夏煌祭の三日間 <第一夜> お仕事は段取りが九割(2)
私の目算では、夏煌祭の応急室にごった返す患者達は、酔っ払いが七割、怪我人が二割、急病人が一割というところだった。
もっとも多い酔っ払いは手当方法が限られる分、対応は実にシンプルだ。
比較的重症の酔っ払いが集まっているとはいえ、とにかく吐かせて、水を飲ませて、薬があればさらに飲ませて、あとは寝て待つだけだろう。
問題は怪我人と急病人の方で、こちらには症状を見極めた上で優先的に医師を配置し、特に重症者から優先的に手当を進める必要がある。
二人が呼びに行くと、すぐに部屋にいたほとんどの見習いが私の周辺に集まってきた。
その中に二人ほど頼りになりそうな少し年嵩の、多分十六頃の少年と少女がいる。
あとは三分の二が医薬院の見習い、残りが他院から応援に来た見習いで、日の浅さからすると自院他院に関係なく彼らの能力は似たり寄ったりだろう。
「二人は応急処置はできる?」
私が少し年かさの二人に声をかけると、二人は胡散臭そうに私を見て目元を険しくした。
二人の顔には見覚えがある。私が先日の昼会議で挨拶をした帰り道、廊下ですれ違った見習い達の中にいたはずだ。
「あんた、何の権限があって俺たちに指図するだよ」
栗色の髪をきっちりと一つに束ね、きりりとした眉の間にはっきりと皺を寄せた少年の方が私に突っかかる。
「私にはないけれど白蓮様にはあるわ。二人は応急処置はできるの?」
私が含みを持たせるように白蓮の名前をわざとゆっくりと発音すると、少年はぐっと言葉に詰まってわたしを睨み返した。
実際には少年の言う通り、白蓮の個人的な侍従である私は完全な部外者なので、口出しする権限など少しもないのだ。
そして年かさの二人が何とかこの混乱を収束させようと、彼らなりに奮闘していたことも十分に知っている。
しかし如何せんまだ十六の二人では経験不足が先に立ち、目の前の仕事をこなすだけで精一杯の状態だった。
私は一抹の罪悪感を感じつつも、別に白蓮に頼まれたわけではないし頼まれたとも言っていないと自分を納得させて、このままの振りを続けることにする。
私が白蓮の名前を出したことで二人は不服そうな顔をしつつも、おとなしく話を聞く姿勢にはなったようだ。
「もう一度聞くわ、二人は応急処置はできるの?」
「……酔った奴と軽傷の怪我人なら。病人はまだ難しい」
「分かった。ええっと」
「俺は景勝、こっちは明鈴」
「明鈴はどうかしら?」
「私も同じような感じだけど、軽症の怪我人の応急処置ならばできるわ」
「分かったわ」
私は見習い達全体が見えるようにゆっくりと顔を動かしながら話かける。
「みんな、お休みにも関わらず早朝から集まってくれてありがとう。みんなは今でも十分に頑張ってくれていると思うわ。だけど残念ならが夏煌祭の本番はまだこれからで、患者はまだまだ増えるでしょう。だから今の時点で一旦体制を立て直します」
集まった見習い達は意外にも熱心に私の話を気いいてくれている。年かさの二人も、黙って私の様子を伺っていた。
「そしたら景勝、体力のありそうなあなたに酔っ払いの診療の監督をお願いします。医薬院の見習いは、医師と先輩二人について補佐する者と、後方支援をする者に別れてちょうだい。補佐は医師と先輩の各人に一人づつ、後方支援は二人、残りは全員最も患者の多い景勝に付くように」
私は景勝の方を見る。明確な役割を与えられたことですっかりと落ち着いた様子を取り戻し、医薬院の見習いを先ほどの分担に沿って振り分けはじめる。やはり彼も不安だったのだろう。
「景勝、見習いに簡単な対処法を教えてあげて。軽症者は見習いに任せて、あなたは特に重症の人をお願い」
「ああ、分かった」
「私はどうする?」
「明鈴には怪我人の方をお願いしたいと思ってるの。軽傷の怪我人の診療を担当しながら、重症の怪我人と病人を医師に振り分けて欲しいのだけど、できるかしら?」
「できると思うわ」
景勝と明鈴は頷くとすぐに駆け出そうとする。
