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夏煌祭の三日間 <第二夜> お仕事は出張もいたします(1)

 「手紙?」

 

 白蓮が執務机の上にどさどさと紙の束を置いた。

 先ほど伝令が他の書類と一緒に届けに来たものだ。


 「其方宛だ」

 「私宛? でも、今まで手紙なんて貰ったこと……」

 「昨日の件だろう、波流(はる)冬利(とうり)からも来ている」


 肩を(すく)めた白蓮が手紙の束を私の前に押しやる。

 一つ手に取り封を見ると確かに波流の名が入った印が押されていた。

 しかし手紙は少なくとも十通はある。

 私が首を傾げて心当たりを必死に考えていると、視界の端にほんのりと唇の端を緩めた白蓮の姿が映り込んだ。彼は明らかに私のこの状況を面白がっている。


 しかし朝からそんな顔ができるとは彼の機嫌はすっかり改善したようだ。確かに朝日を浴びて輝く彼の顔には隈の影も無く、十分な休息がとれたことが伺える。私は一人内心でしめしめとほくそ笑んだ。どうやら私の作戦は成功したようだ。


 「其方が良ければ中を見るが」

 「お願いします」


 二人で手分けして封を切る。

 いくつかの手紙にさっと目を通すと、白蓮はくつくつと笑い声を上げた。


 「これは人事院(じんじいん)からの呼び出し状だ。昨日の件について絞られるぞ」

 「え……そんな……絶対に九虎(きゅうこ)さんを連れて行きます。こちらは誰でしょう? 知らない方ですが……は? 交際の申し込み?」


 私は手紙を手にしたまま固まる。


 「ああ、それはこちらにもあった、ほらこれだ。昨日の勇姿を見て惚れたとかなり熱烈な内容だな。波瑠と冬利からは別途私宛にも其方との交際を許可して欲しいという主旨の手紙が来ていた。ふむ、人事院と交際の申し込み以外はほとんどが引き抜きに関する手紙か。私の侍従を引き抜こうとするとは中々いい度胸をしている」


 白蓮が少々悪い笑みを浮かべたので、私は慌てて視線を外らせた。


 機嫌がいいのは分かったけど、この人朝からなんちゅう顔をするのか……。


 「仕事を変わるつもりはありませんよ」


 顔を上げるとすでに元の表情に戻った白蓮がこちらをじっと見る。

 

 「な、何ですか?」

 「私が言うことでは無いがこういう場合はな、これを材料に今の主に交渉するのが定石だ」

 「交渉? 白蓮様に? 何の交渉でしょうか……」


 私が再び首を傾げると白蓮は呆れた顔をする。

 しかしその瞳は相変わらず楽しそうだった。朝からこんなに上機嫌なのは珍しい。私のマッサージは彼の睡眠によほど効果的なのだろうか。


 「賃金の交渉に決まっている。他にも引く手数多なのだから、私が其方を引き止めるためにはもっと良い条件を出さねばならぬだろう」

 「もっと良い条件……」


 私は一応腕を組んで考えるポーズを作ってみるが特に何も思い浮かばない。

 ここは食事も美味しいし仕事も大変だが面白い事もある。衣装に至っては着きれないほど支給されているし、そして何よりお風呂入り放題という特典付きだ。

 手紙を前に首を捻っていると呆れた白蓮が助け舟を出してくれる。


 「まあ、この内容では私の条件の方が良かろうな。何か欲しい物があれば誂えてやっても良いが」

 「欲しいもの。うーん、特には……」

 「まったく、欲のない」

 「あ、物でなくてもいいですか? したいことならあるのですが……」

 「何だ?」

 「街を散策してみたいなと。私、実はこの国に来てからまだ一度も街に行ったことが無いんです」

 「ああ、そうであったな。ふむ、街の散策か」


 白蓮が顎に指を絡める。


 「駄目でしょうか? ちょっとお祭りの雰囲気を味わってみたいというのもあります」

 「駄目ではないが行くならば少々準備が必要だ。行けるとすれば明日か、少し検討する。一応前向きな検討だ」

 「わあっ、ありがとうございます!」

 

 行くならどこが良いかと二人でわいわい話していると、扉がノックされて葉周(ようしゅう)が姿を現した。

 白髪の斑に混じる髪を丁寧に撫でつけて立ち襟の長衣をきっちりと着込んだ姿は、今日も一分の隙もない執事、いや筆頭侍従振りである。その顔には決して崩されることのない壮年の紳士に相応しい微笑みが、今日も穏やかに湛えられている。


 しかしその不変の微笑みが白蓮の姿に目を留めた瞬間にわずかに深まったことを私は見逃さなかった。早速、白蓮の元気な様子に気付いたらしい。私がやりましたよという感じで小さく頷くと、葉周はゆっくりとしかし力強い確かな頷きを返してくれた。


 「おはようございます旦那様、澪君も。祭礼のお支度の手伝いに参りました」

 「ああ、そろそろ時間だな」

 「え、支度? もう始めるのですか?」

 

 私は窓の外を見る。空にまだほんのりと朝の気配が残る三の刻、祭礼は五の刻からのはずだ。


 「祭礼用の衣装は着付けるのに少々手間がかかりますから。私は先に奥で準備をして参ります」

 「すぐに行く」

 

