⑦ それがここでは起きないと何故思ったのか?
床でなにが動いた気がした。
早苗はそれを確かめようと視線を落とした。
しかし、床に動くものも、動きそうなものもなかった。ただ、自分のつくる影がチラチラとうごいていた。
妙な違和感。
じっとしているのになぜ影が動くの?
早苗は上を見た。
踊り場の側壁には採光のための窓があった。
床の影が動くのはそこから差し込む光が変化しているからだと気づく。そして、光が変化する理由を一瞬で理解した。
窓には異形の顔があった。トンカチのような頭。両端の巨大な複眼が無機質にこちらを見つめていた。
「あっ」
パリン!
早苗を声を上げる。とそれを合図にするように窓を割り、DDが踊り場に飛び込んで来んできた。割れたガラスの破片が雨のように降りかかってきた。
腕で頭と顔をカバーしながら後ろへと下がる。すぐに背中が壁にぶつかった。頬にチカリと浅い痛みを感じる。
ガラスの雨は一瞬で止んだ。顔を上げる早苗は目の前の光景に息をのむ。
DDがハウンドのボディに触手を巻き付け持ち上げていた。
「きゃあ!」
早苗は悲鳴を上げた。
DDが持ち上げたハウンドを壁に打ち付け始める。何度も何度も打ち付ける。コンクリート製の壁が砕け、穴が開いた。
「あっ、くそ!」
パイロットルームで由真は歯噛みする。
完全な不意打ちに不覚をとった。
なんとか戒めを解こうとしたが胴体に触手を絡まされて持ち上げられるとハウンドの構造上、できることはほとんどなかった。12.7ミリを乱射して跳弾に期待しようかと考えたが、近くにいる早苗に当たる危険を考慮すると出来ない。急いでハウンド01を戻しているが螺旋階段を降りるのに手間取っていた。四つ足がこれほど屋内での活動に役に立たないとは思ってもいなかった。
02のモニタ画面に亀裂が入り、ブラックアウトした。ボディは超硬度のカーボンナノファイバー製なのでコンクリート壁にぶつけられてもどうということはないが、カメラのレンズはそうはいかなかったらしい。
まずい。状況が分かんないよ
由真は焦った。カメラがなくては様子が分からない。マイクが拾うガシガシという音で、まだDDがハウンドを壁にぶつけていることが辛うじて分かった。
ガシャン
一際大きな音がしたかと思うと静かになった。
音が止んだ。壁に打ち付けるのを止めたのか?
カメラがないから状況が分からない
とりあえず立たせてみる。幸い正常に立った。脚部には異常は無いようだ。
そうだ、赤外線センサ!
熱源探索用の赤外線センサの存在を思いだし、オンにする。
全体的に青地の画面に赤色の熱源が2つ現れた。しかし、画素が粗すぎてどちらがDDなのか判然としない。
えっ、どっち? どっちがDD?
由真は迷う。迷いながらそんな時間はないことも自覚していた。ハウンドへの攻撃を止めたということは攻撃対象をハウンドから早苗に切り替えたことを意味しているからだ。
今止めなくては早苗さんが危ない
『しゃがんで下さい!
すぐに、しゃがんで!!』
由真は大声で叫ぶ。赤外線カメラが作る2つのもやの一つが声に反応して形をかえた。
由真は、12.7ミリを声に反応しなかった熱源に向けて撃ち込んだ。
6本の腕が葵の飛天に左右から襲いかかる。
葵は回避行動を取らずに、DDの胴体を抱えたまま前、前へと押し続けた。
「FC 18 16 14 12 10 8!
フィルタ持ちませんよ!
回避してください」
戸田が悲鳴を上げる。
「ダメよ。 後50メートル!
それよりSSIBはどうなってるの」
「えっ、えっと、まだ、なんとも……
あああ、次、爪きます! よけて!」
爪の第2波が再び葵に襲いかかる。その爪の軌道が葵に当たる直前急にふらふらと乱れ、全て外れた。
「させないよっと!」
いすずの声だった。
いすずが《0020》の背後から首に腕をかけ、両足で6本の腕をがっちり極めた。
「いすず! グッジョブよ!」
葵は叫んだ。
「こちら、由真。SSIB起爆装置の確保完了。
いつでも活けます」
由真からの連絡も入ってきた。
「よし! このまま一気にいくよ!」
葵は叫ぶと再び全身でDDを押し始めた。踏み締める道路が圧力に負けめくれ、もりあがる。しかし、かまうことなく葵は更に力を込める。ジリジリ、ジリジリとDDは後退していく。
爆心予定区域まで後40メートルを切った。
「良い感じに歯車が噛み合ってきましたね。
これ、勝てますよね!」
さっきまで悲鳴を上げていたのが嘘のように戸田は明るい声で隣の秋月春樹チーフオペへと声をかけた。チーフオペはSSIB起爆部隊の再編成をしていて忙しいだろうが、戦闘の経緯は理解しているはずだ。と戸田は思っていた。
そもそも、SSIBの起爆は最上って女の人と名取2尉がやってくれそうなんだから、もういい加減、メインオペの代行を止めても良いんじゃないか、とも少し考えていた。
「それから、そろそろオペ代行、止めても良くないで……えっ……あ、秋月曹長……どうしたんです……か?」
秋月は背筋をピンと伸ばして、呆けたようにぱっくりと口を開けていた。どこを見ているのか分からない。こめかみの静脈が膨れ、ミミズのように脈打っていた。
「あ、あ、あああ」
ぐるんと白目になると全身を痙攣させながら意味不明のうめき声をあげ始めた。
「秋月さん、どうしたんです?!」
技術医官である玉波佐和子が席を立ち、痙攣する秋月チーフの体を押さえようとする。
ドスッ
鈍い音がした。
「えっ?」
意外な、あまりに意外そうな声を出したのは佐和子だった。下腹部の違和感にそっと視線を落とすと脇腹とみぞおち付近になにかが突き刺さっていた。そのなにかは秋月の背中から突き出ていた。
「なに……これ」
佐和子は呟く。その口からツーと鮮血が筋となって垂れた。
「うががががぁー」
秋月の痙攣が激しくなる。手足をバタバタさせ始める。
ジャキン ジャキ
手足を振り回す度に体から鋭い刺が出現した。何本もの刺が佐和子を刺し貫く。が、既に佐和子は絶命しており、悲鳴も上げること崩れ落ちた。
「うわ、うわ! うわーーぁ!
秋月さん、秋月さん!!」
戸田はパニックになり大声を上げる。腰が抜けて椅子から立ち上がれないでいた。一方、秋月は叫ぶ戸田に応えるようにゆらりと立ちあがり、刺だらけの体で戸田を抱き締めた。
「うぎゃあ!」
絶叫と鮮血がオペビークルをあっという間に蹂躙した。




