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夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(9)

無事に街歩きを終え、医薬院に戻ります。

「どれでも好きな物を選べ」


白蓮(はくれん)に促されて、私は卓上に並べられた黒いトレーの上に視線を落とす。三つのトレーには規則正しい間隔で様々なデザインの指輪が綺麗に並べられている。しばらくトレーを眺めた後、私が再び白蓮を見ると彼は片眉を上げて腕を組んだ。


「さっき、指輪を買おうとしていただろう? だがあれは気に入らぬ、だからここから選べ」

「ええっと……」


私は再びトレーに視線を落とす。

確かに買おうとしていた。しかし、私が買おうとしていたのは色硝子を使った玩具みたいに他愛のないものだ。その内、友達とでも出かける機会があったらつけてみるか、それとも今日の祭見物の記念として飾り棚に飾っておくか、どちらにせよその程度のものだ。

そもそも何か祭りっぽいことをしたかっただけで、どうしても指輪が欲しかったという訳ではない。


しかし、今トレーに並べられているのは、一目で高価と分かる煌びやかな品々だった。ちらりと視線を上げると満面の笑みを浮かべた錦屋の二人と目が合う。

ふと、その奥にあるはずの我陵の姿が無いことに気が付いて少々気を取られていると、年配の方の錦屋が酷く悲しそうな顔をして「お気に召しませんか」とあからさまに肩を落としたので焦る。


私にも分かっている。ここまで呼びつけておいて今更要らないなどとても言い出せる空気ではないことを。そして私はせっかくの主の心配(こころくば)りを人前で踏み(にじ)るほど無礼でも恩知らずでもない。

この場合「高価過ぎる」「使う機会が無い」などと面倒なことを言わずに、感謝して潔く頂戴するのが侍従としての正しい在り方だろう。


「……ありがとうございます」


私は「もう十分ですから!」と言う言葉をグッと飲み込むと、背を正して神妙な面持ちで答えた。


結局、私は貴石のついていない地金の指輪を選んだ。

たっぷりと地金が使われていて頑丈だが、絡まる蔦の葉の合間に愛らしい小鳥が遊ぶデザインは、所々透し彫りが施されていて重すぎない。

白蓮は他にも女性ならではの華やかな品があるのにと少々不満そうだったが、これなら傷付きにくく仕事をしながらでも毎日付けられるからと説得すると、まんざらでも無い顔になって頷いた。

その後も白蓮はいくつかの注文をして、私は全ての指のサイズを丁寧に測られる。調整された指輪は後日屋敷に届けられるらしい。


帰り際、波流(はる)に雑談のついでに実にスマートに食事に誘われたのを、いつの間にか戻ってきた我陵を含めた(くだん)の三人の厳しい視線を背中に浴びながら、私は笑顔の下に冷や汗を流して丁重にお断りする。波流は引き際もスマートで、機会があればまた今度ぜひ、と言って笑顔で帰って行った。


四人揃って席を立つと、入ってきたときとは別の玄関に案内される。どういう敷地の形状をしているのか、出るとほとんど王城の西門から目と鼻の先と言っていい場所だった。

帰り際にもう一度露店を見れるかもしれないと淡い期待を抱いていた私は、内心がっかりしながらとぼとぼと三人に連れられて西大路を歩く。


すぐに西門に辿り着き、そのまま四人で王城の中に入る。明日からの仕事に備えて私と白蓮は今夜は医薬院の奥に泊まる予定だ。二人も一度自分の執務室に寄ってから帰るらしい。

医薬院の入り口で輝晶(きしょう)と別れ、そのまま白蓮の執務室まで送ってくれた我陵(がりょう)にお茶を勧める。


茶を一口飲んで我陵が言った。


「さっき輝晶にも言ったけど、二人ともちょっと身辺に気をつけた方が良さそうだね」

「途中で二、三度、席を外していたな。あの時か?」

「ああ、輝晶も気付いていたようだが。ちょろちょろと我々の様子を伺っている者がいた。あの感じは素人だが素人の方が厄介な場合もある。まあ、白は付け狙われるのなんて、今に始まった事じゃないだろうが」