 お手本のような一礼をすると葉周は私室につながる扉を開けた。私も後に続こうと足を踏み出したところで白蓮に呼び止められる。


 「澪、ここへ。其方には別の話がある」

 「はい」


 再び執務机の前に戻ると白蓮がぱさりと何かを投げた。

 二通の手紙である。どちらも先ほどの中には無かったものだ。

 椅子に腰掛けて足を組んだ白蓮が、ひらりと片手を振って片方の手紙を示す。


 「左側は人事院からの要請状だ。急な依頼だが今夜の宴の準備に其方を貸し出すことになった。昼から奥宮(おくのみや)へ行って女官の手伝いだ。詳細はそこに書いてある」

 「え、奥宮で手伝いですか?」

 「ああ、後宮(あとのみや)の事件の所為で人手が足りぬようだ。本来であれば其方は私の個人的な侍従だから王城の事情など関係無いが、今はそれを付けているであろう」


 白蓮が指差した左耳に手をやると指先に冷やりとした金属の感触が当たる。

 痛みも引き重さにも慣れてしまったので普段はすっかり忘れているが、指先で探ればそこには確かに柔らかい皮膚に食い込んだ冷たい金属の装飾がある。

 下女から侍従に買い上げられたあの夜、白蓮に付けられた侍従の証、環札(かんさつ)である。


 「前にも言ったが、それを付けていると王城への出入りなど色々便利な事がある。しかし代わりに、余程の不都合がない限りこのような王城からの要請に従わねばならぬ。でないと有事の際に指揮系統が混乱してしまうからな」


 私は人事院からの要請状を広げる。

 内容を確認すると、私には厨での配膳の手伝いが割り当てられていた。


 「心配無い。女官の手伝いといっても本職以外は裏方だ。多少走り回る事にはなるだろうが上役の指示に従っていればいい。指示を出す側だった昨日よりはよほど気楽な仕事だな」


 白蓮は腕を組むとじろり横目で私を睨んだ。

 私は昨夜のブリザードを思い出し反射的に首を竦める。

 しかしその牽制は一瞬で彼はすぐに元の様子に戻った。


 「澪、奥宮は色々と厄介な場所だ。その上、宴には各国の使節団の代表も参加する。決して目立つような真似はするなよ」


 私は神妙な顔でこくりと頷く。

 しかし頭の中で今日のスケジュールを整理していてふと疑問が浮かんだ。


 「あの、蓬藍(ほうらん)様に呼ばれている本宵闇(ほんよいやみ)の宴は大丈夫なのでしょうか? 白蓮様も私も奥宮の宴に行ってしまいますが……」

 「ああ、その件も伝えておかねばな。本宵闇の開始は真夜だから基本的には問題無いはずだ。だが参加するには色々と準備がある。故に九の刻に一度この執務室に戻って来なさい。そこから私と一緒に一度屋敷に帰り、着替えなどの準備を済ませてから改めて蓬藍殿の屋敷に向かう」

 「分かりました」

 「いいな、九の刻には諸所切り上げて必ずここに戻って来い。そして奥宮ではくれぐれも余計な真似はしないように」


 私が頷くと、白蓮は今度は右側に置いた手紙をずいと指先で押し出した。


 「そして、こちらは軍兵院長(ぐんへいいんちょう)輝晶(きしょう)からだ」

 「輝晶様……」

 「そう警戒するな」


 白蓮に促されて封に一際仰々しい印の押された手紙を開く。

 中には見ただけで相手を萎縮させるような(いかめ)しい達筆で回りくどい文章が書かれていた。読み進んでいくと昨日の件で私に報奨を出すという内容に読める。三度読み返してみるが伝わる内容は変わらない。私は助けを求めるように顔を上げた。


 「貰っておけ」

 「でも……」

 「想像通りの口止め料だ。結局のところ貰っても貰わなくても口止めはされる。それならば貰った方がまだましだ」

 「はあ……」

 

 白蓮が態とらしく溜息を吐いて執務机の上を指先で示す。そこには端に避けられた私宛の手紙の束が小山を作っていた。


 「昨日の今日でこれだ。それは褒賞や口止めなどではなく迷惑料と思え。暫くは色々と煩わされる」

 「はい」


 それから多少の問答はあったが、結局私は渋々ながら報奨という名の口止め料兼迷惑料を頂く事にした。手続きは白蓮がしてくれると言う。次の給与と一緒に給与局預かりで振り込まれるそうだ。


 話は終わりだと軽く手を振られ、一礼して去る前にふと足を止める。


 「どうした?」

 「白蓮様、その念のためにお聞きするのですが……これはご命令ですよね? 今日これから奥宮に行って女官の手伝いをすると言うのは?」


 片眉を上げた白蓮がに今度ははっきり唇を歪めた。

 しばし見つめ合った後、彼は鷹揚(おおよう)に頷く。それは侍従に命令を下す主の姿だった。


 「ああ、そうだ。其方に奥宮での女官の手伝いを命じる」

 「はい、畏まりました」


 私は笑顔で元気よく返事をすると一礼し、葉周を手伝うべく私室につながる奥の扉に向かった。

 

 この時私は思っていたのだ。

 白蓮の言質も取れたことだし、仕事内容も要請状に明記されているのだから、少なくとも昨日のような訳の分からぬ展開になることは無いだろうと。

 しかしそんな私の楽観は、奥宮に到着してものの三分で打ち砕かれた。そこからは一日目よりも長い、私の二日目が始まったのである。


いよいよ、澪の二日目の奮闘が始まります。


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ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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[良い点] こんにちは、初めて感想を書きます。 背景や考証設定をしっかりしたうえで、人物を楽しくはちゃけているところが、読んでいて安心するし、冗長的に話を進めない感じも好きです。 次はどうなるか、一気…
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