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お仕事は出張を伴います(2)

さて、視察のあれこれが始まります。

その週、白蓮(はくれん)は鬼神の如き気迫で仕事を捌き続けると、ようやく週末の昼過ぎに不在中の仕事の目処を立て終わり、その足で郊外にある葵屋(あおいや)の加工場に向けて出立した。


王都随一の薬種問屋、葵屋の自社加工場は王都から馬車で二刻弱、前の世界の時間で三、四時間ほど移動した閑静な郊外の一角にある。馬を飛ばせばもう少し早く一刻ほどで着くらしい。車の存在しないこの世界において馬や馬車で一、二刻というのはそれほど不便な距離ではない。

当然、葵屋ともなれば西大路(にしおおじ)のそれも最も王城に近い一等地に立派な本店を構えている。しかしそちらは商談や販売に特化した店構えとなっていて、在庫や製造はこれから向かう郊外の拠点で一括管理しているそうだ。

そしてその郊外の拠点に隣接して葵屋の別宅が置かれており、今回の視察では桂夏(けいか)の勧めもあって、また限られた時間を最大限効率的に活用するためにも、私達一行はこの別宅に宿泊させてもらう予定だった。


一行というと少々大袈裟な気がするが決して誇張ではない。今回の視察は多分に白蓮の個人的な趣味が含まれるものの、(れっき)とした医薬院(いやくいん)長の公務であり、医薬院からは私と白蓮、桂夏の他に薬種局(やくしゅきょく)からもう二人実務の担当者が、外相院(がいしょういん)からも一人随行している。さらに院長の外出ともなれば軍兵院(ぐんへいいん)宮内院(くないいん)からそれぞれ警護の人員が同行するため、総勢で二十人近い一行となっていた。


ちなみに軍兵員と宮内院の両方から警護人員が派遣されているのは、それぞれに少々役割が異なるからだ。

軍兵員警護局(けいごきょく)は主に移動中や訪問滞在中の建物全体の警備を担う。一方で宮内院近衛局(このえきょく)は要人の側に常に付き添って身辺警護を行う。近衛局の方はボディーガードのようなものだった。

そのためかどうかは分からないが、双方腕っ節が強そうなのは前提として、その上で軍兵員の方は屈強を文字に書いたような大男共なのに対し、宮内院の方はいかにも良家の子息らしい洗練された雰囲気の男性が多かった。私は頭の中で海星(かいせい)の姿を思い浮かべて納得しつつ、逆に九虎(きゅうこ)の姿を思い浮かべて、優男風の彼は意外にも軍兵員では毛色の変わったタイプなのかもしれないと新しい発見をしたりした。


今回、週末に移動するのは白蓮だけだが、副院長の桂夏も大詰めとなった各種調整のために数日前から里帰りしている。しかしさすがに院長と副院長が双方不在というのは色々と差し障りがあるため、桂夏は今日明日と白蓮をアテンドした後は、一日早く王城に戻る予定だった。


白蓮は馬車の中でもせっせと書類に目を通し、揺れる座面で器用に筆を操っては流麗な文字で手紙をしたためるなど、少しも休むことなく仕事をこなしている。彼はこの二泊三日の時間を捻出するために今週は寝る間も惜しんで働き詰めの毎日を送っていたはずだが、その割には顔色も機嫌もすこぶる良かった。


実はこの葵屋の郊外の拠点にはもう一つ重要な施設がある。それこそが白蓮が密かに今回の視察で一番の目的としている場所であり、葵屋の中枢、薬草の試験栽培および薬種開発を行う研究所である。

研究所とは言っても民間の施設だ。もちろん規模だけで言えば医薬院の研学府の方がずっと人員も多く規模も大きいだろう。しかしこの試験場では王都随一の薬種問屋が、その伝手や知識、経験を最大限に活用して密かに収集した、非常に珍しい薬草が栽培されているらしい。白蓮はそれが見たくて堪らないのだ。

以前に店主からその話を聞いて以来、白蓮は何度もこの郊外の拠点を訪問しようと画策していたらしいが、さすがに院長職ともなると仕事の面でも周囲への影響の面でもそうそう気軽に訪問はできず、そんな彼がようやく手に入れた機会が今回の視察なのだった。普段、彼の医薬オタク振りを目の当たりにしている私としては、彼が鼻歌を歌いたくなる気持ちも分かる。


実際に鼻歌を歌いながら口元を綻ばせて仕事に励む白蓮を尻目に、私は小窓の外を眺めながら溜息を吐いた。私ももちろん最初は一緒に仕事をこなしていた。しかし途中で馬車に酔ってしまい、今は開け放たれた小窓から外の景色を眺めることに専念している。

