夏煌祭の三日間〈第二夜〉使節団の男 (1)
夏煌祭の二日目、使節団のある男から見た祭礼儀式後の本宵の宴です。
その日の夕刻、ロジン国から天虹国の夏煌祭に派遣された使節団の一人、イザヤは天虹国の王城にある奥宮の中をほっつき歩いていた。
名目上は知り合いを探しているということにしていたが、実際にはただ暇つぶしに散歩しているだけである。
天虹国では一刻ほど前に毎年夏至に行われる重要な祭礼儀式が無事終了し、そのままの流れで国王主催の大宴会が始まっていた。
大陸の商業を牛耳ると言われる商業大国の国王が主催する大宴会、それも国の要職者と各国使節団の代表が勢揃いするとあって、この大宴会は毎年近隣一帯の国々の重要な社交、および情報収集の場となっている。
当然、ロジン国の使節団の一人として大宴会に参加するイザヤも、一通りの挨拶や用事を国から申し付けられていた。
しかしロジン国は近隣最大の貿易港を有するお陰で天虹国とは商業的なつながりが深く関係も至極良好だ。挨拶と言っても特に神経を使うような難しいものは何もなかった。
また外国船の出入りが非常に多いロジン国は常に最新の情報が手に入る環境にある。故にこの様な社交の場で情報収集の対象にされることはあっても、その逆はほとんど無い。
結果、この手の宴席の常であるように、開始して一刻ほどで彼の用事は全て済んでしまった。そして冒頭のようにぶらついて持て余した暇を潰していたのである。
それでもイザヤ以外のロジン国の参加者は滅多にお目にかかれない太っ腹な宴席に大喜びで、酒を飲み明かす態勢になっている。
しかしイザヤには気心の知れた仲間内だけで盛り上がる宴席も、豪華な食事や湯水のように共される酒にも大した魅力は感じられなかった。
それで何か面白いことはないかと探してほっつき歩いていた訳だが、しかしほっつき歩くと言っても他国の王城ではそれほどの勝手は出来ない。毎年最後は無礼講となって、天虹国の王族がそこかしこで飲み比べしているなどと言われてはいるが、警備の点で抜かりはない。
一定の間隔で衛兵が立って見張をしているし、必要な場所以外への出入りは許可制だ。特に前宵の前後からその警備は一層厳しくなったように感じるが、彼は直感的に特段深追いする情報ではないと判じていた。
イザヤは宴会場へと料理や酒を運ぶ給仕の者達の流れに逆らわず、その間を気の向くまま足の向くままにぶらぶらと進んで行く。
奥宮を警備する衛兵たちはよく訓練されており、ぶらつくイザヤに一瞬怪訝な様子は見せるものの、特に怪しいところがないとすぐに見抜いて警戒を解く。
元々ロジン国と天虹国は長年友好関係にあって人の行き来も多い。また副隊長の衣装を着こなして堂々と歩く彼の姿は、どう見ても何か明確な目的を持って知人を探しているようにしか見えないのだ。
イザヤもイザヤでそのあたりをよく心得ている。
いかにもロジン国人らしい浅黒い肌が引き立てる鍛えられた長身の背をぴしりと伸ばし、意識してゆったりと歩を進め、精悍で整った顔立ちに余裕のある笑みを浮かべていれば、余程のことをしない限り怪しまれないと経験から知っているのだ。こういうぶらつきは彼の得意技、あるいは趣味ともいえる。
衛兵と目が合えば軽く手を上げて慣れた挨拶を交わし、すれ違った給仕の女官に熱い視線を送られれば笑みを深めて見つめ返す。そうして彼はふらりと給仕の者達に紛れて厨のある裏方に入り込んだ。
いかにも当然という顔をして歩いていると人は多少の違和感は見過ごしてしまいがちだ。そもそも厨など裏方は配膳のために人の出入りが非常に多く、衛兵達は余程の違和感があれば誰何もするが全てを監視しようとは考えていない。
副隊長の衣装が借り物であるとするならば、それを着てふらふらと歩き回るイザヤは一体何者なのか。
使節団の警護を担う軍の副隊長が衣装の交換を要求されて断り切ることができず、また与り知らぬところで無茶をされるくらいならば多少のことには目をつぶって動向を把握しておきたいと思われており、そして外交で祭礼儀式に参加するのになど飽き飽きしている人物。
即ち、ロジン国から天虹国に派遣された使節団の主役、第二王子だった。故に当然イザヤは一人ではない。数歩離れた背後に一人、本物の護衛が影のように付き添っていた。
