閑話:白蓮の撹乱(3)
ついに湯殿に突入です。
「白蓮様」
私は木戸越しに呼びかけた。
「……ああ」
すぐに白蓮の返事が返ってくる。
彼の声は湯殿に反響しくぐもっていた。
私が今いるのは脱衣所。
木戸を隔てた向こう側には湯殿があり、白蓮はそこで湯に浸かっている、はずだ。
「その、準備に少々問題が……」
色々な道具が詰め込まれた手桶を抱え、私は木戸に向かって話しかける。
手桶に詰め込まれているのは、白蓮に髪を洗いたいとせがまれて、急いで集めて来た道具である。
「何だ」
「あの……急な出発だったので、いつもの石鹸を忘れてしまいまして。でも宿の女将さんに相談したら、凄くおすすめっていう別の石鹸を貸してくれました。……だけど、やっぱりいつもの石鹸とは香りとか色々違ってて……。その、いいですか? 髪を洗うのこの石鹸でも……」
「……嫌だ。が仕方ない」
「うぅ、今日は色々本音がダダ漏れですよね」
「そうだ澪、衣装を濡らさぬようにしなさい。温泉の水質は布地に良くない」
「あ、はい、それは私も。……色々面倒なので先に上着を脱いで行きますけれど、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。それよりも早くしなさい、逆上せる」
「はいはい! 只今」
私は手桶を脇に置くと、バサリと上着を脱ぎ捨てて肌着一枚の姿になった。
自分でも男前に感じるほどの脱ぎっぷりだ。
というのも、白蓮の長い髪を彼のこだわりに合わせて一から洗うのはかなりの重労働。洗う私も髪から肌着から、全身お湯と泡と汗でびしょびしょになってしまう。
故に、最近の彼の髪を洗う私は専らこの格好だ。
これが後始末も含めて一番効率的で動きやすい。
そもそも肌着と言っても、形は半袖短パンの作務衣に近い。現代日本で暮らしていた私の感覚からすれば、夏なら十分に外を出歩ける格好なのだ。
ちなみに、これらの肌着は例の錦屋で白蓮に一緒に誂えてもらったあれこれである。
注文の途中から白蓮の謎のこだわり満載となり、最終的には袖を通すのが申し訳ないような超高級肌着として仕上がったが、お陰で着心地は最高。
ド派手な柄にさえ目を瞑れば、もうこれ以外の肌着は着られないというほど私のお気に入りだ。
ド派手な柄は……見えないものは気にしない。それが世渡り上手と言うものだろう。
私は自分の姿を見下ろす。
一応、私もこの国で暮らして半年以上。肌着一枚という格好で人前に出るのは、非常識なのだと言う程度の常識は会得している。
しかし白蓮との生活では、風呂場で髪を洗ったり、頼まれて色々な仕事を手伝ったり、時々一緒の寝台で眠ってしまったりと、上品ではいられない場面も多い。
結果、私の色々なハードルは下がりまくりだ。それに白蓮自身も「それが効率的なら、多少のことは構わない」と合理性を優先する傾向があるので、特に二人きりの時は余計に私のハードルは下がっている。
白蓮も気にしないって言ってるし。これで髪を洗うのはいつものことだし……まあ、いっか!
私は櫛や石鹸、香油など、色々な道具を詰め込んだ桶を抱えて、からりと木戸を開けた。
木戸を開けた私の目に飛び込んで来たのは、視界一面に広がる夕闇の星空。低い位置に冴え冴えとした白い月が顔を出し、闇に染まり始めた木々を照らしている。その合間に星空を映す鏡のような丸い湖が静かに佇む。上も下も星空に染まり、まるで夜空を浮遊しているようだ。
「わああ、露天風呂! 露天風呂ですよ白蓮様!! すごい、すごいですね。この国にも露天風呂ってあったんですね!! ……て、え? ええっ!? うわっ、あわわわわわ!! ご、ご、ごめんなさい!!!」
私は今開けたばかりの木戸を慌てて閉めて脱衣所に戻る。
自分がぐらぐらと揺れるくらい脈が早い。
「って、……あれ? ……なんだ、これ。ええっと、ああ、私場所を間違えた? いや、じゃなくて間違えたのは時間? 待て待て待て! でもさっき白蓮様の声したし、え、どういう……」
一人、木戸の前で悶絶する。
開けた扉の向こうには絶景を望む露天風呂、その石造りの広い湯に四人の人影が浸かっていた。
白蓮を探していた私は、てっきり入る湯殿を間違えたのだと思い慌てて戻って来た。のだが、何かがおかしい。
だって万が一にもそういうことがあろうかと、私は入る前にちゃんと白蓮がいるか確かめたのだから。
私が木戸に凭れかかって悩んでいると、向こう側でくすくすとした笑い声が上がる。それに合わせるように、ひゅうっと誰かが口笛を吹く。
どう考えても白蓮の声だし九虎の口笛だろう。
だとしたら、答えは一つしかない。
「白蓮様……わざとですね! もう、わざと一人じゃないと教えませんでしたね!? 酷いです、心臓が止まるかと思いました。白蓮様が誰かと一緒にお風呂に入っているとか、絶対考えるわけないじゃないですか!!」
「あははっ」
「もう、笑い事じゃありませんよ! 普段は釦一つ外れているのも嫌がるくせに、裸の付き合いは大丈夫とかって、一体何なんですか!?」
私は一人木戸にぷんすか怒りをぶつける。
白蓮の笑い声をきっかけに、俄かに向こう側が騒がしくなった。
私が入るまで、他の面々はわざと静かにしていたのだろう。というか白蓮以外は武人と、騎士と、彼らを瞬殺できる財歳院長だ。そんな人々に気配を消されて私が気づけるはずがない。
「澪、何をしている。早く来なさい、髪を洗いたい」
「え……そこで? あの、まさかですけど、そのまま洗うつもりでは……」
「湯殿の他に、一体どこで洗うと?」
「ええっと、あの……でも他にも人が……」
「気にするな。今更何かに驚くような連中ではない」
私は言葉に詰まる。
ここであまりにも頑なになるのは逆に恥ずかしい。
それにこの状態の白蓮は、一度言い出したら絶対に後には引かないということを、私は行きの道中で思い知らされている。
「うぅ、分かりましたよ、分かりました!」
私は深呼吸して気を落ち着けると、再びからりと木戸を開けた。
色々書くのが面白くて一回では終わりませんでした笑。
湯殿編はもう少々続きます。
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