表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/85

夏煌祭の三日間〈第二夜〉お仕事では呑んでも呑まれません(1)

夏煌祭の夜はまだまだ続きます。

 夏煌祭(かこうさい)の本宵、八の鐘が鳴る頃、奥宮の最果てにある西倉庫の奥で私は机上に広げた帳簿の上に突っ伏した。


 「お、終わった……」


 隣の冬利(とうり)も溜息をつき、背もたれに寄りかかって伸びをしている。


 「はぁ……さすがに疲れましたね……」


 今宵の天虹国(てんこうこく)奥宮(おくのみや)は不夜城。祭礼儀式後の大宴会はこれからが本番だ。

 しかし私達の仕事は最初の山場である開始直後の混乱が一段落し、今は一瞬だが机の前の行列も途切れている。(しょう)(りゅう)の二人の女官によれば次の山場は中盤にあるらしい。そして待ちに待った加鶴(かかく)の本来の交代役もやって来た。

 

 彼女も加鶴と同様の理由で前の仕事が長引いていたそうだ。交代役がテキパキと指示を出し始めたところで私はそっと席を立つ。今度こそこのタイミングを逃すつもりはない。

 菖と柳にくるりと背を向け二、三歩走り出す。と、背後から冬利の困惑した声が上がった。恐る恐る振り向くと、椅子から立ち上がれないように二人に左右の肩を上から抑えられた冬利が見える。


 デジャヴュだ……。

 つい最近、同じような光景を見たことがある。

 私の時は両腕を抱えられていたが目的は同じ……。


 「あなたは、まだよ」

 「そうよ、まだよ」


 にんまりと三日月型に細めた瞳で二人が冬利を見下ろす。


 「え? いや、僕は澪さんと用事が……」

 「大丈夫よ、すぐ済むから」

 「そうよ、すぐ済むから」

 「いや、絶対にすぐ済まな……」


 冬利が立ち上がろうと椅子の上で身動ぎするが、肩を押さえつける二人の手はびくともしない。そうこうしているうちに一瞬途切れていた行列が再び伸び始めた。


 「冬利さん……ご、ごめんなさい!!!」


 私は目を逸らし踵を返すと一目散に走り出す。

 

 「あ、澪さん! 待って、せっかくこの後一緒に食事でもと……」

 「あの子は別の用事があるの。さあさあ、私たちともう少し頑張りましょう」

 「そうそう、頑張りましょう」

 

 背後で冬利ががっくりと肩を落としたのが分かった。

 しかし私は振り返らずにそのまま西倉庫を駆け抜けて廊下に出る。


 優しい冬利はきっと二人の勢いに押しまくられて、もう一頑張りしてしまうことだろう。

 今日彼が厄介な仕事と知りながらも自ら補佐を申し出てくれたのは、私がこの仕事を押し付けられて困るだろうと心配してくれたからに違いない。

 そんな彼の優しい心遣いを分かっていながら置き去りにすることに、私の胸は締め付けられるように痛んだ。冬利には今度改めてお詫びをしようと心の中で誓う。それでも今、私は足を止めるわけにはいかなかった。


 何故ならば私にはあの二人の女官よりも恐ろしい白蓮(はくれん)との約束があるからだ。この後、約束の九の刻までには何としてでも白蓮の執務室に戻らなければならない。

 私は西倉庫を飛び出した勢いのまま廊下を小走りに進む。広い廊下を渡り、回廊を通り抜け、幾度か角を曲がって医薬院(いやくいん)のある中庭へ。


 そろそろ中庭の様子が見えるだろう視線を上げたところで異変に気付いた。目の前に全く見覚えのない光景が広がっている。


 おかしい、もう中庭の景色が見えているはずなのに……。


 目印を求めて慌てて視線を窓の外に走らせるが、そこにあるのは医薬院が置かれた前宮と奥宮の間の中庭ではなく、回廊に囲まれた小さな庭園だった。夏至の暖かな夜風にたわわに花を咲かせた枝が揺れている。

 回廊の柱の側で足を止め改めて周囲を見回せば、そこは大広間を区切った宴会場の一角。庭園に向かって開放的にゆったりと区切られた広い半個室のような空間が続き、其処彼処(そこかしこ)に吊り下げられた夜風に揺れる薄い帳の向こうから、賑やかな音楽に乗った人々の喧騒が流れて来る。


 回廊や廊下を行き交うのは美しく着飾り大皿をささげ持った女官達。振り返っても続く同じ光景。一晩中灯の消えることのない不夜の宴。まるで御伽話かアニメの中にでも迷い込んでしまったような幻想的な景色。

 いや、と私は思い直す。

 迷い込んだ様なのではなく、実際に自分はこの何処とも知れない異世界に迷い込んでしまっているのだ。ならばここは本当に御伽話の世界の中なのかもしれない──。


 回廊の端に佇んでぼんやりとそんな哲学的な問いに頭を悩ませる私は完全に混乱している。つまり広大な奥宮の中で迷子になってテンパっているのだ。

 幻想的な宴の様子に感心しているのは事実だが、この異世界で半年以上も生活し色々大変な目にもあった今、ここが御伽話のように可愛らしい世界で無いことはすでに重々承知済みである。


