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お仕事は逃避行から

澪の勘違いされ生活も二日目が終了。

久々の長風呂で夜もぐっすり快眠です。

さて、三日目はどうなるのでしょうか?

 翌朝、私は再び白蓮様に叩き起こされた。

 相変わらず急き立てられるように着替えと朝餉を済ませると、白蓮様の背中を追って執務室を飛び出す。時計など存在しない世界にも関わらず、今日も予定は分刻みだ。


 えへへ、でも全然平気だもんね〜。


 書類を抱えて小走りで白蓮様の背中を追いかけながら、私は一人でにやにやする。


昨夜、半年ぶりに心ゆくまでお風呂に浸かったおかげで、今日は心も体もすっかりリセットされているのだ。

 その上、白蓮様の謎のこだわりによって丁寧に手入れされた私の髪は、さらさらつやつやうるるんである。さらさら過ぎて今朝は結ぶのに難儀したほどだ。結局、前髪はいつものような感じにはならず途中で諦めた。

 そのせいか、白蓮様にやたらじろじろ見られたような気がするが、でも気にしない!


 そう、とにかく今朝は、体も、お肌も、気分も、最高にスッキリしていて爽快なのだ。細かいことは気にしない! どんな仕事もどんとこいである。

 よおし、今日も一日お仕事がんばるぞ! おー!!

 


 と、雄叫びを上げてから早一日。

 再び十の刻。日本時間で言うと夜の十一時頃。


 「だ、駄目だ……全然終わらない……」

 押し潰された蛙のような声を上げて、私は白蓮様の執務室にある応接セットの卓に倒れ込んだ。

 私の横には新しい書類の山が三つ、盛大な雪崩起こしている。夕刻、外出前に白蓮様に頼まれた仕事である。以来、脇目も振らずに取組んでいるが全く終わらない。終わらないどころか、終わりそうな気配もしない。

 白蓮様はというと、今夜は所用で城外に外出しており、明日の朝まで戻ってこない。


 確かに今朝はは昨夜の温泉のお陰で体調は万全だった。しかし午後に長時間の会議があり、予想外に精気を吸い取られてしまった。想定外というやつである。


 筆書きの議事録が三十枚って、どんだけ長い会議なのよ!

 ううぅ……もう、お風呂に入りたい……。


 二の刻に起きてからノンストップで十の刻。いくら体は十代でもさすがにしんどい。私は卓に突っ伏したまま、雪崩を起こした書類の山を見る。


 ……でも、もう少しだけ頑張るか。


 軽く頬を叩いて気合を入れ直す。

 仕事を頼まれると言うのは信頼されているということだ。終わらないにしても、せめて目処ぐらい立てて返さなければ申し訳ない。私の性分的に中途半端はとても気になるというのもあるが。


 そして。もう少し頑張って、心置きなくお風呂に入るのだ!

 その方がお風呂を十倍満喫できる。

 でへへへ、今夜は白蓮様も不在だしとにかくゆっくり浸かりまくるぞぅ!


 下心丸出しの私は、再び机に向かった。

 そうして気合を入れ直しもう一集中する。

 なんとか十一の刻まで粘ったのだけれど、そこが今日の私の限界だった。

 伸びをして気を抜いたほんの一瞬、長椅子の枕に寄りかかったわずかの隙に、私は眠ってしまったのである。


 ああ、お風呂入りたかった……。


 

 「──と、──だから」

 「──ではなかったのか?」

 

 深い眠りの底に沈んでいると、何処からともなく話し声が聞こえてきた。

 誰かがひそひそと囁きあっている。


 「おかしいですね、──」

 「──だろう」


 ああ、この高すぎず低すぎず、とても聴きやすいよく響く声は白蓮様だ。

 もう一人いるようだが誰かは分からない。はじめて聞く声だった。


 ……ぁあ、あれ……白蓮様の、声?

 そうか、もう城外から戻られたのか……。


 「──ので、僕が手配したのは甥なんです」

 「では別人だと?」

 「はい、全くの。でも一体どうしてそんなことに……」

 「さてな」

 「それよりも、甥が大変なご迷惑をおかけいたしました。まさか、こんなにすぐに音を上げるなんて。僕の教育不足です」

 「構わぬ。代わりが居たので特に問題ない」

 「え……問題ない? 白蓮様がそんな風におっしゃるなんて。その子、よほど優秀な子だったんですね。じゃあ、なおさら誰か調べないと」


 衣擦れの音と足音。

 なんとなく瞼が暗くなる気配。

 それで、もう周囲が明るい時刻になっていたのだと分かる。

 あぁ……目を開けなきゃ。

 でも無理。瞼が重くて開かないよ……。


 「……おや? 結構可愛い子じゃないですか。黒髪かぁ。真っ黒というのは少し珍しいですよね。瞳は何色でした?」

 「髪とほぼ同じ、黒色だ」

 「髪も目も黒いのか。だとしたら東方の出身でしょうか?」

 「さてな。だが名は分かっている、澪と──」

 