小さいが窓の向こうに広がる空は爽やかな青色で、吹き抜ける風も清々しい。王都を抜けると牛や馬がのんびりと草を喰むなだらかな丘陵地帯が広がっており、青空と草木の色彩のコントラストが美しく、ずっと眺めていても少しも飽きることがない。

あまりにも私が熱心に外を眺めているので、時折馬車を取り囲む護衛と目が合ってしまうのが難点だ。子供のように夢中になって外の景色を覗いていたことが恥ずかしく、誤魔化すように微笑んで軽く手を振ると、何故が驚いたような顔で慌てて目を逸らされてしまった。


……ヤバ、また何か変な事しちゃったかな?


すでに半年以上をこの世界で暮らし、さらにここ数ヶ月は白蓮の侍従として王城の中枢にも侍るようになって、私自身は大分この世界の仕来りや風俗、風習に慣れたと思っている。しかしそれでもこんな風にまだまだ噛み合わないことがある。


私が首を傾げていると書類に視線を落としたまま白蓮が溜息を吐いた。


「止めなさい、夜這(よば)いをされたいのか」

「……は?」


ぽかんとして見返すと白蓮が書類を置いて顔を上げる。


「誘っているようにしか思われん」

「え? 誘う……そ、そんなつもりではっ!?」


私がぶんぶんと首を振ると、ぱさりと隣の座面に書類を放り投げた白蓮にじろりと睨まれた。


「私がせっかく()()()()()()()()()というのに、其方は少しも学んでないな? そういうのを脇が甘いと言うのだ。そもそも今回の視察は極近場で危険な旅程も含まれていない。護衛達も少々観光気分で浮かれているのだ。いいか、夏煌祭(かこうさい)では散々面倒事に巻き込まれたのだし、今回はよくよく気を付けよ。仕事中もそれ以外も出来る限り私の側から離れるんじゃない」

「うぅ……はい」


私は項垂れて小さく頷いた。正論すぎて少しも反論の余地がない。その後も何かのスイッチが入ってしまった白蓮に、視察中の様々な事項について微に入り細に入る注意を受け、それを青くなったり赤くなったりしながら神妙に聞いているうちに、気が付くと馬車はいつの間にか目的の場所に到着していた。お小言を聞いている間にあっという間に到着するなんて、何事もなく順調でよかったと喜ぶべきなのか、それとも嘆くべきなのか。


そうこうしている間に停止した馬車の扉が開けられる。外に出ると茜色に染まった広い空が目に飛び込んできた。馬車は堅実な造りの広々とした屋敷の玄関の前に停められており、葵屋の店主を筆頭に十人近い人々が丁寧な礼をして待っている。

中央の店主の隣に立つ桂夏と目が合うとにこり微笑み返してくれた。実家ということもあり桂夏自身はどこか寛いだ様子である。桂夏の隣には恐らく彼の兄なのだろう、面差しの似たもう少し年長の男性が一人いて、さらにその隣に十三、四歳の男の子が難しい顔つきで立っていた。後は加工場などで要職を務める従業員と比較的年配のベテランの侍従達である。


白蓮は悠々と馬車から降りてくると堂々たる貫禄で店主たちと挨拶を交わす。普段あまりにも近くで接しすぎ、色々謎のこだわりや我儘に散々付き合わされているためすっかりと失念してしまっているのだが、時々白蓮のこういう姿を見せられると、やはりさすがは商業大国で院長職を任される人物だけあると妙に感心してしまう。


店主や桂夏の兄は白蓮とも面識があるらしく、彼の美貌を目の当たりにしても多少顔が引きつる程度でほとんど変化はない。しかし周りに控えるその他の人々は、予想通りというか案の定というか、ぽかんとした顔で惚けていた。恐らく店主もそれが分かっていたからベテラン勢のみを連れてきているのだろう。


案内されながら早速話しはじめた店主と白蓮の会話を聞き漏らさぬように、メモ帳を取出した私が慌てて二人の後を追いかけると、桂夏の隣に立つ少年にじろりと睨まれて内心で汗をかく。


あれ、私また早速何かやらかしている……かな?


それでもどんどん先に進んでゆく二人に取り残されてはまずいと、私が小走りで追いかけると、視界の端に微笑む桂夏の姿が映った。その笑顔がどこか面白がるようで少々気になるのだが、深く追求する余裕はなく、私は二人に追いつくと店主と白蓮の会話に必死に耳を傾けてメモを取りはじめた。

気になる少年が登場。実は彼、以前に登場していた人物なのですが……。

次話をお楽しみに!

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