夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(7)
街歩きの後の一時。
美味しい料理に舌鼓を打つはずが、我陵に悪意なく本題に切り込まれた澪はたじたじです。
「そうだぞ澪、こういうのは早めに決めた方がいい。はっきり言ってその四人は王城中の娘から狙われてる。うかうかしていると全員誰かに掻っ攫われるぞ」
「ごほっごほっ……はぁ、が、我陵様も輝晶様も大袈裟ですよ! 皆さん決して本気では──」
「本気じゃない? おや、どうしてそう思うんだい」
「え?」
「そうだぞ澪、九虎が可哀想だろう」
「いや、え……でも……」
「でも、なんだ?」
「ええっと、だって……その……」
私は視線で白蓮に助けを求めるが、彼は素知らぬ顔で酒器を傾けている。
私も言われてすぐは確かに動揺していた。しかし時間が経った今はその状況をもっと冷静に見れるようになっている。
「……あれから私も考えてみたのですけど、どう考えても本気ではないですよね? その場の雰囲気というか流れでついというか、駆け引きを楽しんでいるというか。ほら、それに、だってあの時は九虎さんたちも疲れていたでしょうから!」
私が両の掌を合わせて顔を上げると、我陵と輝晶が何ともいえない顔で私を見ていた。隣の白蓮は相変わらず何処吹く風だ。いや、何処吹く風だったのが、今は少々面白がっている風に変わっている気がする。
無言の三人を前に、私は何故だかもっと説明しなければならないような気に追い込まれた。
「それにですね、有難い事に白蓮様が雇ってくださったお陰で今はこうして暮らせていますが、そもそも私は一介の侍従ですよ? 元は下女ですし、自分で言うのは何ですが、文字通り何処の馬の骨とも知れない人間です。だから私にあるのは本当にこの体一つで、体と言っても──」
私は自分の体を見下ろす。
「こんな何処にでもいるような普通の十五の子供です。髪だって短いし、色だって真っ黒で地味ですし、身分も財産も何もありません。あ、もちろん仕事は好きですよ、それに真面目に頑張ります! でもそれだけです。ほら、立派で大人気で王城中の女性から狙われるような、そんな引く手数多の彼らには全然釣り合わない相手でしょう?」
私がどうだこれで納得しただろう! と意気込んで顔を上げると、我陵と輝晶が完全に酒器を持つ手を止め、唖然とした表情でこちらを見ていた。
「ふっ、あははっ!」
その隣で白蓮が吹き出す。
「分かっただろう、それが澪だ」
肩を震わせて片手を額に当てた白蓮がもう片方の手で私を指差す。
「……嘘だろう?」
「澪は本気だ」
「これは驚いたな」
今度は我陵が腕を組んで椅子の背に寄りかかる。
「おい澪、お前本気でそんな風に思ってるのか?」
「本気も何も……事実ですよね?」
私が首をかしげると、再び輝晶が唖然とした顔をする。
「これは……マジだな。嘘だろ、九虎のやつ大丈夫か」
「不思議だねえ。うーん、ここまでくると認識の齟齬というよりも文化の違いと捉えた方が近いかな。ちなみに澪君の故郷ではどんな女性が好まれるのかな? 伴侶として」
衝撃から回復した輝晶が酒器を片手に問いかける。
私には三人の話が少しもピンと来ずただ首を傾げるばかりだ。
そんな私の様子を横目に、白蓮は実に面白そうに酒器を傾けている。
「時代によって違うので一概には……。まあ、でもやっぱり器量が良くて、優しくて──」
私は思いつくままにキーワードを挙げてゆく。
しかし話が進むにつれて、はじめは頷いていた輝晶の雲行きがどんどん怪しくなる。最後には彼はついに難しい顔で腕を組み考え込んでしまった。
「澪、お前それは本気で言ってるのか?」
「え? ええ……」
「誰か、お前にこの辺りを説明した奴はいないのか?」
「九虎が説明していたはずだ。だが、その様子では其方、冗談と受け流してちゃんと聞いていなかったな」
「ええっと……」
私は斜め上に視線をやって記憶を探る。
確かに、あの晩なぜ私にこだわるのかと理由を尋ねた際に、九虎が何か説明てくれていたような気がする。
そうだ、確か生まれ持ったものは後天的には変えられないから、後天的な教育よりもまずは素質のある子供が産める母親かどうかの方が重要とか、だから王城に務めるような者ほど才覚のある能力の高い相手を求めるとか、そんな屁理屈を捏ねていたような……。
あれ、てことはあれ屁理屈じゃなかったのか?
「冗談、ですよね?」
私が恐る恐る見上げると三人が揃って首を振る。
「お前は別の勘違いもしてる」
腕を組んだ輝晶が正面から私を見据えた。
「え、他にも?」
「しがらみが何もないのは別に悪いことじゃないだろう。むしろ面倒がなくていいと好意的に捉える奴も多い」
「ああ、冬利は完全にそちら側だな」
「それにだ、お前の出自は明確だ」
「は?」
「それを付けてるだろうが、耳に。それをつけている限り白が庇護者を明言してるも同然だ、出自はそれで十分過ぎる。分かってるとは思うが白は医薬院長だぞ。お近付きになりたいと願ってる奴は五万といる」
私は無意識に耳に手をやる。すっかり慣れたため普段は忘れてしまっているが、白蓮に雇われたあの夜取り付けられた環札が、冷んやりとした手触りと共に確かにそこにあった。
「お前はそれも軽く考えているな? 全く、どいつもこいつもどうしてちゃんと教えないんだ。いいか澪、それはお前が考えているよりもずっと価値のある物だ。それを付けている限りお前は白蓮の馬の骨だ。それに」
輝晶はそこで言葉を切って眉を顰めた。
「クソッ、腹立たしいな。どうして俺がこんなことを一々説明してやらなきゃならないんだ。俺がどれだけ工夫してその髪型にしてやったと思ってる。俺にそんなことをさせておいて普通のはずがないだろう。というか、そもそも普通な奴にそこまではしてやらん。分かったか? とにかくお前は何処も彼処も何一つ普通ではない」
「……はい」
「チッ、全然分かってねーな。おい白、こいつには衣装じゃなくてまず何よりも手鏡を買ってやるべきだろう!」
「ふふっ」
白蓮が再び吹き出す。
捲し立てるように説明されて私は分かったと頷くことしか出来なかった。しかし、多分まだ全然分かっていないだろう。
私の困惑を見抜いたのか、ようやく白蓮が口を開いた。
商業大国ならではの実力主義の価値観です。
医薬院長ですら金儲けを画策する世界ですからね笑。徹底しています。
さて、三日目の夜はもう少々続きます!




