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夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(4)

のんびり休日の続きです。

「おや、お揃いだな」


扉から姿を現した我陵(がりょう)がゆっくりと庭先に集う一同を見回した。蓬藍(ほうらん)輝晶(きしょう)にとっても我陵の登場は意外だったのか、二人は茶器を持つ手を止めて顔を見合わせる。


今日の我陵は藍色の髪を襟足で緩く一つに結び、ズボン状の細身の下衣にゆったりした襟なしのシャツ、さらにその上に深くスリットの入った長袖の長衣を重ねた、この国でよくある普段着風の身軽な出で立ちをしている。


当然、そこに眼帯も付けている。

結果、どこからどう見ても財歳院長には見えない仕上がりとなっていた。だが、財歳院長以外の何者なのかと問われるとそれはそれで解答が難しい。最も正解に近いのは『只者ではない何者か』という辺りだと思うのだがどうだろうか。


少なくとも、もしも自分が悪党の端くれで街中で遠くからでも今の我陵を見かけたなら、全てを放り投げて尻を端折り、一目散に逃げ出すだろうと言うことは確信できる。


突然の登場に驚いて唖然と見つめる私と目が合うと、我陵は目尻に小さな皺を寄せた。


あれ、我陵様ってこんな方だったっけ?

もっと怖いようなイメージがあったけど……。


我陵には一度、まだ私が白蓮(はくれん)の勘違いで連れ回されている頃に、財歳院(ざいさいいん)の院長室で会ったことがある。その時の我陵は迫力満点以外に説明のしようが無く、そんな彼に淡々と質問攻めにされていた私にはひたすら恐縮していた記憶しかない。


しかし衣装が身軽な所為か、それとも明るい日の元で見るためか、あるいは今日が休日で我陵もオフモードになっているのか、我陵がまとう雰囲気は前回よりもずっと親しみやすいものに感じられた。


「思ったよりも早く来たな。伝令が行き違ったか?」


白蓮が上体を捻って我陵を振り返る。


「いや、連絡は来ているよ。たまには白と茶でも飲もうと思って早めに来た」


我陵は軽く肩を竦める。

あれ、と私は我陵を目で追いながら心の中で密かに呟く。

我陵をここに呼んだのが白蓮である事も意外だが、それよりも何よりも二人の親しげな様子に驚いたのだ。振り返った白蓮の問いかけもごく自然で、普段側に仕える私には今の彼が素に近い状態であるとすぐに分かる。


「だが、すでに飲んでいたようだな。邪魔だったか?」

「何を言う。それなら色々と話したいことがある」

「ああ、久しぶりだからな。蓬藍様、お邪魔を致しております。何処か部屋をお借りしたいのですがお願い出来ますでしょうか?」

「これは我陵様、もちろん構いませんよ。ですが、よろしければこちらでご一緒いたしませんか? お気になるようでしたら、もちろんお部屋もご用意させていただきますが」

「それは有難い。では、是非そうさせていただこうか」


我陵が蓬藍と白蓮の間に腰を下ろすと、輝晶が卓越しに我陵の方へと身を乗り出した。


「我陵、その腰帯、今日は帯剣してるのか?」


輝晶の視線の先を見ると、我陵が普通の布帯の上に重ねて巻いた革製の帯が目に入る。幾つかの金具が付いた太いベルト状の帯で、幾何学文様が浮彫りされた表面は艶々と飴色に輝き所々に傷もある。形は我陵の体の一部であるかの様に馴染んでいた。


