夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(5)
街歩きの続きです。
「あ! い、いえ何でも」
私は慌てて口元を手で押さえた。
うっかり『あれが見たい』などと口走ったら最後、大変な事になるのはここまでの道中で身に染みている。
「何だ、どれが見たい?」
しかし、耳聡い輝晶がすかさず側に寄ってきた。
白蓮と我陵は先ほど買った菓子を摘みながら、二、三歩後ろをのんびりと歩いている。
「ほら、どれだ?」
「あの、大丈夫ですから……」
「ああ、あれか」
「き、輝晶様!」
輝晶は私の二の腕をがしりと掴むと一切迷いのない足取りで進んでゆく。
どれだと問いながらも、彼は常に抜かりなく周囲の様子に目を配っており、私の視線の先も正確に把握しているのだ。
私は気になっていた露店の前に連れ出され、輝晶を見上げて唖然とする屋台のおじさんに申し訳なく思いながらも、並べられたカラフルな小物の可愛らしさにすぐに夢中になってしまった。
夏煌祭三日目の夕刻、燃えるようだった夕焼けも沈み西の空が紫色を帯びる頃。
夕刻に蓬藍の屋敷を出発した私達は今、王城の西門の前から一直線に伸びるこの国のメインストリートの一つ西大路を歩いている。
天虹国の王都は王城を中心に放射線状に街が広がっており、その放射線状の道の中にほぼ同規模のメインストリートが二つある。
一つは東門前から伸びる東大路、もう一つが西門前から伸びるこの西大路だ。その二つの大路の間を大小無数の小道が縦横無尽に行き交い街が形作られている。
私達の歩いている西大路は、主に王城に出入りするような大店や由緒ある老舗、高度な加工技術を有する工芸店などが本店を構える目抜き通りで、綺麗に整備されたごみ一つ無い広い通りの両側はずらりと並んだ立派な建物で埋め尽くされている。
当然、それらの店は普段ならば私のような侍従が気軽に入れるような場所では無いのだが、例年祭りの期間に限っては各店が大路沿いに卓や棚を並べ、露店風の演出で販売も行なっているらしい。
それで褒美の代わりに、市井の街歩きをしたいと要望した私の願いを叶えるため、白蓮達がこの通りへと連れ出してくれたのである。
念願叶って自分の足で歩く初めての王都は、何もかもが新鮮で珍しく、並ぶ露店はどれもとても上品で見やすいし、店員さんの接客も行き交う人々も皆丁寧で心地よい。心配りの行き届いた文句の付けようの無いとても楽しい街歩きだった。
そう、とても楽しい。楽しいのだが……しかし。
これは当初、私が考えていた『のんびりぶらぶら街歩き計画』とは大分様相を異にする展開だ。
元々私が考えていたのは、白蓮と二人でもっとこう騒々しく猥雑で、ぎゅうぎゅうに混雑した露店の並ぶ通りを、手をベタベタにしながら串焼きを頬張って歩くような、そんなイメージである。
だが、現実は大分違う。
私は整然と並べられた品物を物色しながらも、後で世間話に興じる三人組と私を唖然とした表情で見比べる店員のおじさんに同情した。
輝晶の説得のお陰で蓬藍の同行は阻止できた。それは非常に有難いことだ。しかし、輝晶は蓬藍を説得したその同じ口で我陵を説得し、自分はしれっと私達の街歩きに付いて来た。
当然、西大路とは言え市井に出るのだから、皆普段よりもずっとおとなしい格好をしている。
我陵は蓬藍の屋敷にやって来た時の通りだし、輝晶は一度帰って臙脂色の長めのシャツに黒いズボンというラフな衣装に着替えて来たし、白蓮ですら灰色がかった青色の地に極控えめな縁飾りの付いた立ち襟の長衣という、普段の彼からすれば物凄くあっさりした衣装である。
一方で私はと言えば、淡い萌黄色の地に草花の間に遊ぶ小鳥を染めと刺繍で描いた膝丈の上着に、同色の仕立ての細身のズボン状の下衣という、目にも鮮やかな衣装を着せられていた。百パーセント主の趣味である。
私はもっと地味にしたかった。今でも心の底からそう思っている。しかし、白蓮が葉周に用意させた衣装の中ではコレが一番地味だったのだから仕方ない……。
