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お仕事は出張も伴います(3)

視察とはいえ初日の今日は移動だけで、本格的な仕事は明日の朝からだ。その代わり明日明後日は厠に行く時間もないほどぎゅうぎゅうに予定が詰め込まれている。


私達は葵屋(あおいや)の面々に下にも置かない歓待で迎えられると、丁寧な説明とともに屋敷の中を案内された。聞けば葵屋は元々この場所が創業の地だそうだ。今は別宅となっているこの屋敷も、数代前の当主が建てた時は本宅として使用したらしい。案内された屋敷も広々とした実に立派なものだった。

一通りの説明が済むと、白蓮と桂夏は少し別の用事があるというので、私は一人で白蓮のために用意された部屋に向かう。今夜はこの後、歓迎の宴席が予定されているので、それまでにある程度の荷解きを済ませてしまいたい。


白蓮のために用意された部屋は、屋敷の一番奥側の一際大きな中庭を望む場所にあった。明るく風通しのいい部屋で、扉を入るとまず広々とした居間があり、滞在中に執務や打ち合わせがしやすいよう大きな卓が用意されている。居間には中庭に面して開閉式の大きな窓があって、そこから初夏の日に照らされた鮮やかな中庭を一望できた。居間の奥側にある扉を開けると広い主寝室があり、そして贅沢なことに寝室のさらに奥には専用の湯殿まで設えられていた。

再び居間に戻ると、入口の扉の近くにもう一つ扉があって、開けると小さな寝室になっていた。侍従用の控えの間だろう。こちらも綺麗に準備が整えられていて、私はほっと胸を撫で下ろした。


こういう時、白蓮は私だけ別に扱われるのを非常に嫌がることがある。特に差別されている訳ではなく、むしろ院長お抱えの侍従として、何処へ行っても十分すぎるほどの待遇で迎えられているのだが、彼には彼なりの独自の美学があるらしい。

一度、白蓮の我儘で急に温泉宿に宿泊することになった際、私の食事や部屋の扱いで一悶着あって、以来私は自分ではどうでもいいことなのにも関わらず神経を擦り減らせている。今回も外泊とあって密かに心配していたのだが、さすが桂夏は白蓮との付き合いが長いだけのことがある。塩梅が難しいその辺りのことを、全て良しなに采配してくれているようだ。


部屋中の扉という扉を一通り開閉して様子を確かめると、私は持ち込んだ荷物を寝室に広げて整理しはじめた。こういう時の常で小物などは全て宿泊先の方で用意されているから、荷物といってもほとんどは衣装である。私は白蓮の寝台の上に一つ一つ取り出して広げ、丁寧に皺を払って衣装棚に仕舞っていく。

集中していると、ふと扉の開閉する音がして顔を上げた。いつの間にか別の用事を済ませた白蓮と桂夏が戻ってきたらしい。急いで片付けようと広げた衣装をまとめていると、面白いことに気が付く。扉の向こうから、白蓮の忍び笑いに続いて桂夏の溜息が聞こえてきたのだ。珍しく苛立った桂夏を白蓮の方が宥めるという逆のパターンになっているようで、私は酷く興味をそそられた。思わず作業の手を止めて様子を伺うように耳を澄ませてしまう。


「桂夏、そんなに気にするな」

「本当に申し訳ありません、あの子が思っていたよりも子供で……」

「構わぬ、あの年齢の子など皆そんなものだろう? 私達だって、ふっ、あの頃は相当酷かったぞ」

「ははは……確かに、そう言われてしまうと」

「覚えているか? 桂が前の副院長のあの爺様の指示を聞き間違えて、行政院長のところで──」

「や、やめてくださいよその話は! あれは……あれは私の人生最大の汚点なんですから……」

「ははっ、さすがにあそこまでの失態はなかなか聞かぬ。それに比べれば大したことではない。耐えきれなくなって半日で私の元を逃げ出すなど想定内だろう」

「はぁ、そう言っていただけると」

風河(ふうが)に失望したか?」

「……ええ、もう少しできると思っていたんですよね。せめて僕が戻って来るまでは頑張れるかと」

「ふむ、ま向き不向きもあろうよ。私としては彼が逃げ出したお陰で、代わりにいい拾い物をしたからな。少しも構わぬ」

「確かに、澪君が来てくれたのは僕としても非常に助かってます。逆に──」

「何だ?」

「いえ、逆に澪君の方が出来過ぎるなと思うことがあって。途中で逃げ出したとはいえ、あれで風河君も同年代に比べれば優秀な方でしょう? それが澪君は次元が違うというか、時々、澪君に指示を出していて、まるで僕自身と話しているような錯覚に陥ることがあるんですよね。彼女はそのくらい色々とよく分かってますよ」

