王道の怪奇現象
キーワードにも書きましたが、一部に(精神込みで)衛生上の不快表現が有ります。
苦手な方は回避を念頭に置いて下さい。
ここは地方のとある小さな神社を囲む、神社とは反比例な規模を誇る鎮守の杜。
そこの一角に1人の男性が訪れた。
姿は黒を主とした、暗色の色で統一された衣服で固め、人里の中にある場所だと言うのに登山リュックを背負う変人だ。
「ここか。 ここがこの地域で有名な怪奇スポットか。 ここでかくれんぼをすると、神隠しに遭うって。 ふふふふふ」
どうやら、どこにでも潜むオカルトマニアの1人みたいだ。
「元々ここにあった村が呪われて、悲劇があった後にチカラを持ったスポットと聞いたけど、そう聞いてしまったら試してみなきゃ気が済まないよなぁ」
この男性、かなり危ない思考を持っていた。
そこらの怪奇スポットは大抵に“元”が付く安全な場所である。
わざとそれっぽい雰囲気の場所を残して、肝試しさせて満足させて帰らせる。
何度かそんな場所をめぐれば、大抵の人間は満足したり飽きたりして行かなくなる。
その為の場所が多いのだ。
本当に危ないスポットは上手く周囲に溶け込み、そうと思わせない工夫がされていたり、怪奇スポットであっても踏み入れるのに躊躇するような場所にしたり。
今回の場所は後者だろう。 鎮守の杜だ。 遊び場所を探す子供が時々踏み入る位で、しかもそこで態々かくれんぼはしないだろう。
鎮守の杜にあるのは木だけ。 隠れる場所があまり無いので。
登山リュックからいくつものカメラや三脚を取り出して設置し、周囲や自身の姿を動画で撮影し始めた。
「では、早速」
男性は意気揚々と、木と腕で視界を塞いだ。
~~~~~~
オカルトマニアの掴んだ情報は、歪んだ情報だ。
実際は呪われたのではなかったのだ。
戦国時代。 この辺には川が無く、掘った複数の井戸が生命線の村だった。
そこにふらりと現れた、見知らぬ行商の集団。
別の場所に向かう途中で、水の補給を兼ねて寄ったと言う。
それで折角だからと少し商売をして、その行商団は去っていった。
それからだ。
村の全員が病気にかかった。
腹部に激痛が走り、治まらない下痢。
他にも異常な発熱・発汗、関節痛、霞む意識、食欲不振等々。
誰もがまともに動けず、寝たきりが次々に増える。
そしてその内、身体中の水分が不足し、水を求めるようになる。
脱水症状がひどいのだ。 空腹もつらいが、水分不足がそれよりなにより直接的に効く。
最初は家の甕に溜めた水でしのいでいたが、それも無くなった。
なのでなんとか水を得ようと、ボロボロの身体にムチを打って井戸へ向かう。
そして、誰も帰ってこなかった。
井戸で水を汲む力が残っておらず、みんな力尽きて井戸へ転落してしまうのだ。
近くで井戸へ落ちる者を見た村民も、助けようとするが力が足りず、逆に落ちる。
こうして、ひとつの村が消えた。
後の調査で、井戸に何かが投げ込まれ、水が汚染された結果だと推定。
その投げ込まれた何かの特定は不可能だった。 村民の水没遺体で、既に水が汚れきっていたので。
もちろん井戸をそのままには出来ないので、井戸は土で埋められ、水没した遺体ごと葬られた。
いや、水没した者達だけではない。
後で病死した村の者全て、井戸を土饅頭の棺桶に見立て、遺体を全て井戸へ放り込んで埋葬した。
それで埋葬時に捧げられた念仏やお祓いごときでは昇天できず、水を求める村民の執念が怨念となり、呪いのスポットとなったそうだ。
~~~~~~
「もーいーかい?」
その村では症状が軽く、まだなんとか動ける者が家々を回っていたらしい。
もーいーかい? と家の戸を叩きながら、治っている奇跡と期待を込めて。
そして毎回毎回、まーだだよ と治っていない返事をされ、落胆する。
たっぷりと10秒はかけて気を取り直し、また違う家で治っているように再び願う。
「もーいーかい?」
まーだだよ。
裏切られる期待と願い。
「もーいーかい?」
まーだだよ。
いつか聞きたい、快復の声。
期待と願いばかり募るが、それは既に狂い切っており、募り方がおかしい方向へ折れ曲がっている事にすら気付いていない。
「もーいーかい?」
まーだだよ。
いつか聞けると信じ、歩き回れていた者もやがて症状の悪化で倒れ動けなくなり、訪ねられる側となり果てた。
………………ああ、いつか。 いつか聞ける日が来ます様に。
その願いは、ゆっくりと井戸の呪いに引き寄せられ、執着と怨念へ変わっている。
「…………ここのスポットもガセだったか、残念。 検証はもういいな」
その言葉を聴きたかった怨念は、遠慮などしない。
「さて、片付けて帰r――――」
聴きたかった言葉は、ちょうど真上から聴こえた。
待ち続けた時間に比べれば、土なんか障害にもならない。 むしろ家の戸を開けるのとなんら変わらない。
待ち望んだ、病気から治った者なのだ。 井戸の底でねむる者達は歓喜の感情で満たされる。
治った者を祝福したくて、腕を伸ばし、掻き抱き、よく頑張ったなと祝ぎたい一心で。
動作は一瞬。
男性の足に何やら湿り気のある腕の陰が大量に巻き付き、地中へ引き摺り込んだ。
ここに遺っているのは、男性が置いた登山リュックと設置したカメラのみだった。
ひねり無しの王道。
過去を語り、かくれんぼの要素を混ぜ、結果を見せる。
執着と怨念の地縛霊集団、喜びで生者を引き込み神隠し。
怨念でありながら嬉しさで行動し、災いをもたらす。 なんとも迷惑な地縛霊集団か。
と言うか。 怖い場所だって聞いたのに、危険性も考えずやって来るような悪い子は、ドンドン 仕舞っちゃおうねぇ。