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お仕事は悪酔いにつき

ついに白蓮様を正面から見た澪。

なぜか耳を出せと言われて……。


※修正箇所があり再掲いたしました。

 私は出来るだけゆっくりと瞬きした。そしてさり気なく視線を白蓮の手元に移す。

  

 最初に思ったのは、なんて後ろ姿を裏切らない正面なのだろうということ。そして次に思ったのは、白蓮は青い瞳をしていたのだということだった。

 白蓮の瞳は、深い森の奥にある湖の澄んだ水面のように淡く透明な水色をしていた。まるで宝石のアクアマリンのようだ。切れ長の瞳、影を落とす長い睫毛、すらりと通った鼻、弧を描く眉、桃色の大理石のような唇に、白磁のように(すべ)らかな頬。全てが完璧な配置に収まって銀色の波間に埋もれている。


 人間……だよね? 


 私は一瞬、自分が剣と魔法の跋扈(ばっこ)するもっとファンタージな別の世界に再転生してしまったのではないかと疑った。そのぐらい非現実的な顔だった。

 時々瞬きして瞳が動き、微かに胸が上下しているからかろうじて生きているのだと分かるが、それがなければ天界の匠によって大理石から彫り出された、最上神の似姿だと言われても納得するだろう。もしくは神仙、精霊、神、魔王か──。


 道理で行く先々でじろじろと見られていたはずだ。茶を淹れに来た侍女が頬を染めるのも当然である。


 「み、耳ですか?」

 至って平静な風を装って聞き返した私に、白蓮はわずかに眉を(ひそ)めた。視線は白蓮の手元に逸らせているから、ぼんやりと視界の端に映る姿を見てそう思っただけなのだが。

 「そう言っている。早く出しなさい」

 「でも何で耳を……うわっ!」

 白蓮は何の前置きもなく、長い指で私の頤を掴むとぐいと横に向けた。私は驚いて反射的にその手を掴む。

 触れた手には体温があり脈があった。調薬で酷使されたのだろう指先の皮膚は厚く微かにかさついている。紛れもない生きた人間の手。そのことに私は密かに安堵した。

 私の場合、先に中身という白蓮の現実を知っていたのが良かったのかも知れない。人外の美貌をはじめて目の当たりにし衝撃は受けたものの、少しのやりとりで私はすぐに正気を取り戻した。中身は学者肌で少々ワーカーホリックで気難し屋のビジネスマン。相変わらずの白蓮である。

 並みの美人のように三日で飽きると迄はいかないだろうが、直視を避ければそのうちには慣れそうな気がする。


 白蓮は左手で私の(おとがい)を掴んで横を向かせると、右手で私の左耳を引っ張った。

 「い、痛いです!」

 「すぐに済む。桂あれを」

 「はいはい、只今」

 木製の四角い盆のようなものを持ってくると、私の頭を押さえる係は桂夏に代わった。白蓮は盆の上で何やら道具を準備すると、くるりと私の方に向き直る。

 「ひえっ! 白蓮様な、何を!!」

 振り向いた白蓮は右手に金属製の大きなペンチの様なものを持っていた。私は本能的な恐怖を感じて身を竦める。逃れようと踠くが、腹の前で抱え込む様に私の頭を押さえ込んだ桂夏はびくともしない。

 「大丈夫ですよ〜、すぐに済みますからね〜」

 桂夏が万力のように私の頭を固定しながら、満面の笑顔で心にもない言葉で患者を宥める医師のようなことを言う。


 こ、怖い! 怖すぎるー!!


 私は涙目になって海星を見る。しかし彼は目が合うと憐れむ様な目でふるりと小さく首を振った。


 お、おわた……。


 「すぐに済む。決して頭を動かすなよ、もしずれたら」

 「ず、ずれたら?」

 ごくりと喉が鳴る。

 「……ものすごく気になる」

 「ぶぶっ」

 いつの間にか白蓮の後ろから覗き込む様に移動していた弦邑が吹き出した。

 「気を散らせるな、弦」

 「院長手ずから札を取り付けるとはなんと贅沢な。おや、こんな細工一体いつの間に……」

 「触れるな、消毒済みだ」

 白蓮は強いアルコール臭のする何かでごしごしと私の耳を拭くと、金属製の大きなペンチを私の耳輪(じりん)に押し当てた。

 「や、やめ──」

 やめて、と言い切る前にぷちり皮膚の裂ける嫌な音がする。次の瞬間左耳が感電したようにびりびりと痺れた。焼けた鉄を押し当てられたように熱くなる。白蓮はその痺れの中心あたりを再び強いアルコール臭のする何かでごしごしと拭いた。

 「ふむ、悪くない」

 「ああ、なかなかいいねえ」

 「うんうん、よく似合っていますよ」

 「痛い……」

 ぽろり、と私の目尻から溜まっていた涙が粒となって溢れた。

 恐る恐る左耳に手をやると、長さ三センチ幅一センチほどの金属製の何かが、耳輪の軟骨に食い込んでいる。痛みの原因はこれだ。

 「これは……」

 再び目尻から涙粒が溢れる。熱は次第に鈍痛に変わり、脈に合わせてずきずきと痛んだ。

 傷の大きさだけで言えば指先ほどもないのだろう。しかし日本という文明社会に暮らしていれば紙で指先を擦り切る以上の怪我をすることなど滅多にあることではないのだ。


 「(ふだ)だ」

 白蓮は手早く道具を片付ける。

 「……札?」

 「環札(かんさつ)ですよ。官吏が個人的に雇う侍従に付けさせる名札です。表面に主名の情報が刻印されているのがわかりますか? 少々痛いでしょうが、これがあれば面倒な手続きなく王城や医薬院の執務室に出入りできますよ」

