳は見事に腹を貫通させて殺した。
念のために死体の首を抱え、ポキリとへし折る。
巨大なカマキリのような化物が腕の鎌で斬りかかる
悪魔は拳を下から打ち上げるように振るうことで鎌の軌道を弾き、反対の手で殴る。
パンと破壊されるカマキリの顔面。
力なく怪物の肉体が事切れる。
巨大な鳥の化け物が上空から悪魔の背後へ猛スピードで急降下。
悪魔は後ろに目があるかのように絶妙なタイミングで振り向きながら後ろ回し蹴りを放つ
蹴りは鳥の化け物のろっ骨を粉砕し、壁側へと叩きつけた。
潰れた蟲のように鳥は息絶える。
化物の死体を襲い掛かってきた魚人の化け物に投げつける。
魚人はいきなり投げられた死体にもたつき、その隙に悪魔は拳を振り上げながら接近。
通り過ぎ様に首へ手刀を叩き込み、その勢いのまま地面に叩きつける。
ぶちゃりと魚人は潰れた。
それからも悪魔は戦い続ける。
拳で、爪で、脚で、牙で。
あらゆる部位を以て敵を殺し、死体を量産する。
『グルル……グルゥああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
周囲に己しかいなくなったところで悪魔は吠えた。
死体の山の頂点で、まるで泣き叫ぶかのように。
「ああ、なんでこうなっちまったんだろうな……」
悪魔は―――日本からの転移者、佐藤真名は人間の声で言った。
高等学校。
日本の法律では中学までが義務教育と定められていながら、世間的には最終的な義務教育として扱われる。
端的に言えば中学校の延長みたいなものであろう。故に社会的には未熟な者が普通であり、そういったトラブルは日常的に起こる。
ソレは佐藤真名も同様である。
今年で17歳の男子生徒。
中肉中背の平凡そうな子。
端的に言い表せば、何処にでもいそうな子供である。
しかし彼は男子から嫌われていた。
真名はいつものように始業チャイムギリギリで教室に入った。
瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨み等を受けた。
女子生徒からはあまりそういった感情を向けられないのが救いといったところか。
「……ッチ。キモオタが」
男子生徒の一人が、ポツリと零した。
一瞬、ピクリとする佐藤。しかしすぐに自分の席に座って何もなかったかのように振舞う。
このように、彼はこのクラスの男子から嫌われている。
先程の影口通り、彼はオタクと言われる分類だが、決してキモオタという程ではない。
顔はどちらかといえば良い方だし、身嗜みもしっかりしている。
どちらかと言えば陰気よりだが、性格が悪いという程ではない。
単純に漫画やアニメが好きなレベルのオタクである。
では、何故その程度で嫌われるか。
その答えが彼女達である。
「おはよう真名くん! 今日はいつもより少し遅いね!」
「おっはー真名! なにコソコソしてんの?もっと堂々としてなさいよ!」
この二人、蛇原美鈴と志々目玲愛のせいである。
蛇原麗美。
腰まで伸びる艶やかな黒髪におっとりとした印象を与える垂れ長な目が特徴。
姿勢の良いお嬢様のように上品な佇まいの美少女。
虎﨑玲愛
肩に掛かる程の金色に染めた髪に少し釣り目気味の瞳が特徴の特徴。
ブレザーを着崩した少し不良っぽい格好の美少女。
学園内で四大美女のうちの二人と持て囃され、男女問わず絶大な人気を誇る美少女達。
学生にも関わらず、華奢な体から自己主張している年齢に不相応な程に実った女性の象徴。
顔だけでなくスタイルもいいなんて、世の中不公平だと真名は思った。
そんな美少女達は何故がよく真名を構うのだ。
真名がイケメンだったり、成績が良かったり、部活で活躍するなどの、何か“華”があれば男子たちも許容できるのかもしれない。
しかし、真名の容姿も成績も平凡。部活や生徒会などにも入ってないので、学校内で功績を立てたわけでもない。
もっとも、ソレはあくまで学校内という話なのだが………。
閑話休題。
兎に角、男子たちは美少女達と親しく出来る真名が気に入らないのだと。
女子生徒は単純に趣味が悪いと思う程度なのが、男子は蛇蝎の如く嫌っているのだ。
「あ、ああ、おはよう虎崎さんに蛇原さん」
男子たちの殺気がこもった視線に頬を引き攣つらせながら、真名は挨拶を返す。
真名から挨拶を返されて嬉しそうな表情をする二人。
そのせいで更に突き刺さる視線に冷や汗を流した。
真名は二人が苦手だ。
二人は学校では美少女と呼ばれるのだが、真名は関わりたくないのだ。
「おいおい、教室の空気悪いな~。もっと明るく行こうぜ?」
ガラリと、戸を開けて派手な恰好の生徒が入って来た。
おとぎ話で出てくる王子様みたいな相貌をした、銀髪碧眼の美少年。
百八十一センチメートルの高身長に引き締まった肉体。
第二ボタンまで開けられたシャツの襟元からは逞しい胸板が、まくり上げられた袖からは鍛えられた腕が見える。
大神闘真。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。授業態度等の内申点を除けば完璧の美少年。
学校では唯一美男子と呼ばれ、男子からは尊敬と畏怖を、女子からは慕情と憧憬を受けている二年生である。
「おはよう闘真。今日は早いね」
「おう真名、お前また女侍らせてんのか?」
ニヤニヤしながら近づく闘真。
真名は苦笑いしながソレを流す。
「ま、んなことはどうでもいい。お前が女と一緒にいるのはいつものことだからな」
「は、ハハハ…、冗談がキツイよ闘真。僕なんかがモテるわけないじゃん」
「ハハハハハ。……お前、一回頭割ってメンテナンスしてやろうか?」
「え!?」
「アッハハハハハ! お前いつも面白い反応してくれるな」
闘真は笑いながら近くの席に座った。
もっとも、彼は元から真名の前の席なのでここに座るのは何の問題もないのだが。
「ちょっと大神さん、邪魔しないでほしいな?」
「おい大神、何あーしを差し置いて楽しそうに話してんの?」
割り込んで来た闘真に対して敵意を向ける二人。
無理もない、楽しく話していたのにいきなり横から入って来たのだから。
もっとも、真名からすればソッチの方がありがたいのだが。
「お、すまんな。じゃあ俺は彼女とイチャつくわ」
「(え、ちょ……闘真くん!?)」
見捨てないでくれと視線で伝えるも、闘真には伝わらない。
まあ、誰も美少女に話しかけられるのが嫌だとは思わないだろう……。
「(だ、誰か助けて……)」
男子達は舌打ちを、女子達は軽蔑の視線を向けるのだった。