お仕事はルーチンから(後編)
行政院長の蓬藍様が実は第二皇子であるという事実が分かり……。
つまり白蓮の話を要約すると、第二皇子から夏煌祭の本宵闇の宴という重要な催しに招待されたということになる。
それは……確かに面倒事!!
白蓮の溜息が止まらないはずである。
「あれ、でも蓬藍様は行政院長ですよね。皇子と官吏って兼任できるのでしょうか?」
「いい質問だな。蓬藍殿は継承権を返上して臣籍降下されているから、正式には元第二皇子だ。しかし兄である皇太子とは年も数歳しか違わぬし、この国では有事の際は復権できる制度もあるから、表向きは臣下に降っているとはいえ実際には王族と変わりない」
「自ら臣下に?」
白蓮は自分の顎に指を絡める。
「ああ、蓬藍殿は幼少の頃から神童と名高い聡明な方で、五つの年には父王の傍で執政を補佐していたとか。故に、兄と争って無駄な国乱を引き起こすことを忌避されて、十代のはじめに自ら継承権の返上を申し出たという話だ。現に皇太子の兄とは今でも良好な関係だからな。行政院長という立場になることで、いい意味で皇太子の補佐役に徹しているということだろう」
「なるほど。でもそうなると益々謎が深まるばかり……。なぜそのような方から突然、本宵闇の宴にご招待が? しかも私まで……」
私が首を捻ると、白蓮は再び恨みがましい半眼で私をちらりと睨んだ。
「何を寝惚けたことを。招待されたのは其方のせいなのだぞ」
「へ?」
「招待状にはな『折角の本宵闇ですから、貴殿の宵闇を共に愛でたく──』と、かなりあからさまに書かれていた。つまり其方に興味があるから連れてきて披露目をしろということだ」
「はあ、その……それは誠に申し訳ございません」
私は椅子の上で小さくなった。
これは、色々まずい気がする……。
白蓮は自分の容姿のこともあり、周囲の様子には相当に無頓着になっている節がある。
しかし行政院長にまでそんなあからさまに書かれるなど、私のことはその界隈ではすでに相当な噂になっているに違いない。
私はただ平穏無事な毎日と、安心安全安泰な老後を求めているだけなのだ。
しかも、蓬藍まで宵闇の君って!
これ一体どこまで広がってるの……私に変な通り名つけるのは本当にやめて……。
「ふっ、其方を責めたりはせぬ。あの方たちも其方に会うためだけに宴席を設けるほど暇ではない。他に目的があるのは知れたことよ」
長椅子の背に寄りかかり空を見つめて考え込んだ白蓮の前で、私は小さくなって空になった自分の茶器を見つめた。
その時、執務室にノックの音が響く。伝令が馬車の到着を知らせに来たのだ。
「今夜は外出のご予定だったのですね。すぐにお支度を──」
私が私室の方へ向かおうとすると白蓮に二の腕を掴まれた。彼はそのままずるずると扉に向かっていく。
「あれ」
「其方もだ、来い」
「へ?」
白蓮の早足に引きずられるようにして西門に到着すると、そのまま馬寄せに止まっていた豪華な馬車の一つに押し込まれた。気付いた時には馬車は動き出し、馬車の小さな窓の向こうで、西門警備長の沈雨がウインクしながら小さく手を振る姿が過ぎてゆく。
それを目敏い白蓮に見咎められ、ああいう手癖の悪い奴には決して近づいてはならないと、苦虫を噛み潰したような顔で睨まれた。
そのまま小さな窓に顔を寄せて、流れゆく市街の風景を眺めていると、向かいに腰掛けた白蓮が苦笑する。
「そのように熱心に見て、旅芸人でもいたか?」
「……はじめて外に出ました」
私は窓から視線を離さずに応えた。
「は?」
「この国に来てから、今はじめて王城の外に出ました。とても活気のある街ですね」
私は家路を急ぐ人々でごった返した茜色の大通りを見つめる。
「そうか、城外ははじめてか……」
「はい。あ、すごい! 街中をあんなに沢山牛が歩いていますよ」
私が荷物を引く牛に驚いた声を上げると、白蓮は急に難しい顔をしてさっと窓にかけられた紗の帳を閉めてしまった。
「あ……」
「今度、時間のあるときに街へ連れて行こう。だから今日は静かにしていなさい」
まるで子供を諭すような言い方だ。でも嬉しい。
「街に?本当ですか! ふふ、楽しみにしています」
へらりと私が笑うと、白蓮は眉間に皺を寄せた。
「全く、世間知らずの箱入りとは思ったが、荷牛に驚くほどとは……」
「へ?」
「気にするな、こちらのことだ」
白蓮は何処からか書類の束を取り出すと、仕事の続きをしはじめた。
しばらくの間白蓮が紙を捲る音だけが車内に響く。
「あの、白蓮様」
私はおもむろに声をかけた。
「何だ?」
白蓮は書類から視線を上げずに返事をする。
「つかぬ事をお伺いいするのですが、その……私は一体何処に行くのでしょうか?」
「は? 家に決まっているだろう」
「え、家?」
「自宅に帰るのだ、私の」