我陵がくくっと喉の奥で笑うと、なんとも言えない顔で白蓮が我陵を見返した。


「最近はそうでもない。そうか、でも助かった。今後はさらに気を付けるとしよう」

「そうだな、それがいい。外出の際は必ず二人以上の護衛を付けて、近場でも馬車を利用したほうがいい。私でよければまたお供するよ」


茶を飲み干すと我陵は頼もしい笑顔でそう言い残し、白蓮の執務室を後にした。



我陵が帰って私が改めてお礼を伝えると、白蓮はぐっと伸びをして、今日はもう好きに過ごすといいと告げて自室に戻る。

しばらく耳を澄ませていると、幾度か扉が開け閉めされた後にざぷりと水音が聞こえてきた。どうやら風呂に入り寝支度を始めたようだ。それを確認し、一度ぐるりと執務室を見回すと私も自室に下がる。

こういう時、白蓮は本当に一人になりたがっていることが多い。別に不機嫌だとか気分が優れないとかそういう訳ではなく、単純に一番落ち着く場所に戻ってきて気を使わずに寛ぎたいのだろう。


思い返せばこの三日間。たった三日しか経っていないはずなのに物凄く長い時間が経ったような、それでいてあっという間だったような、とにかく色々な出来事が凝縮された怒涛の日々だった。

屋敷で葉周(ようしゅう)の研修を終えて戻ってすぐに一日目のゴタゴタに巻き込まれ、以来常に何かに追い立てられるように走り回り、気づいたら三日目で、その三日目もあっという間に過ぎてしまいもうすぐ終わる。

私はただその時々に目の前で起こる出来事を捌くのに精一杯で、周りを気遣う余裕もなくぐるぐると振り回されているだけだった。


白蓮の場合はさらに夏煌祭(かこうさい)の前日から後宮(あとのみや)のトラブルに巻き込まれていたから、私よりももう一段も二段も慌ただしかったに違いない。

その上で、私が巻き込まれたあれやこれやの後始末に奔走し、さらには唯一の休日である三日目の半日近くを私の他愛のない希望を叶えるために付き合ってくれたのだ。さすがの彼も疲れていることだろう。


白蓮が風呂から上がり自室に戻る音が聞こえると、私もさっと準備を整えて簡単に湯を貰う。着替えて夜衣に上着を羽織ると、私は自室から幾つかの書類を抱えてきて再び執務室に戻った。

持運び式の洋燈に最低限の灯りを点し、それを持って移動しながら部屋の中を片付ける。


本当は、葉周の研修を終えて戻ってきた時からずっと気になっていたのだ。私の不在と祭りの三日間のゴタゴタによって、完全に片付け機能が停止したこの執務室の有様が。

目を凝らせば其処彼処(そこかしこ)桂夏(けいか)の尽力した痕跡が見える。しかし桂夏は副院長だ。私のように一日中白蓮の後をつけて彼の散らかす書類を回収して歩くような暇はない。

散乱した書類も一応は白蓮なりのルールに則って分類されていているはずなのだが、彼も余程忙しかったのだろう。普通に放り出されただけの書類も多かった。

つまり今の執務室の中、特に執務机の周辺は書類や資料が散らかり放題のぐちゃぐちゃということだ。


このままでは明日の仕事に差し障る、というかうっかり流しを片付け忘れて眠ってしまった時のように、朝起きてからげんなりするのが目に見えている。

それに体は疲れているが、街歩きで祭りの熱気に当てられて少々興奮したままの心には、書類整理のような集中できる単純作業が意外と心地良いものだ。

私はついでに不在中の仕事の状況を確認したり、明日以降のスケジュール把握や朝議の準備もしようと欲を出し、応接セットに陣取ると書類整理に没頭した。


左右の手にそれぞれ持った書類を見比べながら、明日の予定の優先度に頭を悩ませていると、不意に書類に影が落ちる。


「うわっ!」


見上げると、夜衣に上着を羽織った白蓮が先ほどの私と同じように片手に洋燈を下げて立っていた。集中していたせいで白蓮がやってきたことに少しも気付かなかった私は椅子の上で飛び上がった。

三連休明けの日曜夜のような気分でしょうか笑。

休日ももうすぐお終いです。

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