お仕事は趣味も兼ねて(後編)
さて、白蓮の屋敷で悪夢再来。
再び衣装責めにあわされる澪の続きです。
私が波流に促されて衝立の後ろ側に回ると、そこには彼のいう通りいかにもベテランという感じの年配の女性が二人控えていた。
彼女たちは私が衝立の陰に入るやいなや有無を言わせぬ手際の良さで私の衣装を剥ぎ取ってゆく。私はすぐに諦めて両手を伸ばし案山子役に徹することにした。すでに祭礼局で十二分に訓練しているから案山子になりきるのはお手の物なのだ。
ベテラン二人の流れるような手際で着付けされているのは、重ね着した短い上衣に足首まである長いスカート状の下衣を組み合わせた、古代中国で言うところの襦裙に似た衣装である。
これはこの国の女性の定番衣装の一つで、細部の形状や素材の組み合わせを変えることで、日常着から晴着まで様々なシーンに対応できる優れものである。
しかしこの国に来てから今日まで、ほとんどの時間をワンピースのようにゆったりとした上衣に、二股に分かれたズボン状の下衣の重ね着という動きやすさ重視の衣装で過ごしていた私にとっては、裾がひらひらすーすーするこの女性向けの衣装はなんとも落ち着かない。
当然、スカートは前の世界にもあったし私も時々着用していたから、形状自体が目新しいとか奇異というわけではない。それでもこの女性向け衣装が私をなんとも落ち着かない気持ちにさせるのは、この国の肌着事情が原因である。
私が普段着ているような二股に分かれたズボン状の下衣を着る時には、肌着として同形状でもう少し薄手のものを下に着るから特に問題はない。しかし女性向けのスカート状の下衣の場合は和装の腰巻きの様なものを肌着として下に巻き付けるだけなのだ。これがパンツを履き慣れた私には非常に心許なく感じられて堪らないのである。
私が心の中で肌着に関する文句を並べ立てていると、不意に物凄い力で肋骨を締め上げられて「ぐえっ」という潰れた蛙の様な声が出た。
「な、なんです……うう、く、苦しい!!」
「もう少しですから、ご辛抱なさいませ」
「もう少し!? や、やめ……うえっ」
「ほら、あともう一息」
ベテラン二人は長年タックを組んだ餅つきコンビの様に息の合った連携で、一人は私の体を支えつつ、もう一人が肋骨の上あたりに巻いた帯を締め上げていく。
あまりの苦しさに息が詰まり、顔面蒼白になってぼろぼろと涙が溢れ出したところで、試着ですしこの辺りでいいでしょうとお許しがでる。
二人は締め上げられて息も絶え絶えの私に手早く残りの衣装を着付けて立ち上がらせると、「一着目でございます」と声をかけて衝立の向こうへ押し出した。
私はあまりの息苦しさに半ば朦朧としながら、ふらふらと背中を押されるまま衝立の影から前に進み出る。
おかしい。輝晶のところでも同じ様な衣装は何着も着付けられたが、これほどの息苦しさを感じたことはなかったのに……。
二人の前に押し出された私が溢れた涙を指先で拭いながら浅い呼吸を繰り返していると、波流が驚いたような声を出した。
「これは凄い……」
長椅子で盃片手に寛いでいた白蓮が軽く手を振って私に回る様に指示する。
私は一刻も早くこの苦行が終了してくれることだけを願って、白蓮に促されるままその場で回ったり左右に歩いたりしてみせる。
ふわりと広がった衣装の裾が、思っていたよりもずっと薄手の生地で一瞬ギョッとするが深く考えないことにして目を逸らした。どのみち衣装の決定権はご主人様にあるのだから考えても無駄である。
「ふむ、悪く無いな」
白蓮が思案する様に長い指を自分の顎に絡めた。
「いや、これは驚きましたよ。そんじょそこらの貴妃よりも余程可憐で愛らしい」
波流がさも感心した風を装って世辞を述べる。彼は色々と言葉を変えては私を褒め称えるのだが、そう言う世辞も輝晶のところで散々聞き慣れているから大した感慨もない。
それよりも何よりもベテランの力技で締め上げられた肋骨が苦しくて堪らない。
「澪、もっと優雅に動けぬのか」
白蓮が眉をしかめる。
「ふう……。はあ……こうでしょうか……?」
私は一刻も早く終わって欲しいと白蓮の求めるままに演技してみせる。
城内で時折見かける姫っぽい女性を思い出して精一杯真似てみるが、これで合っているかは分からない。
見かけた姫は皆体重などありませんと言う様にふわふわしなしな歩いていたが、実はこれほどの苦難に耐えていたとは思いもよらなかった。
私の歩き方がおかしいのか、精一杯の姫らしさを振りまいて白蓮の前を行ったり来たりする私を、波流は瞬きも忘れて呆然と眺めている。しかしそれを見て動きを修正するほどの余裕は今の私には無い。
「白蓮様、如何でしょうか……」
肋骨を締め上げられて呼吸の浅い私は、もうこれだけで酸欠になってふらふらである。
「あの……もう少し帯を緩めていただければ、もっとご希望に添えると思うのですが……」
と白蓮に息も絶え絶えに懇願する。
白蓮の隣で何故か波流が口元に手を当て頬を染め視線を逸らした。
それを横目で見て白蓮が苦笑する。
「波流殿、勘違いされるな。これはただ思ったことを率直に述べているだけで他意はない」
白蓮の説明に目を瞬かせた波流が、ふうとため息混じりの息をついた。
