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夏煌祭の三日間 <第一夜> お仕事は月明かりの密談から(3)

 輝晶(きしょう)が応接セットに腰を下ろすと、白蓮(はくれん)も執務机の向こう側からやって来て輝晶の向かいに腰を下ろした。

 無言の白蓮に手招きされ、私は彼の隣にちょこんと座る。私が座るといつの間にか中座していた桂夏(けいか)が戻って来て、卓の上に慣れた手つきで酒器を並べた。

 桂夏が間の席に腰を下ろすと、三人はそれぞれ手酌で酒を注ぎ当然のように飲みはじめる。私は遠くで鳴る九の鐘の音を聞きながら、ぼんやりとその様子を眺めていた。


 二杯目を軽く飲み干して三杯目を注ぐと、ようやく輝晶が口を開いた。

 

 「今日は九虎(きゅうこ)の奴が迷惑をかけたようだな」


 相変わらず至極真っ当な口調だ。

 私は横目でそっと輝晶(多分)を観察する。口調が違うだけで雰囲気も別人のようにちゃんとしている。しかし先ほどの発言で稲妻に打たれた今の私には、どこからどう見ても輝晶に見える。


 「まったくだ、この礼は高くつく」

 「だが、お陰でこちらは色々助かった。お前の侍従は優秀だな。九虎がすっかりと(ほだ)されていた」


 こちらを向いた輝晶と目が合わないように私は慌てて下を向く。


 「ふん、澪。其方もほいほいとよく知りもせぬ者について行くな。九虎ならまだしも、人攫(ひとさら)いかもしれぬのだぞ」

 「はい、申し訳ございません……」

 

 それ、小学生が保護者に言われるやつだ……。


 それでもひたすら神妙な面持ちで(かしこ)まっていると、最後は白蓮が大きな溜息をついて襟元を(くつろ)げた。人前でそんなことをするとはやはり白蓮は相当疲れているようだ。そっと顔を上げれば他の二人も同様に疲れた顔をしている。

 白蓮は肘掛に頬杖をついて姿勢を崩すと私の方を見る。その目は相変わらず怖い。しかし、もう怒っているというほどではなかった。どちらかというと呆れているに近い。私はほっと息をつく。


 「澪、今日のは其方の本来の仕事ではないし私は進め方も気に入らぬ。が、結果だけを見れば応急室も王城の人員調整も、それから何より行政院が助かったであろう。それは否定せぬ。だが勝手は勝手だ、そのような振る舞いは二度と許さぬと肝に銘じろ」

 「はい。……では、やはり使節団の方の件は仮病だったのですね?」

 「ふん、分かっていて采配したくせに。何を今更」


 白蓮は手にしていた盃を、わざと音を立てて卓に置いた。

 

 「白蓮、それほど気に入らぬ侍従なら俺が貰い受けようか? 今すぐに後方支援部隊の指揮官ができそうだ。澪、俺は結果重視だからこの男のように細かいことは言わぬ。どうだ軍兵院(ぐんへいいん)に来ぬか?」

 「やらぬ」


 私は輝晶(多分)を見て目を瞬いた。


 「……軍兵院?」

 「おや、澪くんは輝晶様にお会いしたことはありますよね? そうか、僕はその時二日酔いで……伝え忘れていたかな。輝晶様は普段は軍兵院長をなさっています。祭礼局(さいれいきょく)の方は、うーん何でしょう? ご趣味と言うのでしょうか?」

 「……え……ええっ!?」


 素っ頓狂な声を上げた私を、輝晶はエーゲ海の瞳を細めて見ている。桂夏の話を肯定も否定もしない。

 

 「趣味……あれが趣味……」


 色々疑問はある。しかし一番の疑問は、院長職でありながら趣味で『あれ』をやって許される人物とは一体どんな素性の者なのか、と言うことだ。明らかに深く追求してはいけない点だろう。私は嫌いな食べ物を鼻を摘んで丸呑みにした時のような顔になった。


 「ははっ! まあいい。白蓮、お前がやらぬでもさっきの三人を見ただろう? 放っておいても目敏(めざと)い奴はすぐに見つける。澪、お前もなかなか乙な相手を引っ掛けるな」

