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お仕事は女子トークがお好き(後編)

髪を切られた澪は、ついに祭礼局の最奥の間に連れ込まれます。

 祭礼局(さいれいきょく)の最奥にある大きな白い扉の向こうは極彩色の楽園だった。

 部屋の何処を見回しても布布布、布の海。広大な空間に天井まで届く棚が碁盤の目のように整然と設えられ、そこにあらゆる種類の布、装飾素材、型紙、仕立て道具が溢れるように詰め込まれている。さらに天井の梁には縦横無尽に細い竹竿が張り巡らされ、そこにも無数の布や帯、紐が掛けられていた。

 左右から私を抱える双子は、そんな部屋の様子にはすっかり慣れているようで、視界を次々に遮る薄布や飾りを器用に避けながら、泳ぐようにすいすいと部屋の奥に進んで行く。

 天井から無数に下がる薄布の帳は、彼女たちに優しく掻き分けられると、まるで波間から光の差し込む深い水底のようにゆったりと揺らめく。双子に引きずられながら、私はじめて竜宮城に足を踏み入れた浦島太郎のようにそれらを(ほう)け見た。


 部屋の奥に向かってしばらく進むと急に視界が開ける。部屋の最奥の壁には大きな明かり取りの窓があり、その窓の前だけ物がないのだ。

 窓を中心点とした扇状に荷物が避けられて、精緻な文様の織り込まれた絨毯が姿を見せている。その絨毯に磨り硝子が贅沢に嵌め込まれた天井まで届く大窓から、暖かく穏やかな午後の日が差していた。

 そしてその扇状の空間が見渡せる位置に、半開の花を象った大きな藤編みの椅子が置かれ、この楽園の主、輝晶がゆったりと腰掛けていた。

 双子に両脇を抱えられた私が扇状の空間に引きずり出されると、輝晶は手に持っていた書類の束から視線を上げる。

 この極彩色の楽園にそうして静かに座っていると、波打つ黄金の髪にエメラルドの瞳を持つ輝晶は、その堂々たる体躯と幾重にも飾布を巻きつけたエキゾチックな着こなしも相まって、まるで密林の王国を統べる王のようだ。

 彼は書類から顔を上げたままの姿勢でしばらく私を見つめると、音もなく立ち上がり、獲物を追い詰める猛獣のように足音を消してゆっくりと私の周りを二周した。その後、私の正面で立ち止まると彼は逞しい腕を組み僅かに首を傾げる。

 「気に入ったわ」

 彼の呟きに周囲に控える侍女達から響めきが上がる。

 輝晶は獰猛な笑みを浮かべた目を細めると、ぺろりと唇の端を赤い舌先で舐めた。ごく自然な動作で手を伸ばし、解れて頬にかかった私の髪を耳にかけ直す。そのまま左耳の耳輪に取り付けられた白蓮の札をさらりと指先でなぞった。

 昨日、取り付けられたばかりのそれはまだ傷口さえ乾いていない。私はぴりりとした痛みに思わず肩を竦める。

 「うふふ、随分と素敵な札を付けているじゃない。いやらしいわ、なんて倒錯的なのかしら」

 「……いやらしい?」

 私はおうむ返しに呟く。聞き間違いかと思ったのだ。頭の中で想像していた自分の姿と輝晶の発言が全く一致しなかったからである。

 

 確かに女性がするのは珍しいけど、男の子では定番の髪型でしょう? 双子たちはお世辞でも褒める時は涼やかとか清涼とかという言葉を使ってくれたし……。いやらしいって……私の聞き間違い?

 

 「いいわ、倒錯的よ。少女でもあって少年でもある。子供でもあって大人でもある。絶妙な取合わせで目が離せないわね。さすがは私、素晴らしい選択よ。ああ……凄く燃えるわ」

 「は、はあ……」

 周囲を囲む女官たちは陶酔したようにうんうんと頷いている。しかし私には彼の言っている意味が全く理解できない。


 少年であり少女? 子供であり大人? はあ? なにそれ……どういうこと?


 「さあ、来なさい。はじめるわよ!」

 輝晶は瞳孔の広がった輝く瞳で私の腕を掴むと、周囲にひしめく棚の奥へ迷いのない足取りで進み出す。

 「き、輝晶様お待ちください。痛いです! う、腕が捥げそう!」

 「腕くらいで騒ぐのはおやめなさい! せっかく降臨された創造の神が逃げたらどうするのよ。ああ、創造の神が微笑んでいるわ。素晴らしい図案が泉のように溢れて止まらない!」 

 そうして輝晶に創造の神が降臨したのをきっかけに、ついに本日最大のお楽しみ、衣装作りが始まったのである。


 

 輝晶に創造の神が降臨したのが五の刻半。泣きついた私が半ば這いずるように祭礼局の最奥の間から脱出したのが十の刻。その後当然ながら再び門衛の厳重な誰何を受け、ようやく私が医薬院に辿り着いた頃には、すでに深夜。十二時に近い時刻となっていた。

 散髪後、輝晶に拘束されただけでも約十時間。朝から数えれば十五時間以上が経過している。私は少しの身じろぎも許されずに立ち続けて棒のように疲れ切った足を何とか引き摺って、白蓮の執務室に向かう階段を登った。


 輝晶に直接拘束されていた約十時間の間に一体私が何をしていたかというと、ただひたすらに心を無にして直立不動の姿勢を保っていただけである。

 私の全身を隈なく採寸した彼らは、あの広い部屋に収められていた全ての布地を私に当てて確かめたのではないかというほど大量の素材を引っ張り出し、喧々諤々の議論を戦わせて私の夏と秋の衣装だという大量の図案を作り出した。

