閑話:白蓮の撹乱(2)
引き続き、グレた白蓮の閑話をお届けいたします。
我陵と白蓮の関係は、夏煌祭の三日目にもう少々明らかになります。
それでは、壊れた白蓮と自由気ままな仲間たちの
一泊二日の温泉旅行をお楽しみくださいませ。
道中の護衛を九虎と海星の二人が引き受けてくれたことで、ようやく「一泊二日で温泉旅行がしたい」と言う白蓮の我儘に対応できる算段がついた。
私が二人を連れて屋敷に帰ると、さすがの白蓮もこの人選には文句のつけようが無かったらしい。二つ返事で同行を了承した。
私は謎の達成感に内心でガッツポーズを掲げる。
そしていざ温泉に出発!
その流れでの出発は、さすがに色々な準備工程を端折り過ぎでは? と思うのだが、意外にもこの世界の旅行はとても身軽なのだ。
そもそも、この世界には便利なトラベルグッズなど存在しない。故に数日程度の旅行であれば、皆、最初から細かな準備をするつもりがなかった。
逆に宿側もその辺りをよく心得ていて、滞在に必要なものは全て宿側で用意されるという仕組みになっている。
九虎と海星に対して、仕事を依頼した一刻後に出立したいなど、余りに急な予定過ぎて、二人の準備が間に合わないのではと私は心配していたのだが、それは全くの杞憂だった。
上記の様に元々この国での旅行が軽装な上、戦場で不自由な生活に慣れた二人にとっては、一泊二日で宿に泊まる旅路など外泊の内には入らないらしい。
一度準備のために寮には帰ったものの、二人は着替えて腰に剣を下げた以外は、ほとんど手ぶらと言っていい姿で馬を引いて戻ってきた。
道中は順調の一言だった。
私と白蓮は馬車に乗り、馬車の前後を騎乗した九虎と海星が並走する。
天気は晴天、日差しは強いが風は爽やか、特に休暇の時期などでも無いため道も空いている。快適な程よい旅感を満喫した私達は、予定よりも四半時ほど早く宿に到着した。
「わあ、綺麗!」
馬車の窓から覗いた景色に思わず声が漏れる。
先日、少々王都を散策する機会を得たとは言え、私がこれほど王城から離れた場所に赴くのは、この世界に来てから初めてのことだ。
他の同行者には見慣れた光景でも、私にとっては何もかもが物珍しくて新鮮だ。
しかもグレているはずの白蓮が、地理や歴史、建築、植物など、その博学振りを遺憾無く発揮して、マメな解説を加えてくれるので非常に興味深くて楽しい。元々二刻程の短い道中ではあったが、少しも飽きることなくあっという間に目的地に到着してしまった。
目的の宿は美しい湖の畔にある。
小さなカルデラ湖と言えばいいのだろうか。
初夏の日差しを浴びた鮮やかな緑色の林がこんもりと広がる中に、透明度の高い青い湖がぽっかりと顔を出していた。
賑やかな王都から馬車や馬で二刻程しか離れていないはずなのに、この周辺だけまるで深い山奥に分入ったように静かで空気が澄んでいる。
ここが人気の温泉地と言うのも納得の景観だ。
そして、その青い湖を取り囲む緑の輪が一箇所途切れたところに、湖畔にへばり付くようにして目的の宿は建っていた。
建物の一部が湖の上に迫り出した非常に趣のある造りで、色あせた外壁には年季の入った建物特有の骨董品のような品格が漂っている。
一目で他の宿とは格が違うと分る佇まいだ。
そして今、私達が本館に向かうために登っているのが、前述の階段である。
長い石段を登りながら、九虎が海星に先ほどから同じ文句を繰り返している。
「海星、お前はどうしてそんなに澪ちゃんと仲良しなんだよ。知ってたら絶対誘わなかったのに!」
「しつこいぞ、九虎。事情があると説明したはずだ」
「事情、事情って。訳知り顔をしやがって」
「ふん」
「澪ちゃんも、この男に甘すぎる」
「お前は煩さすぎだ。澪が困っている」
「澪! 呼び捨て!?」
「私は海様には、とてもお世話になっているので」
「海様! 愛称!?」
「いい加減にしろ、九虎!」
「チッ、お前後で絶対泣かす。しかもどうして我陵様までいらっしゃるんだ……」