「待って! 待って、ちょい待ち!! 持ち場に分かれる前に、この応急室内を整理するから」
私は慌てて二人の腕を掴んで引き止める。
「じゃないと、診療する場所もないし、ね? まず、中庭に面した窓の外側に受付を作るの。全ての患者は一旦受付を通して、適切な診療場所に振り分けるから。次に応急室の中にいる酔っ払いを全員外に出す。中庭に何か敷物を広げて、そこを酔っ払いの診療場所にするの。怪我人・病人は室内の最も中庭の出入り口に近い位置に集めて、治療の終わった人から中の方に移動して休んでもらって。隣の応接室を解放して、診療の終わった女性の患者はまとめてそちらに移動させるわ。明鈴、時々巡回して様子を見てあげて」
すぐに役目の振り分けられた見習い達が、応急室内の交通整理に奔走しはじめる。
残ったのは医薬院の見習い二人と、他院から応援に来た五人の少年少女達だ。
「あなた達には後方支援と連絡係をしてもらいます。他院からの応援の内二人は連絡係としてここに残って。後の三人は医薬院の見習いと一緒に物資係よ。お湯を沸かしたり、包帯や布、薬を先生や景勝、明鈴のとことへ届けるの。医薬院の二人で教えられるかしら?」
医薬院の見習い二人は力強く頷くと、他院の見習いを連れて部屋を出ていった。
そうしている間に机が出されて広場側に受付が作られる。受付の前にはすぐに人が群がりはじめた。
こういう場合、受付でいかに効率的に捌けるかが、その後の負担を非常に大きく左右するのだ。
「さあ、残った連絡係の二人は私と一緒に来て。私が受付を担当するから」
私は割烹着の袖を捲り上げると、二人を引き連れて受付の机に向かった。
そして昼過ぎ、五の鐘が鳴る頃。
「おかしい……どうしてこうなったのか……」
思わず心の声が現実の呟きになって口から漏れる。
それを耳聡く聞きつけた隣の男が素早く寄ってきて声をかけた。
「司令官殿、何かおっしゃいましたか?」
笑みを噛み殺したような精悍な口元。明らかに今の私の状況を面白がっている。
「い、いえ、いえ、何も! 何でもゴザイマセン!!」
私が蜜柑色の髪を持つ男にぎこちない笑顔を返すと、男はよく鍛えられた張ち切れそうな腕を組み、太陽の様に明るい琥珀色の瞳を満足げに細めた。
男は名を九虎という。
なかなかの長身に実用的に鍛え上げた無駄のない体。歳は海星よりももう少し若いだろうか。
襟足にわずかに残した髪を一つに束ね、耳には異国風の飾りをつけた少々派手な装いは、男が本来は非番の日であること、そしていかにも軽そうな自分の容姿の魅力を十分に理解していることを伝えている。
しかし意外なことに頭の回転が早い。人を見た目で判断するのは非常に失礼だが、彼は勘が鋭く要領を掴むのが抜群に上手かった。聞けばこの若さで軍兵院軍事局で連隊長、つまりは局長補佐を務めていると言われ妙に納得する。こういう部下が一人いると非常に重宝するだろう。
私がいつの間にか、中庭の中央前に設置されたテントの下で立派な机の前に座っているのは、ほとんど全てこの男、九虎のせいだ。
すでに完全に巻き込まれた今の私にできるのは、せいぜい心の中で彼を蜜柑頭と罵倒し、諦めの悪い半眼で逞しい背中を睨み付けることぐらいである。
目の前の広場には集まった二、三百の人々。
テントにはひっきりなしに指示を仰ぐ人々が出入りし、その数は次第に増加している。
そして私はその彼らに息つく暇もなく指示を出しているのだ。
ちなみに、このテントは蜜柑頭によって勝手に『夏煌祭統括司令幕府』などという大層なネーミングが施され、恐ろしいことに司令幕府としての認知を急速に高めている。
そして、そう、なぜか私が指示を出しているのだ。
故に司令官……。
なぜ私が指示を出しているのかは……私にも分からない。
澪の巻き込まれはさらに悪化。
ついにサラリーマンスキルの本領を発揮することに……。
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