 「別に、引っ掛けてなど!」

 「輝晶、それよりも今日の顛末(てんまつ)を説明しに来たのではなかったのか? そもそも何故お前が自分でやって来た。誰か部下を寄越せばいいだろう」

 「決まっている、ここにはいつもいい酒があるからな」

 「おや? では事情が飲み込めていないのは僕だけですね」


 桂夏がおっとりと首を傾げる。


 「澪、桂夏に説明してやれ」

 「はい。あの桂夏様、本日のことはどこまでご存知ですか?」

 「うーん、そうですね。諸所報告が来ていますから、澪君が医薬院(いやくいん)の応急室を指揮して混乱を鎮め、九虎君と協力して王城全域の人員調整を取り仕切っていたというところまでは」

 「桂夏様、私は決して指揮していたわけでも、取り仕切っていたわけでもありません……。医薬院の応急室については、その……言い訳はしません。自ら進んでしたことですから。ですが統轄司令(とうかつしれい)幕府(ばくふ)の件については、九虎さんに無理やり……」

 「それでも、結局は澪君が采配していたのでしょう? 聞きましたよ、五百人以上の人員を鮮やかに(さば)く澪くんの勇姿。結構色々な人に見られていたようですね」

 「うわぁ……そんな……」

 「それで、その後に何があったんですか?」

 「その後というか、正確には昨夜から始まっていたと言うべきでしょうか」

 「昨夜から?」

 「陽動(ようどう)なのです、後宮(あとのみや)の事件から」

 「陽動?……ふむ、なるほどそうでしたか」


 桂夏は頷くと腕を組んだ。

 賢い人というのはコミュニケーションが楽で助かる。


 「桂夏様、後宮の事件はどのような内容だったのでしょうか?」

 「まだ原因は究明中ですが、陽動の一環であればあれは毒物の混入でしょうね。広範囲に弱毒性の薬物が混入されて、具合の悪い方が大量に出たのです。それで療養局(りょうようきょく)宮内派所(くないはしょ)だけでは手が回らなくなり、医薬院全体が出動することになりました。まあ、余計な者も来ていましたけれどね。その余計な若者達が中々戻らないので、さらに混乱してしまいましたが」

 「そうでしたか」

 「では、今日の昼間にも何か仕組まれていたと?」

 「はい。ただし、今日の昼間の件に関しては、それぞれはとても些細な出来事で事件と呼べるほどのものではありません。今回は私と九虎さんが偶然、その……統轄司令幕府で全体の人員調整を手伝っていたから気付いたというだけでです。ふと、途中で考えてみたんですよ。もし全体の采配を統括する本部がなくて、門前の乱闘とか、街道の倒木とか、市中の火事とか、それぞれ個別に対応していたらどうなっていたかなと」

 「どうなっていたと思ったんですか?」

 「もしも個別に対応していたら、きっと王城全体の混乱はもっと深まって、どこか手薄になるところが出てくるだろうなと感じました。そう考えていくと、丁度、逃走経路になりそうだなとか、そこを逃げる人の追跡も妨害できるよな、とか色々と想像が広がって。そこに、行政院の方が使節団に不調者が出たと応援を求めに来られたので、これは少々気になるなと。九虎さんはもっと早い段階で気付いていたようですが。なので確信を持てるような決定的な何かがあったわけではないんです。ただ色々考えると何となく嫌な感じがしていただけです。でも念のため九虎さんに、使節団の診療に向かう医師の方達に多めに警護をつけてもらいました。よかった、それが役立ったんですね? 彼らの狙いは何だったのでしょうか?」


 私は輝晶の方を伺う。


 「結論から言うと狙いは医師だった。使節団の奴らは救護に来た医師を(かどわ)かし、自国に連れ帰ろうと画策していた」

 「医師を?」

 「そこの名医の売名活動が功を奏し過ぎているんだ」


 私は輝晶と白蓮を交互に見る。白蓮は澄ました顔で盃を傾けている。


 「確かに、この国の医術は優れている。当然それを外交にも利用している。しかし万霊丹(ばんれいたん)の件でその評判が加速して、あらぬ方向に勘違いする奴がではじめた。天虹国の医師を不治の病も治癒できる魔術師か何かのように思い込む奴がな。今回、医師を拐かそうとしたのもそういう勘違いをした近隣の小国の一つだ。世継ぎの皇子が重い病で臥せっていて、もう何年もこの国に医師の派遣を嘆願しているが小国故に後回しにされていると。それで思い余って、この夏煌祭(かこうさい)のクソ忙しい時に行動を起こしてくれたわけだ」

