① 終わりの始まり
あり得ない
摩耶は心の中で叫んでいた。一つの侵食球から一つの侵食体、つまりDDは一体のみ。17年前の第一襲来からDDの襲来は100を越える事例があるが、一つの侵食球から複数のDDが顕現するなど聞いたことがなかった。
いや、本当にDDが現れるのだろうか。もしかしたら侵食体が分離しただけでなにも起きないこともあるかもしれない。前例がないのだから、ないとは言えない。
「DD 確認!」
スカウターを制御している吹雪恭介3尉の報告が摩耶の希望的観測をあっさりと打ち砕いた。
例の深淵からヌルリと女が現れた。
緑色でバサバサのロングヘアー。盛りすぎて大きくなりすぎたような両目。目の間も開きすぎている。逆に鼻も口もなかった。深淵の縁に両手をつき、ずりずりと上半身を現す。垂れ気味の二つの乳房がゆらゆらと揺れる。
と、再び手が現れ、ぐいっともう一段女の体が深淵から競り出す。
四つの手と四つの乳房が姿を現した。
「レジストコード 参照開始……」
オペレーターの声を尻目に更に深淵から三度手が現れる。
摩耶は少し吐き気を覚えた。
「レジストコード 照合不能 unkown! unkownです」
一つの侵食球から連続して顕現するDD
そして、現れたDDはunkown
すべてが異例尽くしだった。
果たしてこれは偶然なのか、それとも双美市内にある例のものと何か関係があるのか?
腕を組んだまま、じっとメインスクリーンを眺めたまま摩耶は目まぐるしく思考を巡らした。だが、いくら考えても結論にはたどり着けない。あまりに情報が少なすぎる。仮定に仮定を重ねても真実にはたどり着けない。
今はそれより、やるべきことをやるしかない
摩耶は唇を噛むと、命令を下す。
「双美山に新たに現れたunkownを目標にセット。
直ちに迎撃にうつる」
「了解 目標 双美山山頂のDD
レジストコード『unkown』!
マーカーナンバー 0020 セット!」
スクリーン上で蠢くDDに『0020』というタグが付与される。メインスクリーンにはDDがその全容を現していた。
深緑の髪。大きな目は人というには大きすぎ、間も離れていた。どことなくカマキリかカメレオンを連想させる。
DDはどこか人に似て、それでいて人ではあり得ない形態をしていた。それが見る者の神経に障る。
長い上半身に三対の腕と乳房を持つ、それは鎌首をもたげたコブラのようだった。だが、蛇とは異なりそれは腕と同じように三対の人の足を持っていた。足と言うパーツだけで見るなら脚線美すら感じさせる綺麗な足だった。
なぜか「負けた」という敗北感が摩耶の胸をチクリと抉った。心の中の歪んだ妄想を払いのけ、スクリーンを睨み付ける。
大蛇に人の手足を三対つけた化け物。それが史上初めて姿を現していたDDの姿であった。
「頭から尻尾までの長さおよそ70メートル」
でかいわね、と摩耶は思った。
カテゴリー3とは思えない。まさかのカテゴリー4なのか、と摩耶は軽い目眩を覚えた。が、とにかくやるしかない、と自分に言い聞かせる。
「第4小隊を進出させて、0020を迎撃させなさい。第3小隊は一旦後方に下げて、フィルタの回復!」
そう指示を飛ばすと摩耶のコンソールの通話パネルに人が映った。それは第32特務大隊大隊長、鈴谷怜奈1佐だった。
「鈴谷1佐 意見具申」
2021/04/11