白蓮は書類から顔を上げると、呆れた目で私を見返した。
「まさかとは思うが、私が医薬院に住んでいると思っていたわけではあるまいな? 私もちゃんと自分の屋敷を構えている」
「まさか、そんなこと……」
私は視線を反らせて、てへへと笑顔で誤魔化す。
確かに白蓮ほどの身分になれば、屋敷の二つや三つ持っていて当然なのだろう。しかし、白蓮と執務室の連想が強固すぎて、自宅で寛ぐ姿など想像できないのだ。
「それに屋敷には筆頭侍従の葉周がいる。彼に其方を紹介せねばならぬ」
「はい」
「それよりも丁度よい、ここなら余計な邪魔も入らぬな」
白蓮はアクアマリンのような瞳を細めて私を見据えると、衣装の裾を払って腰を浮かせた。
「え、えっと……」
私は視線を彷徨わせる。が、狭い馬車の中では他に行き場もない。
私があたふたしている間に、白蓮はずいと身を乗り出すと向かいから私の横にひらりと席を移した。
馬車の車内は四人乗りを想定したコンパクトカーのようなものだ。四人座れるが、実際に座るとかなり狭い。そもそも白蓮は長身だが痩躯というわけではない。
そうなると私の片側は完全に白蓮に密着することになる。華やかな輝晶とは違い、白蓮からは仄かに薬草の混じった落ち着いた香りが漂う。
白蓮と密着した私の腕には、彼の完璧に着こなした衣装の下にある想像以上に男性らしい体の弾力と体温が直接伝わってくる。私は平静を保つべく全力を尽くした。
横に並んでいるから、顔が直接見えないのがせめてもの救いか……。
「ええっと、これは……」
彼はそんなことには少しも頓着しない様子で、手にした書類を二人の間で広げる。
「外商院と薬種局から上がってきた、万霊丹の生産計画書だ」
「ああ」
思い出した。先日、外商院で打合せした薬種の生産を一部OEMするという話である。
「試算結果を見たがかなりいい線を行っている。細部について幾つか其方に意見を聞きたいところがあるのだが──」
白蓮はそういうと計画について説明をはじめた。
薄暗い車内で手元の書類に視線を落として白蓮とやりとりしていると、まるで前の世界で仕事をしているような気分になってくる。
道中、私と白蓮は外商院と薬種局から上がって来た計画書を基に、候補として上がったどの薬屋にどこまでの工程を依頼すべきか、生産の監督にはどこに何人の人員が必要か、はたまたその素材をいつどれだけ加工すべきかなど、細部について侃侃諤諤の議論を戦わせた。
白蓮が腕を組みながら、官民癒着と謗られるのは覚悟の上で、やはりここは首都一番の薬種の大店である桂夏の実家に取りまとめをさせるのが良さそうだと結論付けたところで、速度を落としていた馬車が一際大きく揺れて止まった。
しばらくすると、かたりという音とともに馬車の扉が外側から開けられる。
「来なさい、足元に気をつけよ」
先にゆく白蓮にさっと手を取られ、私はほとんど彼に抱えられるようにして馬車から降ろされた。
馬車は瀟洒な屋敷の軒先に止められ、広く開けられた玄関の前に三人の家人が丁寧な礼をして立っている。
「お帰りなさいませ旦那様」
「すまぬな葉、急に戻って」
「何をおっしゃいます。ご自宅なのですからいつでも気兼ねなくお戻りくださいませ」
真ん中に立つ男性が微笑む。
白髪の斑に混じる髪を丁寧に撫でつけて、立ち襟の深緑色の長衣を一部の隙もなく着こなした壮年の紳士である。五十くらいかと思うのだが、四十とも六十とも言われても納得できる風貌である。
彼は白蓮に抱えられた私を見ると、信じられないものを見たようにぎょっと目を見張った。しかしそれは一瞬のことで、すぐに気を取り直すと何事もなかったように元の穏やかな微笑に戻った。
「澪、家を任せている筆頭侍従の葉周だ。分からぬことがあれば彼に聞くとよい。葉周、新しく雇い入れた侍従の澪だ。面倒を見てやってくれ」
よろしくお願いしますと私は深く頭を下げる。
葉周は微笑のまま、しかし鋭い視線で私を一瞥した。
「話は桂夏様からも伺っております。澪君、よろしく頼みますね」
私は神妙な面持ちで頷きながら、にこりと微笑んでくれた葉周にほっと胸撫で下ろす。どうやら一旦合格点はもらえたらしい。
白蓮は葉周以外の者を下がらせると屋敷の中に入っていった。
「葉、昼に頼んだ件だが」
「はい。先程到着して奥の間ににて準備させております」
「そうか、では先に食事だな。澪おいで、屋敷を案内する」
「はい」
私がそっと葉周を伺い見ると、彼は相変わらずの微笑で頷いた。
しかしその微笑は、なぜか先ほどよりもずっと暖かいものに感じられた。
珍しく急に帰宅をした白蓮。
次回は白蓮の趣味全開で楽しみます。
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