九虎が眩しそうに目を細めて最上段に目を向ける。
そこには財歳院長の我陵が、私たちの背後の景色を眺めるように悠然と佇んでいた。
「本当のお目付役は白蓮様じゃ無くて、我陵様だな」
「澪、何か知っているか?」
「はい。その、葉周様が朝一番にご連絡を。こうなった白蓮様のお目付役は、我陵様にしか無理だからと……」
二人は白蓮の屋敷で葉周からすでに事情を説明されている。
白蓮がグレているあれこれについてである。しかも当該事項については、葉周によって周到に準備された、厳格な秘密保持契約まで結ばされていた。
元々信頼できる二人だが、これでこの旅程中に白蓮がどんなとんでもない振る舞いをしたとしても他言無用となった。
しかしさすがはそれぞれエースを張る二人だ。
白蓮のいつもと異なる様子を目の当たりにしても、少しも動じる気配がなく、淡々と普段通りに仕事をこなしている。
私自身は常とは異なる白蓮に動揺しまくりだが、少なくとも今回の護衛任務に二人をアサインした点だけは胸を張れた。
「そういえば、我陵様と白蓮様は古馴染みだと聞いたことがある」
「私も詳しくは存じ上げないのですが、そのようです。白蓮様も我陵様のことはとても信頼されているご様子ですし」
「あっ、おい海星、見ろ。我陵様佩剣してるぞ!」
「何! どんな剣だ?」
二人は俄かに騒然となって身を乗り出す。
「やべえ……あの人すげえ剣持ってる」
「あれを振るのか? 信じられん」
二人につられて私も見上げる。
しかし私には二人が持っている剣と我陵様の剣の違いがまるで分からない。少し長いかも? と言う程度で同じような剣に見える。
「あの、我陵様の剣は有名なのでしょうか?」
「剣が有名かは知らないが、あの方は恐ろしく腕の立つ方だ」
「え? でも我陵様って財歳院長……ですよね?」
「そうだな」
「お二人は、我陵様が戦われているところを見たことが?」
二人は顔を見合わせると首を振った。
「いや無いな。財歳院長だし」
「ああ、俺も無い」
「え? ではどうして剣の腕が凄いと……」
「そんなの、見れば分かるだろ」
「一目瞭然だ」
「しっかし、いいもの見たな。俺、帰ったら速攻皆んなに自慢しよう」
「機会があれば手合わせ願いたいが」
「やってくれるかもだけど、俺らなんてどうせ瞬殺だろう」
「お二人が、瞬殺……?」
「鞘から抜いても貰えないかも。輝晶様で互角か?」
「ああ、恐らく」
「え……我陵様って財歳院長、ですよね?」
「そうだな」
「そうだね」
そんな問答を繰り返しているうちに頂上に辿り着いた。
ちなみに我陵様は、今日、丁度この宿と同じ方面に仕事で外出される予定があったようで、現地集合でよければ、と白蓮のお目付け役と言う葉周の頼みを快く引き受けてくれた。
頂上では、最初に到着した白蓮と待っていた我陵が、宿の女将一同から丁重な挨拶を受けているところだった。
「澪、先に部屋に行って荷物の確認をしてきてくれ」
「畏まりました」
「私はこのまま風呂にゆく。ああ、今日は髪を洗いたい」
「……分かりました、準備致します」
「頼んだぞ」
私は一礼すると、宿の女中に案内されて、色々と実用的な説明を受けながら部屋に向かう。
白蓮が言い出すかなとは思っていたが、髪を洗いたいとはまた厄介な要望を出してきた。
白蓮の髪を洗う事自体は嫌いでは無いのだが、彼の髪は長いし、本人には色々なこだわりもあるしで、本格的に手入れしようと思うとかなりの手間と時間がかかる。
だが、今夜はわざわざ手間のかかるそれをしたいと言う事だろう。
我儘の中では比較的迷惑の少ない案件かと考え直し、私は女中に続いて建物の中を移動しながら、準備の算段を付け始めた。
お風呂で髪を洗って欲しい……嫌な予感のする展開笑。
お話は続きます。
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