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お仕事は出張も伴います(4)

歓迎のために設けられた宴席はそれほど畏まったものではなかったので、私は密かに胸を撫で下ろした。用意された部屋に入ると、玄関で出迎えてくれた葵屋(あおいや)の主人と桂夏の兄、桂夏、そして例の少年が、少年を除き皆笑顔で待っていた。視察の他の面々は早速仕事の準備があるそうで食事は別途とるらしい。


葵屋の主人は桂雲(けいうん)という五十代中頃の男性で、さすがは王都一の薬種問屋を仕切るだけのことはあるという、貫禄と余裕を漂わせたオジサマだ。桂夏の兄の桂秋(けいしゅう)は桂夏によく似た面差しの穏やかな雰囲気の男性で、桂夏よりも三、四歳は年長だろうか。

桂夏がよく自分は研究者肌だからと言うことがあってイマイチぴんときてなかったのだが、こうして並んで立っていると確かにそれが良く分かる。桂夏も十分に仕事のできる男だが、桂秋と比べるとどこかほんわか浮世離れした風情がある。一方の桂秋も十分知的な風貌なのだが、こちらはもっと人当たりの良さそうな世渡り上手の雰囲気が滲み出ていて、確かに商人と紹介されると非常にしっくりきた。どうやら桂秋は父親似、桂夏は母親似のようだ。桂雲と桂秋は同じ焦茶色の髪ということもあり、より近しい印象に感じるのかもしれない。


そうしてもう一人、三人の少し後ろに立って時折私に鋭い視線を投げかける相手がいる。桂雲や桂秋と同じ焦茶色の髪を襟足で一つに束ねた十三、四歳の少年で、桂秋の息子の一人と紹介された風河(ふうが)である。やはり彼が白蓮の元を逃げ出した私の前任で件の即席侍従らしい。一連の出来事は大人達の間ではすでに笑い話に昇華されているらしく、風河が少し緊張している以外は白蓮も含め至って和やかなものだった。風河と目が合ったので、『分かるよ〜、その気持ち、きっと私が一番よく分かっているよ〜!!』という念を込めてにこりと微笑み返してみるが、慌てて目を逸らされてしまう。


そんなメンバーなので、宴席と言っても内輪の食事会に近い。全ては桂夏の采配で絶妙な塩梅に整えられているから、私も安心して末席に腰を下ろした。本来ならば侍従は控えるだけなのだが、桂夏の計らいで私の前にも全く同じ食事が用意されているので、つべこべ言わずに有り難くいただくことにする。


簡単な挨拶を済ませ、私と風河はお茶で、それ以外の面々は硝子製の涼やかな酒器に注がれた香りのいい酒で乾杯をすると、場はさらに砕けた気楽なものになった。難しい話は上の方々にお任せして、私は一人静かに美味しい食事に舌鼓を……とはなるはずもなく、商魂逞しい人々は、時は金成とばかりに打ち合わせをはじめるので、私は『あぁ〜、またこの流れね』と思いつつ粛々と白蓮と桂夏の補佐に回る。


というのも最近、白蓮や桂夏が数字の裏付けや過去の事例の参照など、こういう打合せの際の細部の説明を何かと私に振ってくるのだ。当然、自分達でも把握しているはずだが、恐らく単純に一々説明するのが億劫だとか、事前の下調べが面倒だとか、そういう実に非積極的で堕落した理由から私に押し付けている。

しかし私も私で、毎日間近で白蓮や桂夏の仕事を手伝い内容を把握しているので、頼まれなくてもついついフォローをしてしまい、また事前準備なしに参加する打ち合わせというものに耐えられない体質なので、常に緻密なあんちょこを懐に忍ばせていることも二人にバレていて、ますますその傾向を助長していた。


しかし最近、さすがに侍従の仕事の範囲を超え過ぎているのではないか? と自分でも思う時がしばしばある。だが、そうかと言って他の主従関係がどうなっているのかについては全く知識がないので、白蓮にさも当たり前のように仕事を頼まれると、『そんなものかな?』と思ってやってしまう。今夜も段々私の答える範囲が増えていき、最終的にはのんびりと酒器を傾ける二人の隣で、私が喉を枯らして説明を続けるという展開になっていた。

説明がひと段落して、ふと顔を上げると難しい顔をした桂雲と桂秋にまじまじと見つめられていて、急に冷や汗が噴き出す。誤魔化すように慌てて茶器に手を伸ばしちびちびと茶を啜ってみるが、時すでに遅しという気配で桂秋がおもむろに口を開いた。


