雪だるま
重く淀んだ雲から白い雪が舞い落ちてくる。
庭へと目をむけると、猫の額ほどの庭には雪が分厚い絨毯のように積もっていた。
背後に気配を感じ、女は慌ててキッチンの小窓を閉める。寝巻き姿の男が冷蔵庫を漁っている姿が小窓に映りこんでいた。と、男が近づいてきた。
「おい」
酒臭い息が首筋にかかり、女はびくりと震えた。
「ごめんなさい。す、すぐにつまみになるものを持っていきます」
「これなんだ?」
男は乱暴に振り向かせると、持っているビールを女の頬に押しつけた。意味が分からず女は戸惑う。
「えっ、ビール?」
自信無げに小声で答えた。とたんに殴られた。
「いつも飲んでる銘柄と違うだろ!
何でこんなもん買ってくんだよ?!」
「ごめんなさい。いつものは売り切れてたの。そ、それで……
い、痛い、痛い!」
女は髪をひっ掴まれで悲鳴を上げた。
「だったら、売ってるところに買いに行け! 子供か?!」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。
痛い 止めて 止めて ヒヤッ」
頭からビールをかけられ、突き飛ばされる。
「もういい、ウイスキーにする。氷!」
脇腹を蹴りつけると男はリビングに戻っていった。
女はぐしょ濡れになった髪を少し撫でていたが、のろのろと立ち上がり、冷凍庫を覗く。
氷が一つもなかった。
ガチガチと奥歯がなった。
どうしよう?
女は手にしたアイスピックをぎゅうと握りしめた。
女はスコップを持つ手を休め、自分の作品を眺めてみる。
目の前には雪だるまが一つ。
満足気にため息をつく。
こんなに自由な気持ちになれたのは何時ぶりだろう
そう思った時、名前を呼ばれた。
振り返ると年配の女がいた。
「お義母様……どうしてここに?」
「あの子に会いに来たのに決まってるでしょ」
「あ、あの人は今、る、留守です」
「嘘おっしゃい。腹が減ったからなにか持ってきてとメールがあったわ。あなたのはとても食べれないって」
年配の女は言うと家に上がっていく。
「待ってください!」
女は慌てて追いかけた。
リビングでようやく追いついたがもう遅い。年配の女は目の前の惨状に声もなく立ちすくんでいた。
ため息をつくと女は持っていたスコップで……
灰色の雲から雪は休むことなく落ちてくる。
これなら一月は溶けないかしら、と空を見上げて女は思う。
どこへ行こう?
行けるところまで
女は玄関の鍵を放り投げた。
鍵は雪の積もった庭にかさりと落ちる。
庭には大きな雪だるまが一つ。
そのとなりに少し萎びたものがもう一つ。声もなく佇んでいた。
2021/12/07 初稿