蕩ける氷
「エリカって、この辺住んでいるんだ。」
「はい、というか大体のここの学生はこの辺に賃貸で住んでいると思うのですが。」
エリカはそう言ってコーヒーをすする。
唇に黒い水滴がつく。
「そうなんだ。私はこの辺に借りてないんだよね。」
「そうなんですか。それはまたどうして?」
エリカはベーコンレタスサンドにかぶりつく。
かみ切ることができなかったベーコンがパテからスルリと出てくる。
ベロンと唇から垂れ下がったベーコンをエリカはすするように飲み込む。
「ルナさん?」
「ああ、ごめん。えっとね、そうね、あまり意味はないんだけども、そうね。なんとなくたまり場になったらいやだなって思ってちょっと離れたところに借りている。」
「ああ・・・ルナさんくらいだったらそういうこともありますよね。」
エリカが視線を床に落とす。
少し顔が赤くなっている。
「あ、いや!!そういうんじゃないの!別に男をとっかえひっかえとかじゃなくて・・。」
「あ、いや、私もそういうつもりで言ったわけじゃないんです。そのルナさんってとてもきれいだから・・・・。」
「私がきれい??」
「ええ。とてもきれいです。よく整ったお顔立ちにさらさらのショートヘア。そして魅惑的なスタイル。みんなのあこがれです。」
ふとカフェの外を眺めてみる。
「憧れか・・・・。」
夏らしく、大学の中庭ではセミがけたたましく鳴いている。
一限に遅れたであろう、化粧だけはばっちりしている女子学生が走って研究棟に走っていくのが見える。
今年の夏くらいは、海にでも行きたいくらい暑そうだ。
「る、ルナさん?」
「ああ。。。ごめん、なんだっけ?」
「あ、いえ・・・なんだかごめんなさい。」
「今年もさ暑くなりそうだよね。」
「ええ・・・・」
「うちらもさ、そろそろ夏合宿だね。」
「はい。」
「エリカは夏合宿は来るんだよね?」
「ええ。でも結構いやなんです。あ、ダンスが嫌なわけではないんですけど・・・・」
エリカのその先の言葉は知っている。
よく膨らんだ胸元、頼りなさげでいつも頭の上から汗がとびってますくらいの焦りぐあいの表情。
そして何を言われても言い返すことなく、
我慢してしまうような性格。
ケイ一派の恰好の的だ。
「おととしは来たよね。」
「ええ。でもおととしは・・・・」
そうおととしの合宿はとてもひどかった。
ダンスの練習自体は何も問題なく、滞りなくしまったのだ。
ただ。
エリカは嫌な思いをしたようだ。
私もなんとなくだが、聞いている。
「ルナさんは今年は・・・来られるんですか?」
「そうだなあ。行きたいんだけどね。うん、なんとか都合あわせていこうと思っているよ。」
アイスコーヒーの氷が解けて、カランと音を立てる。
今年はとても暑そうだ。
合宿はもうすぐだ。
そうだ、今年こそは合宿に行きたい。
だって・・・・。