「澪殿、大変失礼をいたしました」

「……え?」


突然、居住まいを正した桂秋に丁寧に頭を下げられて、驚いた私は茶器を持ったまま固まる。直後に頭を過ったのは、今度の私は何をやらかしたのだろうかということだった。しかし桂秋が次に言った言葉で私はさらに混乱した。


「白蓮様の秘書官だったのですね。どうかご無礼をお許しください」

「は……?」

「てっきり、その……澪殿が大変お若く見えるので。私は白蓮様の侍従なのだと勘違いを」

「え、えっと……」


私が慌てていると、桂秋の隣に座る桂雲が手にしていた茶器を置きふっと笑みをこぼす。


「なに、桂秋。儂の方がもっと失礼なことを考えていたよ。澪殿はてっきり白蓮様の寵童(ちょうどう)かと」

「……は?」


桂雲に何を言われたのかわからず、私がぽかんとしていると笑いを堪えた桂夏が横から口を挟んだ。


「ふふっ、秘書官かぁ、でも澪君はそう言われた方がしっくりくるかもね。でも父上、さすがに寵童は酷いですよ、澪くんは女性ですし」

「ええっ!?」


今度は桂秋が驚いた声を上げた。


「桂夏……本当に? だって澪殿は髪が、その衣装だって……」


桂秋が慌てて私を見直す。桂秋が驚くのも当然で、この国で今の私の風態は女性としてはかなり風変わりなのだ。髪の長さや豊かさは男女関わらず美の基準の一つだから、特に女性でわざわざ私のように短くしているのは非常に珍しい。しかも白蓮がこういう仕事の場では、わざと性別不詳のデザインの衣装を私に着せるので、王城のよく出入りする先でも未だに性別が非常に分かりにくいと驚かれる。

今日はさらに公務で外出するといこともあり、珍しく白蓮は自分にも私にかなり地味な衣装を着せていた。白蓮は深い紺色、私は少しくすんだ落ち着いた青色の衣装で、どちらも装飾を抑えた動きやすいものだ。だから余計に性別不明になっているという自覚はある。

しかもこういう時の常で、白蓮は一見装飾が控えめな衣装に限ってその分布地にたっぷりと金をかけている。いわゆる見る者が見ればというやつで、桂雲も桂秋も目敏くその辺りも観察していて、私がただの侍従ではなさそうだと判じたのだろう。そもそも侍従を食事に同席させると言うのも大分あれなのだ。


「ふふっ、兄上の気持ちも分かりますけどね。でもこれはこれで素敵でしょう? 髪の短い女性って非常に珍しいけれど、不思議と澪君には似合っているんですよねぇ。ちなみにこの髪型はあの輝晶様の一押しなんですよ」

「きしょうさま? え……輝晶様って、まさかあの王弟殿下の輝晶様、じゃないよね?」

「そうそう、その王弟殿下の。澪君、あの方とはひとかたならぬ仲ですものね」

「け、桂夏様、止めてくださいっ! 変な誤解を受けるような表現をなさるのは。決してそのような仲ではありませんので!!」


私ががたりと腰を上げて懸命に否定すると、白蓮と桂夏が声を上げて笑う。


「お歳を伺ってもよろしいかな?」


桂秋に問われてちらりと白蓮の方を見ると、酒器を傾けながら面白そうに私の様子を伺っている。別に嘘をつく必要もないのだし、と私は正直に年齢を答えた。


「……十五です」

「十五!? え、では澪殿は……」

「はい、私は白蓮様の個人的な侍従です。なので勘違いではありませんから、どうかご安心を」

「はっはっはっ、これはいい。澪殿ご実家は? 儂の知る限りでは、王都に風河と同年代でこんな優秀なご息女のいる話は聞いたことはないのだが」


桂雲が鋭い視線で真っ直ぐに私を見つめながら、顎髭を撫でて首を傾げる。


「その、私は他国の出身なので……」

「儂は仕事柄隣国にも詳しいが、どちらのお国でしょうか。相当な良家のご出身と思いますが──」

「事情がありましてね、澪は身寄りが無いのです。それで私が侍従として側に」


さすがに見兼ねた白蓮が横から助け舟を出してくれる。ほっとしたのも束の間、桂雲がとんでもないこと言い出して耳を疑った。


「成程、それで環札を。ふむ、澪殿いかがでしょう、我が家の養子になりませんか?」

「……は?」


今度こそ完全にぽかんとしていると、白蓮が実に愛想のいい笑みを浮かべて酒器を卓に置いた。そっと様子を伺っていると、少しも笑っていない目がじろりとこちらを向いて、絶対に余計なことは言うなと言外に念押しする。私は冷や汗を流しつつ目線だけで頷いた。


一体これのどこがそんなにヤバイ状況なのか、さっぱり分からない自分に一番のヤバさを感じ、私は椅子の上で小さくなった。

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