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夏煌祭の三日間〈第三夜〉本日は休日なり(2)

平和な休日の朝。

お出かけ前の一悶着の続きです。

しばし、無言で白蓮と向き合う。


今のって……聞き間違い? ですよね〜。


「……白蓮様?」

「早く脱げ」

「え?」


それでも私が動かないでいると、白蓮が無言で私の襟元に手を伸ばし、実に器用な手付きでさっさと小さな釦を外し始めた。


「ちょ……え、ええ!? は、白蓮様な、何を!」


私は慌てて釦を外す白蓮の指に手をかける。


「大人しくしていろ、すぐに済む」

「すぐに済むって……な、何がです? 意味が分から……」


私が寝台の上で膝立ちになり、構わず釦を外そうとする白蓮の手を必死に抑えていると、背後で輝晶(きしょう)が吹き出した。その輝晶を白蓮が凍える目で睨みつける。


「ふっ、あははは!」

「ちっ」


白蓮は盛大な舌打ちをすると、襟元を掴んだまま身を屈め私と視線を合わせた。


「この男に、何かされたか?」

「え……輝晶様に? いえ、何も……」


私は二人の間でうろうろと視線を彷徨(さまよ)わせる。


「本当か?」

「た、多分……」

「多分? 今起きたのか?」

「は、白蓮様、その……怒って……」

「怒ってはおらぬ、案じているだけだ。今起きて、何かされたかされぬか仔細が分からぬのだな?」


私は下を向く。何だか物凄く恥ずかしい。

白蓮の問いの意味を考えてみるが、他の意味合いに解釈するのは難しそうだ。

私は訳が分からぬまま、耳先に熱が集まるのに必死で気付かない振りをして小さく頷いた。


「ならば、やはり検分(けんぶん)せねばならぬ」

「けんぶん?」

「ああ、お前達は下がっていろ」


輝晶が手を上げて軽く振る。

振り返ると、白蓮が開け放った扉の側に二人の男性が控えていた。二人はちらりと顔を見合わせたものの中々動こうとはしない。その内、並んだ二人の内の一人が意を決したように進み出る。


「輝晶様、お言葉ではございますが──」

「聞こえなかったのか、下がれ。医薬院長(いやくいんちょう)手ずから検分するんだ、間違いは無い」


輝晶が少々低い声を出すと、二人は渋々ながらも部屋を出て扉を閉めた。私はそれを茫然と眺める。


「輝晶、実に面倒なことをしてくれたな」


白蓮の声は地を這うように低い。


「ははっ、許せよ。そりゃ、朝にお前の部屋を訪ねて澪が寝てたら、気にするなと言う方が無理だろう。お前たち、何時も一緒に寝てるのか?」

「人の寝室に侵入する、貴様のような不届者がいるからな。分けると警護が手薄になる。だが油断した。まさか部屋を空けた数分の隙を突かれるとは。しかも警備には『御方(おんかた)が出て来られるまでは何人たりともお通しでき無い決まりです』と自室への入室を阻まれた。全くもって不愉快だ」

「怒るなよ、偶然だろ。彼らも仕事をしただけだ」

「お陰で蓬藍(ほうらん)殿を叩き起こす羽目になったぞ」

「それはそれは、今度返す借りにまた利子が付くな」

「これはお前の借りだ!」

「あははっ」


再び輝晶が笑うと、ぎろりと白蓮が輝晶を睨み返して盛大な溜息を吐いた。


「澪、そう言うことだ。早く脱ぎなさい」

「あの、白蓮様、私全然状況が……」

「コレ、が王族だからややこしい」


白蓮が物凄く嫌そうな顔で輝晶を指差すと、輝晶はにこりとイイ笑顔を作って声援に応えるようにひらひらと手を振り返す。


「ええっと、つまり……」


あ、白蓮様、今さらりと言いましたね?

というか、私が知らなかっただけで公然の秘密というやつなのだろうか。


「澪、この状況はな、其方がこの男と情交を結んだと思われても反論できぬ状況だ」

「え……」


言われて、私は改めて周囲を見回す。

寝乱れた寝台に、しどけない夜衣の男女が二人──。


「え……ええ!?」


気が遠くなりそうだ。

しかし、白蓮も戻り自分の置かれた状況が把握出来た事で、私の気持ちは寝覚めよりはかなり落ち着いた。この体の様子だと、輝晶は隣にいただけで何もされていないだろうと分かる。


「そういう場合はな、本当に情交があったのかどうかを、その場で検分して調べねばならぬ。王族は血統管理のために、そう言う決まりになっているのだ」

「白蓮様、でも多分、何もなかったかと……」


白蓮は再び溜息を吐くと寝台の縁に腰を掛け、私と視線を合わせる。


「多分では証にならぬ。故に私が検分する。医薬院長である私にはその資格がある。私もこの男がそこまで不埒(ふらち)だとは思わぬが、念のため何も無かったということを確認せねばならぬ」