「ああ、確かに。あれはこの国の慣習には驚くほど無知だが、仕事の理屈はよく理解しているな」


うぅ……居た堪れない……。


私は寝台に額を付けて身悶えた。こうやってうっかり聞いてしまった第三者の評価というのは、どうにもこうにもお尻の辺りがもぞもぞとして落ち着かない。

それに状況が状況だ。概ね褒められていて基本的には嬉しいのだが、一方で『そら、そうですよね……、だって、だって私、中身は三十五歳、精神年齢と人生経験で言えば、お二人よりも大人ですからね!?』という気持ちがあって素直に喜べないところもある。


そこで身悶えながらふと、話の流れから風河君とやらが誰なのか何となく分かった。恐らくだが、私が白蓮に勘違いをされる原因となった前任の侍従だろう。彼が中途半端なタイミングで逃げ出したから、その時はまだ下女だった私が、白蓮に侍従だと勘違いされることになってしまったのだ。


……しかしそうなると、むしろ風河君とやらには感謝すべきなのかな?


最初は白蓮に勘違いされてトンデモナイことになったと冷や汗ばかりかいていたが、結果的には私も新しい仕事にありつけて、白蓮も桂夏もそれなりに助かっているわけで……。

私が寝室の扉にへばり付いて感慨に耽っていると、二人が会話を続ける。


「どういう育ちをしたらああなるんでしょう? 澪君はまだ十四、五歳ですよね?」

「さてな……少なくとも全く違う国で育っているのは確かだろう。あの仕事の捌き方は年季が入っているから、かなり幼い頃から働いていたように思うが」

「うーん、でも、かといって不思議と悲惨な感じもしないんですよね」

「ああ、そうだろうな。恐らく非常に裕福な生活を送っていたのだろう。あれは恐ろしく世間知らずだし。ふふっ、一度馬車の窓から街中を見ていて、荷牛が沢山歩いていると驚いていたことがある」

「ええっ、荷牛に!? それって、どれだけ深窓……。確かに、食事とかおやつとか、全くがっつかないですよね」

「ふむ、それは私も気付いていた。実際、何度か試したことがあるのだ。だがあれは食にも物にもあまり執着しないな。百甘堂(ひゃっかんどう)の饅頭を食べさせた時は──」


た、試されていたのか、私!!? てか、白蓮様一体いつの間に……。

しかし考えてみても一体何時試されていたのか、少しも思い当たる節がない。確かに時々貰いもののお裾分けをしてくれることはあるが、あれが試していたということだろうか? いつも美味しい菓子ばかりで、特に深く考えずに普通に食べてしまっていたが……。


「百甘堂の饅頭!? 僕だってなかなか買えないのに、澪君なんていいもの食べてるんだ……」

「そうだろう? もちろん美味そうにはしていたがな、懐かしい味だといって食べていたぞ」

「百甘堂が懐かしい味……。でも、そういう生活水準で小さい頃から働いてるって、まさか……」

「ああ、それはない。あれの体はまだ男を知ら──」


バンっ、と大きな音が居間に響く。私が寝室の扉を突き飛ばした音である。


白蓮様、あなたはなんつーことを言いふらそうとしているんですか!?


「お、おかえりなさいませっ! 白蓮様、桂夏様!! すみません、衣装を整理していて気付くのか遅くなってしまって。も、もう、用事はお済みになったのですか?」


私ははあはあと息を切らせて取り繕う。


「ああ、ちょっとした挨拶だからな。それよりも澪」

「は、はい?」


白蓮にじーと見つめられて、思わず後退る。扉の向こうで聞き耳を立てていたのがバレているのだろうか。


「明日の予定の確認をしたいから、書類を出してくれ」


白蓮が大きな卓に向かって手を振る。


「分かりました」

「それと」

「はい」

「明日から、一人側に付く」

「……はい?」

「付くだけだ、邪魔はしないそうだから気にするな。ま、明日考えればよかろう」

「……はぁ」

「ほら、早く書類を出せ」

「は、はい、ただいま!」


私が白蓮に求められるままに書類を並べると、早速三人で卓を囲んで明日からの視察に向けての作戦会議がはじまった。

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