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夏煌祭の三日間〈第二夜〉お仕事は体調不良でもこなします(3)

本宵闇の宴の続きです。

蓬藍(ほうらん)の屋敷に到着し、白蓮(はくれん)から遅すぎる注意事項を聞かされ、玄関で謎の食前酒を飲まされた後、さらに長く入り組んだ廊下を散々歩かされた末に、私達はようやく宴が行われる大広間に辿り着いた。


屋敷に到着した時から思っていたことだが、宴が催されるという割には蓬藍の屋敷は全体的に酷く薄暗くそして閑散としていた。

いや、正確に言えば、人の気配はするのだが、一定の間隔で黙して立つ衛兵か、出迎えてくれた二、三人以外の家人は、決して私達の前に姿を現そうとしないのだ。


そしてまた、姿を現している限られた家人達の風体(ふうてい)が異様だった。

最初は薄暗い上に、さらに上から薄布を被せられている所為で、周囲の様子も人影もぼんやりとしか判別できないのだと思っていたが、目が慣れるに(したが)ってそうではないと気付く。

おかしいのは私の視野の方ではなく、彼らの衣装の方だったのだ。


衛兵も案内人も、皆闇に溶け込む様な灰色の揃いの衣装を着込み、そして頭の前に正方形のハンカチの様な布面を垂らして顔を隠している。

そのお陰で、彼らの姿も顔も余計に背後の薄闇と同化し、有るか無きかの如、茫と霞んで見えていた。

そして彼らは彼らで、まるで見てはいけないものを見るかの様に、決して私達と視線を合わせない。


な、何だこれ……。


招待されておきながらのこの仕打ち。

しかし、そうされるからには何某かの理由があるはずで、私は混乱しつつも白蓮に言われた注意事項を必死で守り、無言で案内する家人と白蓮の背中を追いかけた。

そして、最終的に案内された大広間。

その扉の向こう側がまた凄かった。


入室と同時に、すっぽりと掛けられていた薄布の覆いが外されると、飛び込んで来たのは目がちかちかする様な色彩と文様の洪水。

室内は煌々と灯りが灯され、床には精緻な文様が織り込まれた絨毯が、壁や窓には華やかな図柄の施された薄い帳や几帳が、と言う様に部屋の全ての面が色彩と文様に溢れ、過剰なほどに飾り立てられてる。


幾重にも重なった羽衣のような帳の、どこかの向こう側に楽師達が控えているのだろう。極彩色の空間には雅やかな楽の音が絶えず響き渡り、甘く芳しい香がこれでもかと贅沢に()かれている。

一歩、足を踏み入れた途端に、色彩と音楽と薫香の奔流が渦を巻き、感覚という感覚に一気に大量の情報が流れ込んできて、くらくらと目の回るような心地になる。

まるで竜宮城か月宮殿にでも迷い込んでしまったかのような異空間。


うわぁ、これって、まるで祭礼局(さいれいきょく)の奥にある輝晶(きしょう)の部屋みたい……。


そう思って、何気なく視線を巡らせると、いた。

広い室内の入口側に、緩く弧を描くように一列に並んだ黒塗りの高脚膳が七つ。その内の一つ、中央から一つ隣の席に、黄金の髪を高く結い上げた輝晶が華やかな武神のような姿で鎮座していた。


用意された七つの席は、輝晶を含めて三席が埋まっている。

輝晶と対をなす席に、こちらも壮麗な衣装を(まと)った蓬藍が腰掛けていた。そして二人の間、こちら側を主席とするならば最も上座には私の見知らぬ男が静かに座っている。


男の歳は蓬藍の数歳上だろうか。

蓬藍と明らかに血の繋がりを彷彿(ほうふつ)とさせる色彩と容貌に、しかし文官らしい蓬藍とは異なる、輝晶に近い武の気配を纏っている。

三人は至極親しい様子で和かに言葉を交わしていた。


私はごくり、と唾を飲み込む。

そっと横目で白蓮を伺うと、彼は無に近い表情で飄々(ひょうひょう)(たたず)んでいた。

着飾った『ほぼ神』の姿でそんな風に立っていると、世界の真理について思索を巡らす非常に高尚な時を過ごしているとしか思えないのだが、私には分かる。

あれは色々諦めて心を無にしている時の顔だ。

別名を開き直りとも言う。


私は胸の中で一人静かに溜息を吐いた。

そして、あの中央に座って蓬藍や輝晶と親しげに話す、蓬藍によく似た少し年上の男について、それ以上の思考を放棄する。

私の様な瑣末な存在が幾ら思考を巡らせたところで、あるいは巡らせた結果正解に辿り着いたところで、何が変わるわけでも無い。

今の私にできるのは、白蓮に言われた注意事項を忠実に守り、せめて何事もなく無事にこの宴を乗り切って、白蓮に追加の迷惑をかけないことぐらいだ。


しかし、と私は慎重に視線を逸らしながら、先ほど見回した室内の様子を頭の中で再現して内心で首を捻る。

白蓮は『上座』と言ったが、果たしてそれがどの席を指しているのか、この部屋の配置だと非常に判断が難しい。

輝晶や蓬藍らが居並ぶ向かい側の壁際、間に広い空間を挟んだ扉から最も遠いその場所には、極彩色の薄布が幾重にも重ねられた天蓋が吊られ、中にはぼんやりとだが立派な造りの椅子があるのが見える。