もちろん彼も最初から任務を放棄してこのようにほっつき歩いている訳では無い。祭礼儀式が終了し国賓としての挨拶やその他の用事を済ませるところまでは、ちゃんと彼も皇子としてそこにいた。役割はきっちりと果たしてから心置きなく遊ぶのが彼の主義である。
しかし役目を終えた途端に副隊長を呼び出して、この時のためにとっておいたとっておきのネタで彼を脅し、青ざめた彼の衣装を剥ぎ取って自分の衣装を無理矢理着せて来た。
一番奥の席に座らせて色々と飾り立てておけば早々バレることはないだろう。今頃、副隊長は色々諦めきった眼差しで自棄酒を飲んでいるに違いない。酔えばなおさらバレにくくなるとイザヤは笑みを深める。
彼は兄弟が多くロジン国は王族間の仲も良い。さすがに王位継承権第一位の長男が国を出ることは稀だが、次男以降は勉強と称する現国王の手抜きのために、隣国との様々な外交の場面に積極的に派遣されていた。
実際、大きな貿易港を有するロジン国の王族にとって外交感覚は必須の能力だった。こうやって若い内から大小様々な外交の現場を経験させることで。その感覚が自然と身に付くように工夫されている。
イザヤもその例に漏れず、また第二皇子という立場もあって、十を過ぎて幾つもしない内から外交の現場に叩き出されていた。
そんな彼にとってはいくら最重要交易相手である大国の祭礼に使節団として派遣されるという大役であっても、相手が関係良好な友好国では、ただ椅子に座って時が過ぎるのを待つのと変わらない程度の面白みしか感じられない。
そもそも中大国の第二皇子として二十年も生きていれば、外交にしろ戦にしろ娯楽にしろ大概のことはすでに経験済みだ。
ロジン国は交易で栄える国だから珍しい料理も美味い酒も手に入るし、皇子が望めばどんな美女でも喜んで彼のために身を捧げる。
それらに全く楽しみが感じられないとと言うつもりは無い。それはそれで楽しみ方があり彼も十二分に満喫している。しかし慣れきったそこに安堵はあれど新鮮さや驚きはなかった。
イザヤは多少気分屋なところがあるものの決して阿呆ではない。自分のこの満たされ過ぎた毎日に対する如何ともしがたいやるせなさが、唯の贅沢な我儘だと言う事もよく分かっていた。
それでも退屈なものは退屈で、故にこういう場でイザヤは進んでは与えられないものを求める。護衛達が許容可能なぎりぎりの範囲を探り、身分を偽っては様々な場所をほっつき歩き、まだ見たことのないその国の素を見ようと試行錯誤するのだ。
異国に行って面白いのはこういうところだと、天虹国の奥宮で宴席の裏方に潜り込んだイザヤは一人満足の笑みを浮かべた。
美しく着飾った女官達が完璧な所作で捧げ持った皿で給仕に回る表舞台から一歩裏側に足を踏み入れれば、そこは立ち込める湯気と指示を出す怒声の熱気に満ち、多種多様な人々が縦横無尽に入り乱れた戦場のような素顔を晒す。
もし本当にその国の事を知ろうと思ったら、商人を呼びつけるのではなく自分の足で街を歩いて市場に行き、宴会で給仕されて鼻の下を伸ばすのではなくどのように給仕が捌かれているのかその裏側をこの目で見なければならない。
人々が素を出して自然に振舞っている姿の中にこそ、その国に行って始めて知る貴重で本質的な何かが隠れているのだから。
イザヤはゆったりと歩を進めながら、慌ただしく行き交う人々を観察した。当然ながら裏方で働く人々は表ほど洗練されてはない。それでもさすがは商業大国と言うべきか。働く姿は皆生き生きとして大変な活気に溢れている。
さらに関心したのは、これほど大規模な宴会を催しているにも関わらず、指示や物資の流れに混乱がほとんど見られないことだ。
宴会でこれが出来るということは、当然戦でもできるだろう。
イザヤはこの宴会の物資が一体どのような仕組みで管理されているのか気になって、さりげなく厨の在庫を確認していた一人の官吏の後をそっと追いかけた。
少し閑話に近いお話です。
上下二段組の想定。(2)に続きます。
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