 彼らの用意した図案には、当面必要と思われるような普段着から、いつ何処で何のために着るのか皆目検討のつかないような豪華な晴れ着まで、実に多種多様な衣装が含まれていた。

 ただ侍従として働くだけの私に、一体どうしてそれほど多様で多数の衣装が必要なのか……。そもそもこの国の仕来りにも衣装にも詳しくない私にはさっぱり理解できない。


 必死の思いで階段を登り切り医薬院長の執務室の前に辿り着くと、私はほっと安堵の溜息をつきながら、ただいま戻りましたと小さく声をかけて執務室の扉を開けた。

 扉の下の細い隙間からほんのりと橙色の灯りがもれていたから予想はしていたのだが、扉を開けると室内にはまだいくつか明かりが灯され、応接セットの長椅子に寝転ぶようにして白蓮が書物を読んでいた。

 白蓮はすでに仕事を終え寝支度も済ませているのだろう。単の寝間着の上に柔らかな羊毛織の長い上着を羽織った寛いだ姿で、仕事中は一つに束ねている髪も下ろしている。積み上げたクッションの上を流れる銀髪が橙色の明かりをきらきらと反射し天の川のように輝いていた。

 決して心の準備無しに目にしていい姿ではない。私は目のやり場に困って視線を自分の足元に落とした。


 「早かったな? 明日の夜になっても戻らなければ使いを出そうと思っていたが」

 白蓮が書物から視線を上げずに声をかける。

 「明日の、夜……?」

 「よく輝晶が帰したな。必要な衣装は揃ったのか?」

 「恐らくは……。今日はもう戻っても良いとおっしゃったのですが……」

 「今日はか。ふふ、ではまだ数度は呼びつけられるであろうな」

 「え?」

 「あいつは変態だ。が、腕はいい。季節一つ分の衣装を一揃え仕立てようと思ったら、そのぐらいの時間は必要だろうよ。金も手間も掛かるが、その分満足できるものが仕上がる」

 「はあ……」

 私は気の抜けた風船のような返事をした。


 あれをまたもう一度させられるかと思うと耐えられる気がしない……。しかも変態って、さらっと言っているし。……よかった、そう思ってるのは自分だけじゃなかったのね。


 「ほら、おいで。髪も切ってもらったのだろう?」

 白蓮は書物から目を離さずにひらひらと手を振って私を呼ぶ。

 「はあ……」

 私は白蓮の元に歩きつつ、またしても気の抜けた風船のような声を出した。

 「おや、衣装選びは楽しかっただろうに? 女性の衣装を仕立てるのは実に面白いからな。男のは形も素材も限られていてなんともつまらぬ。私とて時間が許せばせっかくの機会、どれほど自分でやりたいと思っていたか」

 「はあ……」

 「……まさか其方、着られれば何でもいいとかいう桂夏のような事を言うのではなかろうな?」

 白蓮が半身を起こす。 

 「いえ……。その、ええっと、あの……。どちらかというと桂夏様に共感すると言うか……」

 「せっかく女性に生まれて、それは──」

 目のやり場に困って下を向いたまま白蓮の近くに立っていた私は、白蓮の声が急に途絶えたのを不思議に思って顔を上げる。

 「白れ……」

 するとこちらを見つめる白蓮と目が合った。

 目が合うと、白蓮は手にしていた書物を置いて体を起こし椅子に腰掛け直す。腕を組んでしばし黙考の後一言。

 「妖しいな」

 ぼそり、と呟いた。

 「私と其方と言う取り合せも絶妙だ」

 「あやしい……? あ、この髪型、あまり女性がするものではないですものね……」

 「いや、悪い意味ではない。其方の髪と瞳の色によく合っている。さすがは輝晶だと感心していた」

 「え?」

 「変わるとは思ったが、ここまで化けるとは……」

 白蓮は自分の唇に指を当てて再び考え込む。

 「輝晶は何か言っていたか?」

 「ええっと、髪型にですか? 確か……いやらしい? とか」

 「ふっ」

 「ああ、それと倒錯的だと」

 「ははっ」

 白蓮は非常に珍しいことに声を上げて笑う。

 「これでは明日から、扉の外に受付でも設けなければならぬだろうよ」

 「は? 受付……?」

 「ふふ、冗談だ。少々珍しい髪型だが問題なかろう。なかなか似合っている、前髪も気に入った」

 「それは……よかったです。白蓮様に気に入っていただけて」

 私は胸を撫で下ろす。

 「桂夏が掛け合って、今の衣装はしばらくはそのまま使って良いということになった。多少寸法の違いは気になるがまあ仕方あるまい。輝晶の仕立てが出来上がるまではそのまま着ていなさい」

 「はい、ありがとうございます」

 「色々尋ねたいこともあるが、もう遅い」

 そう言うと、白蓮は脇に置いた書物を手にして立ち上がった。

 「今日は休みなさい。明日からは桂夏が仕事を教えると張り切っていた」

 私は頷くと私室に戻る白蓮の後に続く。


 自分の部屋に戻ってぼんやりと着替えをしている時、ようやく私は白蓮がわざわざ起きて私の戻りを待っていてくれたのだと気がついた。

ようやく澪の身支度が整いました。

明日からついに白蓮の元で正式に仕事をはじめます!


••••••

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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