さらに、私としては本当はぜひ下町に暮らす人々が楽しむと言う東大路の方に行ってみたかった。以前、下女寮で友人だった雪が話してくれた、家族で訪れるという祭りの様子がとても楽しそうで、ずっと気になっていたからだ。
もちろん出発前に頼んでみたが、三人に即答で却下されてしまった。時々忘れてしまうが実は三人とも現役の院長である。さすが院長の却下の威力は凄まじく、私は一言も反論できないまま粛々とそれを受け入れるしかなかった。
結果的に私たちは『性別不明の子供を連れた、どこからどう見てもお忍びの貴人三人組で、且つ内二人は佩剣した只者ではない大男で、残る一人は直視したら目が潰れるほどの美形』という側から見たら謎の多過ぎる四人組となっていた。
店員のおじさんが開いた口が塞がらないまま、私と三人を交互に見ているのも納得なのだ。
私が色硝子で作られた指輪の色をどちらにするか悩んでいると、いつの間にか隣に立っていた白蓮が横から私の手元を覗き込む。
「指輪が欲しいのか?」
「え? あ、はい、まあ。綺麗なので何か買いたいなあと思って」
「ふーん」
「別に指輪で無くてもいいのですけれど……」
「好かぬ」
「は?」
「色が好かぬ」
「え?」
「来い」
「わ!」
今度は白蓮が私の二の腕をがしりと掴みずんずんと進んでいく。
「あ……」
私は唖然とした店員を残したまま、みるみる内に遠ざかる色硝子細工の屋台を呆然と見つめた。
ようやく「露店で衝動的に買い物して後で後悔する」という、お祭りの醍醐味の一つを味わえることこだったのに……。
私が無念に肩を落としていると輝晶が呑気に尋ねる。
「なあ白、夕餉はどうする?」
「菜美房を予約してある」
「おっ! よく予約できたな」
「色々とな」
「馳走になる」
「澪、そうがっかりするな。店まではまだもう少し距離がある。その間に他の露店を見ればよかろう」
「はい……」
私の街歩き計画の儚さよ……。
白蓮様、そのお店が予約困難なほどの人気店で、きっと物凄く美味しい料理を出すということは分かります。分かるのですけれど……。
私は買食いも食べ歩きもしたかったです!!
私は一人心の中で涙を流す。
でも、白蓮様なりに色々考えてくれたのも分かる。物凄く良く分かる。
はぁ……今日はもうそれだけで十分良し、なのかな──。
私たちは先ほどとほぼ同じ展開を二、三度繰り返つつ西大路を進む。
数百メートル程進むと突然前を歩く白蓮の背中が消えた。
驚いていると輝晶に背中を押されて、立派な店と店の間にある茂みに押し込まれる。
気付くと大人が一人やっと通れるほどの細い小道に立っていた。振り返ると、今入ってきた入口は再び木々によってほとんど覆い隠されてしまっている。
あれ、我陵様がいない?
しかし、確認する前に再び輝晶に軽く肩を押され、私は流されるように断面の美しい石と玉砂利で舗装された洒落た小道を進んだ。
小道は中程に小さな木製の門があり、それを超えて更に進むと突然広い空間に出る。
現れたのは視界一面に大人の膝近くまで丈のある生成り色の暖簾が下げられた玄関。その前に一人、片手に灯りを下げた男性が待っており、私たちが近付くと嫌味のない完璧なタイミングで丁寧な礼をした。
海老茶色の髪を丁寧に撫でつけた壮年の男で、一部の隙もなく着こなした衣装に屋号の入った前掛けを締めている。体型も顔立ちもあえて特徴を無くしたかのように普通である。次にもう一度会っても誰か分からないと思うような顔立ちの中で、一重の瞳だけが鋭く如才の無い光を宿している。
「お待ち申し上げておりました」
「店主、今夜は世話になる」
「光栄でございます。さあ、こちらへ」
三人は少しの躊躇いもなく男性が避けた暖簾を潜る。
息を吐いてふと見上げると、もうすっかりと暮れた藍色の空に星が洪水のように瞬いていた。
この国では、前の世界では考えられないほど星が鮮明に見える。しかし星座は違うだろうなと、そんなことを考えた。
いつの間にか背後にいた我陵に背を押され、私も暖簾をそっと潜った。
街歩きはもう少々続きます。




