お仕事は遅寝遅起きから
白蓮の屋敷に連れて来られた澪。
到着してから屋敷では色々なことがあったのですが、その結果……。
小鳥の声に誘われてふと目を開けるとまだ暗かった。
辺りはしんとして微かな囀り以外の音はまだしない。
昨日は遅かったから……あと、あと十分だけ……。
言い訳をして寝返りを打つと、私は掛布団に手を回して頬を埋める。
抱え込んだ掛布団はほんのりと暖かく吸い付くような極上の肌触りをしている。その感触を味わうように手を滑らせると私は再び目を閉じた。
ああ、なんて気持ちいいの……。
暑すぎもせず寒すぎもせず、布団に埋もれて過ごすのに最高の季節だ。しかもお供は抱き心地最高の掛布団。
これは、ほらあれだ……春眠暁を覚えずってやつだ……。
鳥の囀りまであるなんて、なんて完璧……。
うっとりと掛布団に頬擦りしたところで、ふと違和感を感じる。
抱えているこの掛布団、布団にしては暖かすぎるしいささか弾力もありすぎる気がする。まさかと思って布団を弄ると返ってくるのは確かな手応え。
……これは、この感触は……人肌!?
一気に目の覚めた私は、恐る恐る自分の抱きつくものを見上げる。
見上げた視線の先には、枕に銀の清流を波打たせて春眠を貪るしどけない神仙の寝姿。私が抱えていたのは掛布団ではなく白蓮だった。
私は手を離すのも忘れてしばし呆然と彼の寝顔に見惚れる。
このような不意打ちをされて正気を保てる訳がないのだ。むしろ普段の仕事中に惚けることがないのを褒めて欲しい。私は白蓮が寝ているのをいいことに、彼の鼻梁、頬の線、唇の山と一つ一つの形を視線で辿り確かめる。心に浮かぶのは純粋な美に対しての感動である。
当然ながら、普段の白蓮ももちろん非の打ち所がなく美しい。しかし今、寝乱れた夜着で柔らかな枕を抱えるようにして眠る彼は、起きている時よりも数段幼くそして身近に感じられる。
彼の顔を見上げて、私はふと髭は生えるのかしらと考えた。
男性なのだから当然生えるだろうが、目を凝らしても彼の真珠のようにまろやかな肌にその気配はない。生えるなら髭も銀色のはずだから肌に同化しやすいのかも知れない。当然、それは髭だけではない。髪を含めて体中、腕も足も脇も大切なところでさえも、どこもかしこも美しい銀髪ということだ。
そういう不埒な思考を巡らせると、この天界の匠によって彫り出された美神像のような白蓮にも一気に血脈が通じ、急に人間臭く感じられるから面白い。
私がすやすやと眠る白蓮を眺めて色々と不埒なことを考えていると、その視線を感じたかのようにふと白蓮が目を開けた。
わずかに開いた長い睫毛の合間で水藍玉の瞳がぼんやりと宙を彷徨う。
私は息を呑んでその様子を見守った。
「……まだ早い」
白蓮は掠れ声で呟くと私に腕を回し、再び目を閉じて寝息をたてはじめる。
これは……ええっと……。
身を固くして白蓮の抱き枕役に徹しつつ、必死に思考を巡らせようとするが上手くいかない。
確かに、先に勘違いしてたのは私なんだけど……って、そういう問題じゃない!
一体全体、何がどうしてこうなった!?
そう、抱き枕化はあくまでも結果だ。問題はいつの間にか同じ寝台で寝ていたというところにある。一体全体何が起こって白蓮と同衾するような事態になったのか……知りたい、が知りたくない。
そのまま思考停止してぼんやりと抱き役に徹しているうちに、何とも言えない人肌の温もりと心地よさに次第に絆されて、私はだんだん眠くなってしまった。
多少は慌てろよとかもっと危機感持てよとか、自分に言いたいことは色々ある。
しかし結論すれば私も大概寝惚けていたのだから仕方ない。
私はいつの間にか再び眠ってしまっていたのである。
「ふうあぁ……」
眩しい朝日に瞬きしながら伸びをすると、白蓮と目が合った。
白蓮は半身を起こし枕に背を預けて書物を読んでいた。
私は伸びをした姿勢で固まる。
そのまま恐る恐る瞳だけを動かして周囲の様子を確かめる。明らかに自分の部屋ではない広い寝台の上だ。その豪華さと彼の寛ぎ様からしてどう考えても白蓮の寝台である。
一体全体、何がどうしてこうなった……、は!