私は白蓮と向き合ったまま瞬きした。

無表情だった白蓮が、ぎゅうと眉を寄せる。


「……其方、私が医師である事を忘れていたな?」

「い、いいえ、いいえ! そんな事は決して!! は、白蓮様は天虹国一の名医です!!」


今度はじろり、と私が睨まれた。


「も、もしも、ですが。その……万が一無事ではなかった場合は?」

「その場合は、月のものが二度巡るのを確認するまでは、輝晶の屋敷から出られぬ」

「まさか……」

「本当だ、だから面倒だと言ったのだ。もし(はら)むようなことがあれば、少なくとも数年は出られぬ」


私は唖然として白蓮を見返した。


「今も言ったように、無事を確認できれば問題無い。分かったか? そしたら夜衣を脱いで肌着になりなさい、それで確認出来る」

「でも……」

「何だ、肌着では不満か? 今ここで素っ裸にひん剥かれたいのか!」

「ひいぃっ! わ、分かりました……脱ぎます、自分で脱ぎますから!」


私は素っ裸と肌着姿を天秤に掛け、一瞬で屈服した。

輝晶の方を気にしつつも仕方なく夜衣を脱ぐ。

しかし、肌着といっても形は半袖短パンの作務衣に似ている。先日、白蓮が錦屋でついでに仕立ててくれたアレである。

現代日本で暮らしていた私の感覚からすれば、夏なら十分に外を出歩ける格好なのだが、それでも意識的にはやっぱり肌着なので、気分はかなり複雑だ。だが背に腹は変えられ無い。


脱ぎ終わると床に降り、寝台の縁に腰掛けた白蓮の前に立って、指示されるままに腕を差し出したし反対側を向いたりし、襟を緩めたりて検分とやらを受ける。自分では無事であると分かっていても、背中を嫌な汗が流れるのを止められない。


一度だけ、私の(うなじ)辺りを確認していた時、白蓮が舌打ちしたのでヒヤッとしたが、それ以外は特に滞りなく進み、私の検分とやらは終了した。当然、判定は『無事』である。


私が脱力している間に、検分を終えた白蓮が扉を開け、先程の二人と何かを話し始める。

私がほっとしていると、不意に強い視線を感じた。振り返るとすぐ真横に立って、繁々と私を見下ろす輝晶の妖しい光を帯びた瞳と目が合う。


「うわっ!」


驚いて後退り、慌てて脱いだ夜衣を手に取る。


「へえ、面白いものを着ているな。それが肌着なのか?」

「え……」


言われて私は自分の姿を見下ろす。


「機能的で、実に美しいな」

「あ……」


輝晶は腕を組み、周りをぐるぐると回って四方八方から私を観察し始めた。

前述の通り、肌着と言っても私が着ているのは半袖半パンの作務衣に似た衣装である。前の世界の感覚で言えばそこまで露出は多く無い。しかし、色々と展開が急すぎて大事な事をすっかりと失念していた。

この肌着は露出は決して多く無い。だが、デザインが恐ろしくド派手なのだ。


今着ているのは、鮮やかな桃色の背景に牡丹に似た大輪の花々が咲き乱れ、その合間を艶やかな蝶達が舞乱れるうという、実に華やかな一品である。私の肌着が全てこんなド派手なデザインになったのは、もちろん他でも無い、白蓮が発揮した謎のこだわりの所為である。


「あぁ、最近は祭礼の準備ばかりで本当につまらない。軍の方も忙しいし嫌になる。全く、むさ苦しい男ばかり見せられて飽き飽きよ」


私の周りをぐるぐると回る輝晶は、髪を掻き上げ溜息を吐く。

口調は未だ輝晶だが、何処となく目が違わないだろうか?

もちろん、できるだけそのままの輝晶を受け入れたいと思っている。趣味趣向もストレス発散方法も人それぞれだ。それでうまく回っているなら問題無い。


しかし、未だ私の中では『あの輝晶』と『この輝晶』は少しも結び付いていないのだ。ここで急にキャラ変というのは、さすがに心の準備が追いつかない。今まさに目の前で起ころうとしている嫌な予感に、私の中で処理しきれない何かが嵐のように渦を巻いて吹き荒れる。


ああ、そんなにぐるぐる周りを回らないでよ。

私まで目が回りそう。


そう思った途端に、ぐらりと壁が歪んだ。

頭の先からすーっと冷たくなり、視界が一瞬白くなる。

床に倒れる、と身構えたが何時までたっても衝撃が来ないので、揺れる視界に翻弄されつつも何とか薄く目を開くと、輝晶に支えられてすでに床にしゃがみ込んでいた。


「大丈夫かっ!」


飛ぶように戻って来た白蓮に、両肩を掴まれ顔を覗き込まれる。

同時に、ぐうぅ、と私のお腹が鳴った。


「お腹……空きました……」


そう言えば、昨日の昼からちゃんとしたご飯を食べていない。私は精魂尽き果てて、ぱたりと床に倒れ込んだ。

一悶着はもう少し続きます。

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