「ああ、この後に白と澪と出掛けるのでな」

「え、白蓮様と私と?」


思わず聞き返すと、我陵が片眉を上げる。


「おや、君が白に強請ったのだろう? 市井の祭りを見に行きたいと」

「あ……」


私はぽかんと開けた口元を指先で隠した。

確かに白蓮とそんな話をした。すごく前の事に思えるが昨日の朝だ。

一昨日の色々な一件で私宛に殺到した手紙を前に、白蓮が褒美に何か欲しいものはないかと尋ねたのだ。それで私は街に行ってみたいと答えた。


その時、白蓮は前向きに検討するが準備が必要とか、そんな感じの事を言っていたはずだ。私はそれを『まあいつか時間があればな』ぐらいの遠回しな断りだと解釈していた。白蓮が自分の休みも取れない程多忙な事は、私が誰よりもよく知っている。

だから、まさかこんなにすぐに、しかも真剣に検討してくれていたとは夢にも思っていなかったのである。


「忘れてはおらぬ」


白蓮が少々ムッとして眉間に皺を寄せる。


「でも……そしたら、なぜ我陵様も?」

「ふふ、君達が二人でふらふら市井を歩くのはあまりに危険で迂闊(うかつ)だろう? 誰か護衛出来る者が必要だ」

「え……護衛?」


私はおうむ返し呟いて我陵の方を見る。

目が合うと、今度は我陵がはっきりと微笑み返してくれた。

今日の我陵は相変わらず只者では無いのだが、しかし前回感じたような得体の知れない恐ろしさはもう無い。代わりに今感じるのは、大地に抱かれているかのような大人の包容力である。


でも、私の中は疑問で一杯だ。

一番の疑問は間違いなく『何故、財歳院長の我陵が護衛なのか?』ということだろう。客観的に考えて絶対に矛盾が生じているポイントのはずだ。しかし、おかしな事に私以外は皆当然の顔で受け入れていて少しも疑問を感じている気配がない。


『何故?』という言葉が私の脳裏をぐるぐると猛スピードで駆け巡る。しかし、微笑む我陵と何の疑問も抱いていない様子の大多数の人々の雰囲気に呑まれて、口に出すタイミングが見つけられなかった。