 確かに医薬院の方に向かって来たはずだったのにと首を捻っていてあることに思い至った。西倉庫に引き摺られて行った時、私はずっと前後逆向きだったのだ。自分では正しい位置関係を把握していると思っていたが、恐らく何処かで方向を間違えたに違いない。


 これは、不味い……。


 早まる心臓に手を当てて改めて周囲を見回すが、自分の方向感覚への信頼は完全に崩壊している。これでは東西南北の位置関係すらも分からない。当然、奥宮の大広間など来たことも見たこともないから、何かを目印にすることもできない。

 こうなると後は誰かに教えを請うしかないのだが……、私は再び視線を巡らせて溜息を吐く。


 呆然として廊下に佇む私の横を、皿を捧げ持った女官達が至極優雅な足取りのまま猛烈な勢いで通り過ぎて行く。誰もが自分の仕事をこなすのに必死で、声をかけられるような雰囲気は一ミリも存在しない。一瞬、その一人と肩が触れ合いもの凄い形相で睨まれ、私は慌てて回廊の柱の奥に飛び退った。


 無理だ……、私には無理……。


 とても誰かに声をかけられそうな雰囲気では無いし、この状況で声をかけられるほど勇気も無い。

 私は一人回廊の端で頭を抱える。

 誰でもいいから話を聞けそうな人を一刻も早く探さなければならない。しかしそんな人が何処にいるのか皆目見当が付かない。探し回る手間を考えると、どっと一日の疲れが出た。


 まだ少し時間があるとは言っても白蓮との約束の時間は刻一刻と近付いている。第二皇子に宴の招待を受けてもし万が一遅刻するようなことがあれば、白蓮にとんでもない迷惑をかけることになるだろう。

 それに奥宮は色々とややこしいから、決して目立つような真似はしてはならないと白蓮に散々釘を刺されているのだ。万が一酔っ払いに絡まれたり何か事件に巻き込まれたりする前に、一刻も早くこの場を立ち去らなくてはならない。


 私が気を取り直して顔を上げると、突然強い力で袖が引かれた。完全に不意を突かれた私はバランスを崩して絨毯の上に倒れ込む。


 「おうおう、嬢ちゃん。酌だ酌しろ!」


 ひええっ!! 速攻、絡まれた……。


 見上げると巨岩の様にゴツイおっさんに酒壺を押し付けられる。

 おっさんは日に焼けた褐色の肌に砂色の短髪、筋肉の盛り上がった腕、少々濃ゆい顔立ち。王城ではあまり見かけない風体だ。さては異国からの使節団かと気付いた時にはすでに遅く、私は似たり寄ったりの数人の男達に取り囲まれていた。


 「へええ、結構可愛い顔してるな」

 「おい、俺にも酌だ」

 「邪魔するんじゃねえ! 俺が最初に目ぇ付けたんだよ」

 「うるせえな、ケチケチすんな!!」

 「おいおい落ち着けよ、嬢ちゃんが怖がってるじゃねえか。ほら、嬢ちゃんも飲めや」


 ぐいと、酒器を差し出される。 

 私は反射的に後退りブルブルと首を振った。


 「ぁあ? 何だ、俺の酒が飲めねえのか?」

 「いえ、そう言う訳では……その、私は違……」

 「おら、つべこべ言わずに飲みやがれ!」


 乱暴に突き出された酒器から溢れた酒が裾にかかる。

 ああ、白蓮様がせっかく仕立ててくださった衣装なのに──、と思ったところで「カチリ」と私の中で何かが鳴った。


 不味い、と思う間も無く私はにこりと極上の笑顔を作る。

 私の中の変なスイッチが入ったのだ。

 別に大したスイッチではない。宴会とか接待でのあれこれに鍛えられた何かである。十年以上もサラリーマンをしていれば、宴席でも色々な目に遭って色々と鍛えられる。そしてそれらを躱すための色々なスキルも身に付く。ただそれが発動されたと言うだけのこと──。


 私はその笑顔のまま男を見上げる。

 もしかしたらというか多分というか、後から考えるとこの時の私はとても疲れていたのだ。二日連続で気の張る仕事を任されていたし、輝晶に脅しをかけられてもいたし、体力的にも精神的にも余裕が無かった。だから八つ当たりした自覚はある。自ら喧嘩を売ってくるといううってつけの相手がいたのだから仕方ない。


 私は差し出された酒器の中身を一息に飲み干すと、男に向かってことりと首を傾げる。


 「もちろん私の盃も受けてくださいますよね?」

自ら絡み返してしまった澪。

この後、さらに色々と不味い展開になってしまい……


••••••


ブックマーク、評価、感想などありがとうございます。

とても更新の励みになります。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