お仕事は挨拶から
いよいよ白蓮の侍従として働きはじめた澪。
まずは医薬院の面々にお披露目とご挨拶です。
さて、私が白蓮を通じて間接的に務めることになった医薬院は、各院の中でも少々特殊な組織構成をしている。
院の中に局や課だけではなく、療養所、派所、府、などの名称を持つ部署が存在するのだ。桂夏曰く、それは医薬院の受け持つ業務範囲がかなり多岐に渡るからだという。
医薬院は日本で言うと厚生労働省に近い部署だろうか。いわゆる医師が所属して治療を担う王城療養所、御典医や花宮医が属する医薬院宮内派所、薬の開発や生産を担う薬種局、民の生活環境や健康状態の管理を担う衛生局、そして医薬を中心に多様な研究を行う研学府がある。
この内、医薬院宮内派所は仕事の特性上奥宮に、研学府は薬草園など研究に広大は敷地を必要とするために、首都の外れにある王家所有の森林庭園の一角に局室を構えているという。
今日の医薬院の昼議後、これから白蓮抱えの侍従として頻繁に出入りすることになるからと、急な来客で先に席を外した白蓮に代わって、桂夏が昼議に参加していた顔触れに私を紹介してくれた。
昼議の行われる一階の大広間には、医薬院の各局長および副局長が顔を揃えている。各局長は桂夏と同じ三十前後、副局長は二十の半ばごろの年齢が多いように見える。
しかし必ずしも年齢感と役職の高低が一致しているかというとそうでもない。四十に近い副局長もいれば二十代と思われる局長もいる。そう考えると三十そこそこで白蓮の右腕として副院長を務める桂夏は、実はかなりのやり手ということになるだろう。
常に浮かべている人懐っこい微笑みと、おっとりふわふわした外見に決して騙されてはいけないという典型である。私はちらりと横に立つ桂夏に目をやると、先夜の人事院長室での桂夏との契約のやりとりを思い出して密かに気合を入れ直した。
私はまだ馴染めぬ短い髪に収まりの悪さを感じながらも、彼らに向かってお世話になりますと深々と頭を下げた。
さすがに白蓮が仕切る医薬院で局長、副局長職を務める面々だけあって、タイプは違えど皆非常に知的な雰囲気を漂わせている。
比較的男性が多いため昨日祭礼局で洗礼を受けたような賑やかさや華やかさはないのだが、てきぱきと効率重視で進められる昼議の様子に、私は祭礼局よりもずっと親しみやすさを覚えた。
当然、祭礼局のようにあからさまな詮索をする者もいない。しかしあのこだわりが強く手厳しいので有名な院長がついに個人的な侍従を雇い入れたとあって、実際には彼らも一方ならぬ興味を私に対して抱いているようだ。
時折交わされる視線はきらりと熱心な熱を帯び、さりげなく、しかし仔細に私を観察しているのが分かる。
口火を切ったのは研学府長の亜南である。彼はぎりぎりまで我慢していたようなのだが、昼議が終わりに近づくとついに好奇心を抑えきれなくなり、厚い丸眼鏡を押し上げながら机から身を乗り出すようにして早口に私に向けて話し出した。
「やあ、君が噂の宵闇の君か。確かに天虹国では珍しい見事な黒髪だね。おや瞳も黒ということは東方の出身かな? 一体全体どういう縁があってあの院長に仕えることになったの? それより何より君は男の子それとも女の子? とっても気になるんだけど教えて欲しいな。それが分かれば院長と君がもっと明確にどんな関係か分かっ、ぶほっ! 何するんだい斉澄、突然ぶつなんて酷いじゃないか!」
「はあ。酷いのは貴方の方ですよ亜南。そのように直接的に関係を尋ねるなど、侍従相手でも失礼が過ぎます」
頭を撫でる亜南の横で薬種局長の斉澄が溜息をつく。
「斉澄、君だって本当は気になっているだろう! あの院長がついに雇った侍従がこれだぞ、これ! 気にするなと言う方が無理だろう」
亜南が私をぴしりと指さした。
これ……そうこれです。
輝晶様に切られた髪も女性にしては変わった髪型ですしね。ううっ、これは決して私の趣味ではないんですよ。私の趣味ならもっと目立たない、極々普通の至って真っ当な何の変哲もない髪型を選びましたから!
しかも、白蓮様の指示する衣装ってどうしてこう毎日きらきらしいのか……この形であの白蓮様の後に付いてふらふらしていたら、目立つのも当然というか絶対気になるというか……。
祭礼局で一体全体どんな衣装が仕立てられてくるのか、今から不安しかない…….。
てか、まって! 宵闇の君て何なの!? ……ま、まさか私のことじゃないよねえ? ひええ! 勝手に変な通り名つけるのやめてよ!!