 がばりっ、と私は飛び起きた。

 気がつくと、長椅子の両側から白蓮様と見知らぬ男性がもう一人、それぞれ腕を組んで長椅子で眠る私を覗き込んでいる。


 「あ、起きちゃった」

 見知らぬ男性が呟いた。

 深緑の髪に丸顔丸眼鏡、ひょろりとしたした童顔の男性だ。

 どうやら先ほどの会話は、私の上で交わされていたらしい。


 ついに、バレちゃったんだ私……。


 頭が真っ白になる。

 側から見たら、文字通り顔面蒼白だっただろう。

 起き上がったものの、座ったまま呆然として声も出ない。

 「ねえ、君は一体──」

 「ご、ご、ごめんなさい!!!」

 私は大声で謝ると、そのまま執務室を飛び出した。


 勢いのまま階段を駆け下りて外に出る。

 中庭を走り抜けて前宮へ。

 さすがに三日も白蓮様の後をついて回っていれば、私も顔パスだ。

 私は足を止めず、黙礼して早足で警備兵の脇を擦り抜ける。

 走りながら、できるだけ人通りの少ない経路を選んだ。

 途中で涙が流れてきたからだ。

 涙は次々頬を伝い、ぽたりぽたりと顎から滴り落ちる。

 俯いて袖でさり気なく隠しながら、歩みを止めずに進み続けた。


 勘違いしちゃダメよ、私。

 私は自分で自分を叱責する。

 白蓮様に色々頼まれて、いい気になって仕事をしていたけれど所詮は人違い。私は下女なのだ。

 遅かれ早かれいつかは白蓮様も勘違いに気が付いて、元の仕事に戻ることになっていた。むしろ三日も気付かれなかったことの方が驚きなのだ。


 白蓮様ってそういうとこ、ちょっと詰めが甘い。

 それに資料の整理方法とか、身嗜みとか、謎のこだわりがありまくりだ。

 私は一人で小さく笑う。


 仕方ない。仕事は充実していて、寝台は快適で、お風呂にも入り放題なものだから、もしもこの生活が続けば──なんて、身の程知らずで非現実的な欲を抱いてしまった自分が悪いのだ。

 

 やっぱり、どこかでは元に戻らないとね。

 これが、この世界での私の現実よ。

 でも前向きに考えたら、私の仕事のスキルがこの世界でもある程度通用するって分かったわけだし、いい実験になったじゃない。

 

 やっぱり、仕事を変えよう!

 私は涙を拭いて顔を上げる。


 もっと読み書き算盤の活かせる、自分に向いた仕事を探すのだ。

 そして今回のような泡沫の夢ではなくて、もっとちゃんと地に足が着いて、長く続けられる仕事を手に入れるのだ!

 目指せ、安心安全の引退生活!!

 大丈夫、この世界ではまだ若いんだし、体力だけは余ってる。ちゃんと一から自分で作り上げられるわ。


 ……まあ意気込まずとも、三日も下女の仕事をサボってしまったのだ。クビにならないはずないけどね。


 私は一人で百面相をしながら早足で進む。前宮を出て、さらに王城の周囲を囲む城壁に沿ってぐるりと奥に進んでゆく。しばらくすると茂みの奥に王城の最果て、下女寮が見えてきた。


 問題はこの後のことよね。

 「はぁ……」

 私はため息をついた。


 三日間も下女の仕事を無断で放棄したのだ。

 解雇は当然として、その上でさらに罰則を受けることになるかもしれない。


 私の足取りは次第に重くなる。

 それでも、王城から城外に出るため、そして財歳院給与局に預けていた給金を受取るために、一度はそれなりの筋に申し出なくてはならないのだ。この場合それなりの筋とは下女頭の早である。


 「はぁ……」

 私は再びため息をつく。


 下女頭の早は、良くも悪くも至って典型的な小役人的人物だ。今自分が申し出れば、あの耳が痛くなるようなキーキー声で、くどくどと小言を聞かされることになるだろう。その後どうなるのかは分からない。出たとこ勝負である。

 

 私、事前に心の準備が出来ない会議って、本当に苦痛なんだけどな……。

 

 正直な気持ちだけを考えれば、このまま失踪したことにでもして、誰にも気付かれないうちに退城してしまいたい。しかし、転生者でこの世界に全く身寄りのない私は、無一文で城から放り出されるわけにはいかない。給与局預かり、すなわち貯金しておいた給与を引き出さなければ、今夜泊まるところも食事も手に入れられない。

 それに、城から出るためには、退城するための通行証の入手も必須だ。王城では入城と退城が同じように厳しく管理されている。そのため直近の入場記録がない者は、その都度発行される通行証を持っていないと、城外に出られないのだ。


 「はあああぁ……」

 三度目のため息である。


 嫌な展開になると分かりつつも、避けられない辛さ。

 覚悟は決めていたはずなのだが、それでもなかなか踏み出せず、私は下女寮の近くの茂みの陰をうろうろと歩き回った。


 背後でがさり、と枝をかき分ける音する。

 驚いて振り返ると、そこにいたのは(かい)だった。


 海は私がこの国に転生した一番はじめ、森で意識失って倒れていたところを助け、下女の仕事も世話してくれた恩人である。

 ここ数ヶ月は会っていなかったが、働きはじめてからもしばらくは時々様子を見に来てくれていた。


 「──澪?」

 「海様……」

 私はその場にへたり込んだ。

 引っ込んでいたはずの涙が溢れてくる。


 こんな、涙を武器にするようなことしたくない。

 だけど、ダメ。全然止められない……。

ついに、勘違いがバレてしまった澪。

下女寮に戻ろうとしますが、踏ん切りがつかないまま、偶然恩人の海に出逢います。

さて、海の人柄はいかに。


••••••

ブックマーク、評価等ありがとうございます。更新の励みとなっております。

面白いお話をお届けできるように頑張って参ります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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