 「なるほど……」

 「分かっている、そんな目で見るな。小国に陽動されるなど恥にも程がある。今、大急ぎで警備体制を見直している。今回の相手は小国で、しかもお前と九虎が先に気付いて未然に防げたからいいものの、事と次第によっては王城が陥落してもおかしくなかった。分かっただろう? こんな自国の弱点をさらけ出すような話、軽々しく他者に伝言などさせられるわけがない」


 恐る恐る輝晶を見ると目が合う。エーゲ海の瞳が今は冬のオホーツク海のように凍てついていた。感情の完全に抑えられた氷のように冷たい瞳だ。


 すっと私の背中を冷気が滑り落ちる。

 輝晶の今の発言は、自国の弱点を知るような者が増えては困ると、そう解釈できるが気のせいだろうか。


 ええっと、まさか口封じ? されるのか、私……。


 「澪、もう一度聞く。俺の元に来るつもりはないか? 悪いようにはしない」

 「あの……ええと……」

 「明日の朝も、気持ちよく目覚めたいと思うだろう?」


 輝晶が氷の瞳を細めて私を睨む。

 喉がカラカラになって上手く返事ができない。

 そもそもどのような返事をすれば正解なのか分からない。

 そうして改めて思い知らされる。命の重さに重軽のあるこの世界のことを。この世界では、そして輝晶のような者の前では、私の命など吹けば飛ぶように軽いのだ。


 「輝晶、澪を脅すのはそれくらいにしろ。他言は私がさせぬ」

 

 かたり、と白蓮が盃を置いた。

 その瞬間、ふっと空気が軽くなり、私は慌てて息を吸う。


 「そもそも、警備に不備があったのはそちらの責任。澪はその不備の穴を埋めただけだ。結果を重視するのなら、脅すのではなく誉めてやるべきじゃないのか?」

 「ふん」


 輝晶は置いていた盃に口を付けて横目で私を見る。


 「澪、他言せぬと誓えるか?」

 「はい……」

 「今日は何も起こらなかった、いいな?」


 私は輝晶の問いに青い顔でコクコクと頷く。

 

 こういうことか、白蓮の言っていた危険というのは……。

 白蓮様ごめんなさい。私、本当に全然分かっていませんでした!

 もう絶対、勝手なことはいたしません!!


 

 その後は、思いの外和やかに時間が過ぎた。

 白蓮も表面上は怒りを消し、輝晶も殺気を消し、桂夏も諸所の事情を察し、私は酒の肴探しに奔走し、三人は談笑しながらしばらく酒を楽しんだ。

 そろそろお開きにしようという頃、輝晶の使いを終えた九虎が戻って来て、白蓮に私との交際を許可して欲しいと懇願しはじめて少々嫌な汗をかいたが。

 白蓮は私を一瞥すると、本人に聞けと一言。

 はい、自分で何とかいたします……。


 十の鐘が鳴るころ、輝晶と九虎はまだ仕事があると軍兵院に戻って行った。桂夏も見送りを兼ねて席を立つ。


 そして執務室には誰もいなくなった。私と白蓮を除いては……。


 白蓮は盃に残っていた酒を飲み干す。

 私はそんな白蓮の元に行き近くの床に膝をついた。手は自然と体の前で組む。まるで神に祈るようなポーズだ。相手が相手なだけにこれはこれでしっくりくる。

 私にもまだ一仕事残っているのだ。大仕事が。


 「白蓮様」


 私は渾身の上目遣いで彼を見上げる。

 白蓮は前を向いたままだ。でも視野には入っているだろう。


 「……分かったか、どれほど危険なことをしたか」

 「はい、よく分かりました。身に染みて。もう二度と勝手はいたしません」

 「ふん」


 それでも白蓮は前を向いたままだ。

 私はずり、と膝立ちのままさらに半歩ほど白蓮に近付いた。


 「白蓮様」

 「なんだ」

 「髪を洗いましょう」

 「……は?」


 驚いた白蓮が顔を向ける。


 そう、私にはまだ大仕事が一つ残っている。

 怒りの去った後の、不機嫌と疲労困憊(ひろうこんぱい)の主をどうにかするという侍従の仕事が。

夏煌祭はまだ一日目。

澪のお仕事もまだまだ終わりません。


・・・・・・・・

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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