「亜南、貴方が局室が離れているのをいいことに昼議をさぼるから知らないだけで、そのことにはすでに我々の間では結論が出ているのですよ。実際には澪くんは四、五日前からここに出入りしているのですから」
斎澄はちらりと桂夏の方を見る。
桂夏は鹿爪らしい顔で頷くと、ごほんと咳払いをした。
「そうですね亜南君。結論から申し上げると、院長と澪君の関係は『触れる』です」
「……え? ええっ!!」
亜南ががたりと椅子を蹴って立ち上がった。
「嘘だろ!!? 信じられない……。あの院長が触れる……? 副院長、それはどちらの意味での触れるかが非常に重要な要因ですよ。院長が、それとも澪君が触れるということですか?」
「亜南君、実に驚くべきことですが、どちらの意味でもです」
桂夏が重大な実験結果を報告する博士のように厳かな面持ちで言い放つ。
「うっわわ! びっくり!! あの院長に触れる……。肩についた糸屑を払われるのも嫌がる院長が触れる……。天変地異でも起こるんじゃないのか。待て待て、でもどうして院長はそんなにこの子のこと気に入ったの? ああ、やっぱり見た目か! 君の見た目が先生のお気に、ぐえっ!」
再び隣に座る斉澄が亜南の頭頂を叩いた。
「やめろ、亜南。踏み込み過ぎだ。聞いてるこっちが居た堪れない。気になるのは分るがせめて素面の時はやめてくれ」
向かいに座った衛生局長の史恩が呆れた眼差しで亜南を見る。
私はというと、どう反応べきか分からず桂夏の隣で立ち尽くしていた。
というか触れるのどうのこうのって、そんなに驚くようなこと? だって触れなきゃ侍従の仕事なんてできないよね?
「はははっ、あの院長が見目だけで雇うわけがないだろう。この間、その子が院長の回診に付き添って控えを取るのを見たが、そこらの新人よりもよほどまともにこなしてた。一見信じ難い気もするが、当然実力重視だろうよ」
王城療養所長の松穂が立派に筋肉の盛り上がった太い腕を組んで豪快に笑う。
少し意外な気もするのだが、松穂をはじめ王城療養所員は総じて肉体派の傾向が強い。王城療養所には有事の際に軍に同行する医療班としての重要な役目があるからだ。また痛みに暴れる患者を治療することも多く、この世界での医師は体力ありきな面も強いと言う。
「まあ、私としては院長の負担が減るのは賛成よ。あの方どう考えても働きすぎだもの。ようやく気にいる侍従が見つかったならよかったじゃない」
花宮医の梅宝が小豆色の前髪をかきあげると、同じ医薬院宮内派所で御典医を務める律明の方を見た。梅宝は長い小豆色の髪を三つ編みにした、すらりと背の高い落ち着いた雰囲気の女性である。
「そうですね、それは本当に助かります。奥宮は何かと不便ですから」
律明は梅宝と顔を見合わせると、おっとりと微笑んだ。
「まあ、夏煌祭も近いですし、気になる方はその酒宴の時にでも機会があれば声をかけてあげてください。澪くんはこれから各所に頻繁に出入りすることになると思いますから、部下の方にもくれぐれもよろしくお伝えを」
桂夏の声がけに各長は鷹揚に頷くと席を立った。今のが合図となって今日の昼議はこれでお開きである。
「澪君、僕と一緒に来てもらえますか」
私は桂夏の後に続いて広間を後にしつつ、概ね好意的な彼らの反応に安堵の息をついた。
正確に言えば、私は白蓮に個人的に雇われた侍従なので医薬院の所属ではない。だからあくまでも私の主は白蓮であり白蓮に仕えるために医薬院にいるだけだ。
しかし職場は彼らと同じであり、一緒に働く機会があるのに所属が異なるというのは時に軋轢を生みやすいので色々と注意が必要だ。
特に、と私は廊下で待機していた見習い達を流し見る。
予期せず私と目が合った見習いが慌てて目を逸らす。囁きを交わしつつ隣に立つ者と脇を小突き合う者もいる。
年齢も地位も格段に離れている局長や副局長クラスになると、向こうも達観していてむしろ白蓮に近い視点を持っているから、私のような若輩が一人二人増えようがあまり問題はない。
問題が起こるとすれば、今の私と見た目の歳が近い見習い達の方だろう。私は背中に多数の視線を感じつつ全く気付かぬ振りをしてその前を通り過ぎる。
彼らは先ほどの昼議の時とは比べ物にならないほどあからさまな好奇の瞳を向けてくる。
今はまだ接点が非常に少ないので様子見だろうが、関わる機会が増えてくれば遠慮がなくなって、色々と起こりそうな予感がする。
うふふ、こういう感覚って、なんか久しぶりよね。
私は内心で笑みを零した。前の世界では十三年も一つの企業に勤めていたのだ。三十五歳の私はもうとっくにお局と言われる側の立ち位置になって久しく、逆にいかに若手に苦手意識を持たれないようにするかということに心を砕いていた。だから若手側の視点に立つというのはとても新鮮な感覚なのだ。
このまま何事もなく過ぎてくれれば、一番いいのだけど……。
私は桂夏の後に続いて白蓮の執務室の扉をくぐった。
意外にも好意的な局長の面々にほっと胸をなでおろす澪。
見習い達との関係は果たしてどうなるでしょうか。
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