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夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(6)

街歩きからの夕餉です。

私たちが案内された菜美房(さいみぼう)の店内は外観から想像した通りの(しつらえ)えだった。

つまり、貴人がお忍びで、あるいは大店の主人が商談で、もしくは誰かが人に知られたくない話で、そういう時に利用する便利な店ということだ。


私たちが案内されたのは複雑で特徴の無い廊下をしばらく進んだ先にある、更に細い渡り廊下を通り抜けた離れの部屋だった。

四人で使用するには十分すぎる広さがあり、磨き込まれた飴色の柱や梁が前の世界で言うところのわびさびを連想させる、洗練されているのに決して押し付けがましくはないが、しかし何もかもが完璧に計算され尽くされていて背筋の伸びるような緊張感が漂う、そんな部屋だった。


硝子を贅沢に使用した大きな窓の向こう側には、所々に灯りが点された趣のある中庭が広がり、耳を澄ませると恐らく東大路(ひがしおおじ)の方だと思われる賑やかな祭りの喧騒が聞こえてくる。

もちろん店には他にも多くの客がいるはずだが、暖簾をくぐった瞬間から、かなり長い距離の廊下を歩き、そしてこの部屋に入った今も、少しも他の客の気配を感じることがなかった。


部屋にはベテランの女中が付き、少しの澱みもない手際で食前酒と前菜が並べられていく。

私は昨夜、色々と飲み過ぎてしまったことの反省もあり今日は一滴も酒を飲むつもりがなかったのだが、食前酒で乾杯の流れになってしまっては断りきれず、仕方なく小さな硝子の酒器に注がれた飴色の液体を口に含んだ。

強い甘味の後に薬草の香りが鼻に抜け、不思議と食欲の刺激される味わいに紹興酒を思い出す。薬のようで苦手という人も多いが、どちらかと言えば私は好きな味だった。



「それで(はく)、何の褒美なんだ?」


前菜の皿が下げられて二杯目の酒に口をつけたところで我陵(がりょう)白蓮(はくれん)に問いかけた。


「おや? まだ伝えてなかったか」


白蓮も二杯目の酒に口をつける。


「ま、見当はついているがね」

「一昨日の一件は知ってるか?」

「風の噂で聞いてるよ。何やら澪君が大活躍したそうじゃないか」


我陵は笑みを含んだ目で私の方を見る。


「相変わらず耳が早いな」

「我陵、誰から聞いた?」


私だったら縮み上がりそうな輝晶(きしょう)の鋭い視線を、しかし我陵はあっさりと受け流す。


「さて、誰だったかな」

「あとでシメてやる」

「ふふふ、思い出したら知らせるよ。それで?」

「殺到したのだ、引き抜きとか色々な」

「ああ、なるほど。山ほど手紙が来たか」


我陵がくつくつと喉を鳴らす。


「君よりも良い条件の雇い主がいたか?」

「莫迦を言うな、どんな条件で雇っていると思ってる。まあ、相応の働きはしてもらうがな」


白蓮が唇の端を歪めて新しく運ばれて来た皿に箸を伸ばした。


「それで街歩きの褒美か。普通は褒賞なり賃上げなりを強請(ねだ)りそうだがな。澪君は面白い考え方をするねえ」


我陵が急に話を振ったので、可能な限り小さくなって気配を消し、ハムのような何かをうっとりと味わっていた私は、その破片を危うく変なところに飲み込みそうになった。


「そうだ、せっかく何でも(あつら)えてやろうと言ったのに」


白蓮が拗ねたような声を出す。


「ぐふっ……で、でも白蓮様、すでに衣装は着きれないほどありますし。お部屋も食事も用意して頂いて、もう十分過ぎるほどです」

「おやおや、なんとも謙虚じゃないか」


我陵が面白がって大げさに眉を上げる。


「チッ、つまらぬ」

「私は街を見られてとっても嬉しかったです、本当ですよ! 白蓮様ありがとうございます!!」


私が必死でフォローしていると、輝晶がにやにやしながら私の方を見た。


「なんだ澪、殺到したのは引き抜きだけじゃ無いだろう?」


私はぐっと言葉につまる。

それは……今、一番触れられたくないところだ。


私の顔を覗き込むように首を傾げた輝晶が、分かっていながらそこを突いてくる。


「ははっ、あの九虎(きゅうこ)が女の事で悩む日が来るとはな」

「うちの冬利(とうり)も、珍しく積極的になっているぞ」

「これは、土木院(どぼくいん)波流(はる)も引っ掛けている」

「おお、やるな澪!」


にんまりとした顔を寄せた輝晶にばしばしと背中を叩かれる。


「なかなか男を見る目があるじゃないか。よりどりみどりだな、他の女官たちに知られたら袋叩きに合いそうだ」

「うちの冬利は派手な質ではないが、仕事は出来るし気は利くし、九虎のように他の女の心配もない。なかなかお勧めだぞ」


我陵がさっそく手酌に切り替えた酒を注ぎながら笑うと、白蓮が呆れた目で私を見た。

私は彼らの視線を避けるように、可能な限り小さくなろうと肩をすぼめるが、それにしたって限界はある。そもそも私たち四人は等間隔で円卓を囲んでおり視界を遮るものは何もないのだ。


というか、同じ卓を囲む流れが自然すぎて、今の今まで本来感じるべき違和感を一切感じないまま来てしまった。どのみち申し出たところで、本末転倒だと言い包められることは分かっているのだが、それでも気付いてしまうと急に居心地悪く感じてしまう。


私がもぞりと椅子の上で身動(みじろ)ぐと、目敏(めざと)い輝晶が顔を寄せ、気にするなと声をかけた。


「数日前に(げん)と話したらな、近衛の海星(かいせい)も弦と顔を合わせる度に澪の様子を聞くそうだ」

「白蓮様、それは誤解です!」

「ああ、行政院(ぎょうせいいん)人事院(じんじいん)は頻繁に打ち合わせるからな」

「はははっ、海星もとはさすがだな。おや、そういえば今日は蓬藍(ほうらん)様のところで海星君を見なかったな?」

「別件で数日出払っているらしいぞ」


新しく届いた酒を美味そうに呷った輝晶が呟く。


「この休日にかい? 蓬藍様もなかなか人使いが荒い」


我陵がもう何杯目か分からぬ酒を空けると、目を細めて私を見た。

半日近く一緒に過ごした今、私の中にはもう我陵を恐ろしいと思う気持ちは全くない。それでも我陵の鋭い左の目にひたと視線を合わせられると、私は瞬きを忘れて思わず居住いを正した。


「それで、引く手数多の澪君は一体誰を伴侶にするつもりなのかな?」

「うぐぅっ、ごほっごほっ……」


丁度、かぼちゃ煮のようなほっこり甘い何かを味わっていた私は、今度こそ入ってはいけない場所にそれを飲み込んで盛大に噎せた。

夕餉は少々不穏な雲行きに笑。

街歩きはもう少し続きます。

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