 「はい……」

 「因みに、環札は特殊な構造になっていて専用の道具がないと取り付けも取り外しもできません。飾りではなく公的な証書ですから、許可なく勝手に付けるのも外すのも重罪です。本当に重い罪に問われますから絶対にしてはダメですよ?」

 「えっと、では取り外しは……」

 「できません、一生」

 「ええ!? 一生……」

 私は無意識にじんじんと痺れるように痛む左耳に触れる。


 それは……まるで家畜の耳に付ける固体識別のタグではないか。私は急に悲しくなった。


 「でも悪いことではないんですよ? 身元だけではなく過去の経歴証明にもなりますから。特に澪君の様に身寄りのない場合はとても大切なものです」

 「はい……」

  私は桂夏の環札に関する説明に上の空で耳を傾けた。

  

 後々、私はその環札が考えていたよりもずっと有難いものであると知ることになるのだが、それはまだしばらく先のこと──。



  ふと気づくと、遠くで九の鐘が鳴っていた。

  この部屋に来てすでに二時間近く経過していることになる。

 「では、私はこの辺りで」

 と、海星が流れるような動作で立ち上がった。

 「澪、見送りを」

 「はい……」

 私は考えのまとまらないまま、白蓮に促されてぼんやりと海星の後に続く。海星は執務室の扉の前で立ち止まると、振り向いて軽く片手を上げた。

 「ここまででよい」

 「海、いえ海星様。本当に色々とありがとうございました。存じ上げなかったとはいえ近衛隊長様に大変なご迷惑を……」

 私は礼をとって深く頭を下げる。

 「いいんだ。名も前のように呼んでくれ。次の仕事が見つかってよかったな。白蓮殿のところであれば安心して預けられる」

 海星は少し屈んで上げた私の顔を覗き込む。

 「海様……」

 私は色々な気持ちが()い交ぜになって言葉が続かない。

 「澪、入城時の支度金はそのまま給与課に預けてある。何かあったらそれを使うといい」

 「はい」

 「元気を出せ。下女が殿上人(てんじょうびと)の侍従になるなど滅多にない幸運だ。白蓮殿に誠心誠意お仕えするのだぞ」

 私はこくこくと無言で頷く。海星はわずかに口元を緩めると私の耳元に口を近づけた。

 「また、折を見て顔を出そう」

 彼は低い声で囁くように呟いた。

 はっと見上げて目が合うと、海星はほんの一瞬、悪戯が見つかった子供のような笑顔を見せる。

 「では達者でな、澪」

 「海星様もどうかお健やかに」

 海星は振り返らず、ほとんど足音も立てずに、人事院長の執務室を後にした。


 私がぼんやりと海星の行った先を見つめていると、弦邑が笑い声を上げる。

 「いいねえ、若いって素晴らしいなあ!」

 「いいものを見せてもらいました。十は若返りますね」

 私が振り返ると、二人が盃を片手ににやにやしながらこちらを見ている。白蓮はくつろいだ姿勢で一人静かに盃を傾けていた。卓上にはいつの間にか酒壺が追加され簡単なつまみも並べられている。

 「あのお堅い騎士様を籠絡(ろうらく)するとは、澪君もなかなかやる」

 弦邑が顎に指をあててさも感心した風に頷く。

 「籠絡……? ご、誤解です!! 海様はとてもお優しい方だから心配して……」

 「君も隅に置けませんねぇ。ささ、澪君もおいでなさい。今夜は歓迎会ですよ」

 桂夏に促されて私は末席に控える。その後は酌も不要の無礼講(ぶれいこう)となった。


 皆が酒盛りしてそれぞれに過ごす中、私は一人静かに茶を啜る。

 ようやく今日も一日が終わるのだ。たった一日のうちにあまりにも多くの出来事が起こったため、私の頭の中は未だとっ散らかったままだ。でも今日はもうそれらを整理する気力もない。

 私は末席にちょこんと腰掛けて、相変わらずぼんやりと、先程の私と海星のやり取りを肴に盛り上がる弦邑と桂夏を眺めていた。


 「気に入らぬ」

 白蓮の呟きが聞こえたかと思うと、ぐいと前髪を摘まれた。前髪に引っ張られて横を向くとすぐ近くに白蓮の顔があり、澄んだアクアマリンの半眼が私を見つめていた。

 

 気に入らないって……まさかさっきのやり取りじゃないよね?

 弦邑様も桂夏様も悪ノリしすぎです!!


 雇われて早々に主人の不興を買った私は背中に冷や汗を流した。


 「この前髪、気に入らぬ」

 「は? え、前髪……?」

 「そうだ、前髪が特に気に入らぬ」

 

 よく見ると、半眼で私を見つめる白蓮の視線は何処かずれている。どうやら摘んだ私の前髪を見ているらしい。


 ……酔っている?


 白蓮は見た目も話し方も平時と全く変わらない。しかしそう思ってみると半眼なのが怪しく思える。語尾がほんのわずかだけど間延びしている気がしなくもない。


 「明日、祭礼局へ行け」

 「へ……?」

 「祭礼局には貸しがある」

 「は?」


 というわけで翌朝、二日酔いの桂夏に見送られて、私は訳もわからず祭礼局に向かうことになった。

次回は宮内院祭礼局に向かいます。


・・・・・・

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっています。

面白いお話をお届けできるように頑張ってまいりますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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