この流れ、既に一度やっている!?
「おはよう」
白蓮の声は朝執務室で顔を合わせる時と全く変わらない。
「はあ……ええっと……おはようございます……」
私もつられて挨拶をするが、頭の中は疑問符で一杯である。
彼は書物を閉じて横に置くと、固まった私に視線を合わせるかのように枕に頬杖をついて横になった。
私は伸びの姿勢で固まったままその様子を呆然と眺める。
ええっと、色々まずいよね。
主よりも後に起きるのもまずいし、同衾はもっとまずい。それよりも何よりも、昨夜何があったのか全く思い出せないのが一番まずい……。
そうなのだ。最初に起きた時は寝惚けているせいで思い出せないのだと思っだのだがどうやら違う。今は完全に目が覚めているが、昨夜の記憶は霞がかかったように曖昧ではっきりとしなかった。
私は停止した思考の片隅で、ふと、今朝の白蓮は血色がいいなとどうでもいいことを考える。彼の肌はいつも真珠のようにまろやかだが、どちらかというと蒼白だし目の下の隈も酷い。しかし今朝は頬も唇もほんのりと薔薇色を帯びて輝き、目の下の隈も薄いような気がする。
彼は水藍玉の瞳で私を見据えるとその薔薇色を帯びた唇の片端を歪めた。
「昨夜は実に気持ちの良い夜だった」
私は目を瞬くと、呆然と白蓮の言葉を繰り返す。
「気持ち……」
「其方の申し出には驚いたが、なかなか悪くなかった。久しぶりに──」
「あわわわわ!お、お待ちください!!」
私は跳ね起きると、片手で白蓮の次の言葉を押し留める。そのままもう片方の手で自分の目元を覆って項垂れた。
白蓮は相変わらず向かいに寝そべったまま、唇の端に笑みを浮かべている。その笑みが先ほどよりも濃く感じるのは気のせいだろうか。
「おや、まさか覚えていないのか? あれほど親密な夜だったというのに。まあ仕方ないか、其方はかなり惑乱して──」
「あわわ! は、は、は、白蓮様!!」
私は慌てて白蓮の言葉を遮ると、両目を覆った目の隙間から恐々と彼を覗く。
白蓮は寝台の上で仰向けになり腹を抱えて笑っていた。
「はははっ、昨夜はあれほど積極的だったというのにな」
「まさか、その……私はまさか……」
寝台の上で頭を抱える私を見て白蓮がさらに笑う。
「新鮮だな、私の隣で目覚めてその反応か? ふふ、本当に覚えていないのだな。まったく、葉の奴が変な気をきかせるから」
白蓮は最初の姿勢に戻ってわざとらしい溜息をついた。
「まあ、少なくとも私が未だに其方と共寝しているのは、其方が私の髪を下敷きにしているからだが」
私は慌てて後ろに飛び退いた。下を見ると確かに銀の絹糸のような髪が幾筋か散らばっている。
その様子を見て白蓮は再び笑みを零した。
「白蓮様……ええっと、その……」
私は寝台の端で今度こそ本物の上掛けを抱え込んで途方にくれる。
白蓮はひとしきり笑うと、枕に寄りかかってこちらを向いた。
「昨日のことはどこまで覚えている? いや、どこから覚えているかから確かめた方が早いか」
「えっと、昨日のことですか? 確か、夕方白蓮様のお屋敷に着いてそ、れから──」
私は掛布団を抱えながら必死に記憶を手繰り寄せる。
落ちついて考えてみると、昨日の夕方頃の記憶は意外と鮮明に思い出すことができた。そして一つ思い出せると、次第に続きも見えてくる。私はほっと息をついた。
「そうだ、それで夕餉の前にお屋敷を案内してくださって。途中で奥の部屋のほうを通りかかったところで──」
続きを思い出して、私はじとっとした目で白蓮を見返した。
「深夜まで、白蓮様の着せ替え人形にさせられました」
「あはは! そうであったな、あれは久々に楽しかった」
白蓮は満足そうに腕を組む。
そうなのだ。屋敷の案内のついでに覗いた奥の間で、白蓮は夕餉をとるのも忘れて深夜まで私を着せ替え人形にして、着道楽の享楽に耽ったのである。
昨日のこの屋敷での私の記憶はそこからはじまっていた。
ここから数話は、昨夜の出来事を思い出しつつ、
少し時間軸が入り乱れてお話が進みます。
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