お仕事はウインクから
海に連れられて、西門にたどり着いた澪。
海はなにやら心当たりがあるようで……。
海の大げさな注意に、そこまで心配しなくても子供じゃあるまいしと考えて、ああそういえば今の自分は子供だったなと思い出す。
この世界での自分は、確か十五、六歳ぐらいの年齢だったはずだ。はずだ、というのはじっくりと鏡を見て確かめたことはないからである。しかし周りの反応からなんとなくそうだろうと確信している。
一番の決め手は、下女寮で同室の雪が、同じ歳の友達ができたと喜んでいたことだろうか。彼女はどう見ても十五、六の年頃だった。
ああ、そういえば……雪ちゃん、大丈夫だったかな……。
親切のつもりで白蓮様の執務室の清掃を交代してから早三日。
まさかこんな勘違いをされることになるとは夢にも思っていなかった。
逆に迷惑をかけてしまったな、と私がぼんやり空を見上げていると、通用口から海が顔を出し手招きする。
小走りで駆け寄ると、海の向こう側からひょっこりともう一人、別の男性が顔を出した。
歳は四十代後半ぐらいだろうか。白髪の混ざった髪と髭に日に焼けた肌。左頬には大きな三日月型の傷跡があり、それがいい感じのワイルドさを醸し出した妙齢のオジサマである。
「ほおお、これが噂の相手か! 思ったよりも若いな。お前もなかなかやるじゃないか」
オジサマは顎鬚を撫でながら、にやにやと肩先で海を小突く。オジサマはかなりの勢いで肩を当てたはずだが、仏頂面の海は微動だにしない。流石は騎士様の体幹である。
「沈、そこを退け。澪が入れん」
いつもの海とは一味違ったぶっきらぼうさの混じる物言い。二人は余程親しい間柄らしい。
「お、澪ちゃんて言うのか。可愛い名前だな! よろしくな澪ちゃん」
沈と呼ばれたオジサマは笑顔で手を差し出してくれる。
私はためらいつつも、ちょこんとオジサマの手を握った。
「俺は沈雨、沈と呼んでくれ。この西門の警備長だ」
沈雨と名乗ったオジサマはとびきりの笑顔でウインクしてくれる。あと二十年若かったら、かなりの威力があったのではと思わせる笑顔だった。人によっては今でも十分威力があるかもしれない。
「警備長様とは存じ上げず、大変失礼をいたしました」
城門の警備長は各院の局長に相当する役職だ。しかし私が急いで頭を下げようとすると沈雨は軽く手を振ってそれを制した。
「まあ、色々あって西門の警備長なんぞやってるが、俺も堅苦しいことは苦手でね。それよりも、さあ入りな」
「沈に部屋を用意してもらった。そこで話の続きをしよう」
先を歩く沈雨がにやにやとこちらを見返す。
「ほお、話の続きねぇ」
わざとらしい語尾の強調に、眉間に皺を寄せた海が後ろからさりげなく蹴りを入れる。完全に死角からの一撃だったにも関わらず、沈は軽い体重の移動だけでそれを躱した。
案内されたのは通用口からほど近い、奥まった場所にある一室。
「ここなら邪魔も入らんだろう。壁が厚いから外に声も漏れないしな」
後半、沈はわざとらしく海の耳元に口を近づけて囁く。海は思い切り顔をしかめると、容赦のない勢いで沈雨の顔を払いのけた。しかし沈雨はそれをひょいと戯けた仕草で避ける。身軽なオジサマである。
「話をするだけだ。澪おいで」
促されて私は中に入る。広くはないが品の良い調度品が置かれた四人掛けの部屋である。
正面には窓があり、部屋には明るい日差しが差し込んでいる。窓の向こうには小さな庭も見えるが、庭は生垣によってきっちりと仕切られ、外から中の様子が伺えない造りになっているようだ。局長が大店との会談に使用するような商談室の一つだろうと思われた。
「今日は夕方まで予定を入れておくから、時間は気にしなくていい。終わったらそのままにしといてくれ」
「この借りは、今度」
「気にするな。それよりも俺は安心してる」
「は?安心」
「氷華の騎士様に、こんな甲斐性があったとはな」
「その呼び方はやめろ」
「見たか、さっきのお前の顔。犬猫だけじゃなく人間相手にもまともな対応が出来るんじゃないか。お前のあんな顔、おっと!」
なんの前置きもなく海が仕掛けた足技を、沈は片足を上げて避ける。
「ま、楽しめよ」
朗らかな笑い声と共に、沈雨の足音は遠ざかっていった。
海は息をついて髪を搔き上げると、私に席を勧めてくれる。
「沈は煩いが、悪い男じゃない。腕も立つ」
「海様のお友達なのですね」
私はいつもの習慣で、何も考えずに長椅子の端にちょこんと腰を下ろした。その私の隣に当たり前のように海が座る。
「腐れ縁だな。さ、あの男のことはどうでもいい。それよりも澪、ここなら落ち着いて話せるだろう? 時間も気にしなくていい。この三日間に何があったのか教えてくれ」
海は長い足を組むと、椅子の背に片腕をのせて私の方に顔を寄せた。
ち、近い! 近いです海様!!
海の意外に長い睫毛までしっかりと見える距離だ。
私はなんとか動揺を表に出すまいとして一人奮闘する。
こんな時に、そんな事で、動揺しているような場合ではないのである。
ところで海様って、前からこんなお顔だったかな?
海には何度も会って顔も覚えているはずなのだが、いつも慌ただしい合間の時間で、常に私はどこか上の空だった。しっかりと目を見て話したことも、それどころかちゃんと御礼も言っていなかったかもしれない。
文字通り海は命の恩人なのに、そんな大事なことが曖昧になる程この国に来た頃の私は混乱していたし、この国にきてからの半年間は生きることに必死だった。
きっと海様にも混乱して訳の分からぬことを色々といってしまったはずだ。しかし、それでも海様は見捨てないでいてくれたのである。それは本当にありがたいことだった。
「海様、あの……ありがとうございます」
私は海に向かって深く頭を下げた。
「どうした、急に?」
「私、海様に森で助けていただいた時のお礼を、まだちゃんど言ってなかったと思って」
私は顔を上げると、しっかりと海の目を見つめて笑顔を作った。ちょっと照れてしまい、てへっとした感じになってしまったが気にしないことにする。
海はわずかに目を見開いて固まること数秒、ふと表情を和らげた。
「……ちゃんと聞いているよ。澪は礼を言ってくれている」
「そうですか、だったらよかったです」
「澪、何があったか教えてくれ。もし君の言いづらいことでなければだが……」
「海様、その……ご心配なさっているようなことは本当に何もないんです。でもどこから話せばいいか分からなくて……」
「どこからでもいい。君が話しやすいところからで構わない」
私は海に促され、この三日間の出来事を、ぽつりぽつりと話しはじめた。
この三日間の出来事、海はどのように受止めるのでしょうか?
ぜひ次話をお楽しみに!
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