「……どうやって席を外そうかと必死に思案しておりました」
「はは、無用な気遣いだな。それよりも次の衣装を頼む。これまでは青や緑の衣装が多かったが、澪は桃色や藤色もよく似合うようだ」
「そうでございますね。澪殿はとても可憐なお顔立ちでございますし、黒髪はどのお色味にも良く合いますから。ささ、次の衣装を」
波流は再び私を衝立の向こう側に押し返した。
「では、この三着を頂こう」
ようやく白蓮のオーケーがでて、もう何度目か分からないターンをしていた私はその場にへたり込んだ。
今は既に九の刻半。結局あれから部屋にあったほとんど全ての衣装を着せられて、小物を変えられて、部屋中を歩かされて今に至る。
女性の衣装は一着着付けるだけでもかなり手間がかる上、常に締め付けられて酸欠の私は空腹も重なってもうへろへろである。
最初は一着誂える予定が、白蓮は気に入ったからと最終的には三着注文することにしたらしい。
一体一着が幾らぐらいするものなのか私には検討がつかないが、波流の様子を見る限り決して安いものではないようだ。輝晶のところで既に誂えた分といい、どれほどお金のかかることなのか恐ろしくて考えたくない。
「直しは本宵までに間に合うか?」
「ありがとうございます。もちろん三着とも大丈夫でございます」
「ならばよい。そうだ澪、他に必要な物があれば合わせて頼むが、何かあるか?」
「えっと……」
私はぼんやりとした頭を必死に動かす。
「あの……実は欲しいものはあるのですが……」
私は二人を見上げた。
実はとても欲しいものがある。が、男性二人の前で頼むのは少々勇気がいるものなのだ。しかし今を逃せば次はいつ入手できるか分からない。一緒に頼めればありがたいのだが、と私は一人葛藤する。
「あるのですが、その……お二人の前で頼むのには少々いいづらいといいますか……なんといいますか……」
私は急に恥ずかしくなって、私はしゃがみ込んだまま無理矢理持たされた小道具の紗張りの団扇で口元を隠して下を向いた。
私が欲しいのは肌着だった。
相手は二人とも成人した男性で片方は医者でもう片方は衣装屋だ。下着などどちらも散々見慣れたものだろうし、別に私の様な子供の肌着の話などしたところで大したことではないのだが、そうと分かってはいてもこの状況で言いだすのには少々勇気がいる。
しかし一方で、私の肌着に対するニーズも結構さしせまったものがある。
仕事の時に着る衣装は前の侍従候補の置き土産があるので問題ないが、下に着る肌着は下女の時のものだけでは全く数が足りないのだった。それに贅沢とは知りつつも、今の肌着は上に着る衣装と素材の質が違いすぎて着るたびに違和感が強い。最近では少々苦痛に感じるほど嫌気が差しはじめていた。
盃を手にした白蓮が面倒とばかりに手を振って私の話の先を促す。
「あるならさっさと言いなさい」
私は意を決し、胸の前で両手を握り合わせながら自分を鼓舞して二人を見つめる。
「あの、その……衣装は白蓮様が誂えて下さったものがあるのですが、……できれば肌着も何着かあるとありがたいなと……」
私が恥ずかしさに耐えてなんとか要望を絞り出すと、波流が手にしていた衣装をぱさりと下に落とした。
白蓮はというと、瞳を数度瞬いた後すぐに納得顔になる。
「確かに、其方の言う通り忘れていたな。波流殿、合わせて肌着も仕立てられるか?」
「あ、ええ、それはもちろん……大丈夫でございますが……」
波流の返事は少々ぎこちないが、彼も商売人の家柄らしくすぐに気を取り直して最初に近い笑顔を作った。
「あの、もし可能でしたら、形に少し希望があるのですけれど」
私は床にへたり込んだままそろりと二人を見上げる。何故か波流がごくりと唾をのんだ。
「構わぬ、言ってみなさい」
私はいつもと変わらぬ白蓮に促されて、自分の希望を説明した。
結論から言うと肌着はちゃんと注文してもらえることになった。
波流は戸惑いつつも、私の形に対する希望を細かく聞いてくれたし、数も十分な量を頼むことができた。
しかしそこに白蓮が、さらに形の改良や布地の指定、刺繍や染柄を入れたいと追加の要望を加えるので話がややこしくなってしまった。
私は必死に無地でいい木綿でいいと主張したのだが、白蓮は見えない部分ほどお洒落をすべきなだという訳の分からぬ持論を展開して私を説き伏せた。波流も私が希望した形状のアイデアが気に入ったらしく、途中から非常に面白がって話を広げるので、結局全てが終わって元の衣装に着替えて部屋を出たのはすっかり十の刻を過ぎた頃だった。
波流殿に引き止められた白蓮に先に行くように言われて部屋の外に出ると、葉周が待っていた。
「旦那様は?」
「波流様と話をされています。私は先に出ているようにと」
「そうですか。では澪君は先に夕餉を食べておきなさい。旦那様は軽く湯浴みされてから食事を召し上がるでしょうから」
葉周にそう言われて、私はほっと息をつく。ようやくご飯にありつけるようだ。私は言われた通りに厨に向かうと、家人用の食卓で美味しい夕食をいただいた。
お話は続きます。
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