もしも、この部屋全体で捉えるとすれば、一番の上座はあの天蓋の掛けられた席ということになるだろう。しかしその場合は、私の知りうる限り最も尊い方々が下座になると言うわけで……果たしてそんなことがあるだろうか。

どう考えても、あの三人組の中心にいる見知らぬ人物は、蓬藍の──。


そこまで考えたところで、今当に考えていた人物に軽く手招きされた。

私は白蓮の後に続き、彼らの前で跪いて深い礼をとる。

私など、もし今の姿の白蓮に跪かれでもしたら、それだけで震え上がってしまいそうだが、中央に座る人物はさも当たり前のこととしてそれを受け入れている。

そして左右の二人はそんな私達の様子を実に興味深そうに観察していた。


「久しいな、白蓮」

「久のお暇を──」

「ふん、堅苦しいのはよせ。どのみち今宵は無礼講だ」

「では、お言葉に甘えて」


男が面倒臭そうに片手を振ると、白蓮はすぐに礼を止める。


「それよりも、後ろに連れているのがお前の新しい侍従か?」


白蓮の斜め後方に控える私の方を、覗き込む様にして男が問いかける。


「……ええ」

(おもて)を上げよ」


男が軽く指先を振った。

私は俯いたまま、そっと白蓮の様子を伺う。

ほぼ無表情だが、もの凄く嫌そうな顔をした白蓮が小さく頷いたのを確認して、私は恐る恐る顔を上げた。


目の前の男は、大体遠目から予想した通りの姿をしている。

ただし、予想してたよりも眼光が鋭く、そして左右の二人とはまた一味違った威圧感に溢れていた。あの白蓮でさえも跪く姿が自然と感じられると言うか、(かしず)かれるのに慣れているというか……。


「まだ子供じゃないか……」


二、三度目を瞬いて男が呟く。


「侍従ですから」

「重用していると聞いたが?」

「侍従ですから」

「環札を付けたとか?」

「侍従ですから」

「こう言うのが趣味だったのか?」

「……」


私の耳に、白蓮の舌打ちの空耳が聞こえた気がした。


「澪は面白い子だ。中々、優秀だぞ」


輝晶が面白そうな表情を隠そうともせずにフォローしてくれる。


「叔父上は既にご存知で? ならば私だけが蚊帳の外か。これでは女官の方がずっと情報が早い」

「ですので、今宵この宴席でご紹介をと」

「成る程。噂の通り、髪も瞳も本当に宵闇色だ」

「海星によれば彼女は東方の出身とか」


蓬藍も隣から口を挟む。


あの方、さっき輝晶の事を『叔父上』と呼んだような……。


思わず蓬藍と目が合うと、にこりと微笑まれてしまった。


うぅっ……この人、白蓮とは別の意味で殺傷力が高い……。

頭脳明晰な人によくある『色々まるっとお見通しですよ』感が凄いのだ。

そして宵闇。出た、私の変な通り名……。


「ふうん、面白いな。実に面白い」

「ご満足いただけたようで何よりです」


蓬藍が扇子で口元を隠して微笑む。


「ああ、実に満足した。白蓮の百面相などそう見れるものではないからな」

「ちっ」


今度は空耳ではなかった。


「ははっ、銀と黒で彩も丁度良い」

「きっと、主上もお喜びに」

「ああ、間違い無く。あの方は特に美しいものがお好きだから」


男は豪快に笑うと、もう下がって良いと再び軽く手を振る。

そうこうしている間に、残りの二人もやって来て七席全てが埋まった。

全員が席に着くのを見計らい、中央の男が居住まいを正して声を掛ける。


「では、宴を始めよう」


その声を合図に、全員が自席から一歩退いて正面に向かい深い礼をした。

それは、まるで丁度正面に設えられた天蓋の中に、この上もなく尊い方が在わすかのような振る舞い。

しかし私には、どれほど目を凝らしてもその席は未だ空席であるようにしか見えないのだが……。


礼の直後、部屋中が華やかな楽の音に包まれて、そうして今夜最後の催し、蓬藍主催の『本宵闇の宴』が始まったのである。

本宵闇の宴、本当はどんな目的の催しなのでしょうか?

この少々ややこしいお話はあと少し続きます(笑)

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