「何だ、行きたくないか?」


不機嫌そうな声を出した白蓮に、私は慌てて首をぶるぶると振る。


「いいえ、いいえ! とっても行きたいです!! 絶対行きたい!!! でも……その、本当によろしいのですか? 昨日の今日ですけれど……」

「二言はない、準備もすでに済んでいる」

「わーい! やったー!!」

「屋台が並んでいるだけだぞ、そんなに楽しいか?」


卓に頬杖をついた輝晶が呆れた顔で私を見る。


「澪はまだ街に出た事がない」

「はあ? それはどういう……」

「文字通りだ。この国に来てから、まだ一度も街に行ったことがない」

「嘘だろう? どのくらいだ?」

「恐らく、最低でも半年以上はこの国にいるはずだが」

「マジか!?」


輝晶がもの凄く可哀想な物を見る目で私を見た。


「なので喜んでいる」

「はい、とても喜んでます! うふふ、白蓮様ありがとうございます!! とっても嬉しいです!! えへへ、早く準備しなくちゃ」

「だが澪、其方は出かける前にする事がある」


浮かれていると、腕を組んだ白蓮にジロリと睨まれた。


「はぇ? ええっと、私、何か今日の仕事を忘れて……」

「出発は夕刻だ。其方はそれまで先ほどの部屋に戻って休め」

「えっ!? でも、今日はもう十分寝ましたし……」

「駄目だ、医師としての命令だ」

「うぅ……せっかくのお休みなのに……」


この国の休日は前の世界ほど日も多く無いし、制度もそこまで整備されていない。要は主の匙加減一つでどうにでもなってしまう。

故に、一時間でも二時間でも自由になる時間はとても貴重だった。

私の中には、もし次に休みがあったらやろうと思っていたことが溢れかえっているのに……。


「ならぬ」

「……はい」


だが、背に腹は代えられない。

街歩きは楽しみだ。絶対に行きたい。私はグッと涙を堪えて白蓮の命令を受け入れる。


「今のままで出掛ければ、必ず後で具合が悪くなる」

「……はい」

「いいか、絶対に鍵を閉め忘れるなよ? 扉も窓も二度は確認しろ」

「……はい」


私が渋々頷くと、輝晶が頬杖から顔を上げた。


「俺も行く」

「え?」

「だから、俺も行く。護衛は二人いた方が都合がいいだろう」


輝晶が何故かドヤ顔でこちらを見る。


「ならば私も行きたいです」


それまで静かに話を聞いていた蓬藍が手を挙げた。

その場にいた全員、蓬藍以外の面々と周囲に控える護衛や家人の全員が『しまった! これは非常に面倒臭いことになったぞ!!』というあからさまな顔をして視線を逸らす。


すぐさま、全員の意思を代表するように輝晶が一言「駄目だ」と威厳たっぷりに言い切った。

しかしだ、当の本人もお忍びで街歩きを楽しもうと画策しているのだから説得力など一切無い。そして、そんな矛盾を辣腕と名高い行政院長が見逃すはずがなかった。

その結果、長閑な初夏の中庭で蓬藍と輝晶の二人は「行きたい」「駄目だ」の間で侃侃諤諤の議論を戦わせ始める。


一方で、我陵と白蓮は「まあ、周りが許すなら一緒に来てもいいんじゃない?」というゆるい感じで、新しく淹れられたお茶を片手に早速自分たちの世間話に興じている。


私はというと、ぼんやりとそれらの喧騒を聞き流しながら、街歩きについて思いを馳せていた。

そもそも、私の考えていた町歩きはこんな感じだ。


『わあ、白蓮様あの串焼きが食べたいです!』

『全く、其方は一体何本食べたら気が済むのだ? さっきも似たようなのを食べただろう』

『あれは豚じゃないですか、でもこれは鶏ですよ。あ、見てください! あれ何でしょうか?』

『あれは飴だ。まさか、あれも食べるのか?』

『もちろんです! でも、その前にこの屋台も見たいです。わあ、すごく可愛いものが一杯ありますよ』

『そんなもの買ってどうする? 何の役にも立たぬであろう。もしも欲しいのならまた錦屋に注文して──』

『駄目です! それじゃお祭りじゃないじゃないですか! ここで訳のわからない物を買うのが楽しいのに』

『何だそれは、全く訳が分からぬ』

『もう!』


という、実に他愛のないものだ。それで帰りがけに花火か何か見れたりしたら非常にお祭りぽくて最高に満足だ。

白蓮と出掛けたら、いかにもこんな感じになりそうだし、そういう目的のないぶらぶら歩きを楽しみたいと思っていた。


しかし、もしも街歩きがこのメンバーになったとしたら私の想定とは程遠い様相を呈する事になる。遠いというよりももはや全くの別物だ。そこにさらに蓬藍が加われば必然的にお付きや護衛が十人は増えるだろう。

そうしたらそれはもはや街歩きではない。

単なる視察とか行幸とかそういうものだ。


ぼんやりとそんなことを考えていると、パンっと輝晶が手を打った。


「もう、この話は終いだ。いいな蓬藍」

「分かりましたよ叔父上。納得はできませんが、仕方ありませんね」


蓬藍は実に渋々と言った様子だが輝晶に頷き返す。

途端に、周囲があからさまにホッとした空気に包まれる。


「お土産お待ちしていますね、叔父上」

「ああ、いいものを買って来てやる」


あれ、この流れ……。

ということは輝晶は一緒に行く前提!?


「白、後でこの屋敷で待ち合わせでいいか?」

「ああ、構わぬ」

「よし、じゃあ俺は準備があるから一度自分の屋敷に戻る」


浮き浮きとした足取りで輝晶が中庭を後にする。

その背中を眺めながら茶器を傾けた我陵が含み笑いを零した。


「まったく、あの子は相変わらずだな」


腹の底に響くようなバリトンの美声に驚いたのか、二、三羽の小鳥がばさりと木立を飛び立った。

次はいよいよ、街歩きに繰り出します!

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