③ セクハラをしている場合ではない
「Aポイント通過 計画通り Bポイントへ誘導中!」
いすずの声が響き渡る。
真一は戮天のコントロールルームのシートに座ったまま、その声に黙って耳を傾けていた。
「おーい、大丈夫か?」
スクリーン側面へ顔を向ける。幾つものフェイス画面の1つにマッシュショートの女が自分を見詰めているのに気がつく。
由真だ。
戮天に乗って戦うことを承諾するとすぐに紹介されたのがこの女性だった。医務室でちらりと顔は見たが、名前を正式に知ったのはその時が最初だった。
『名取由真2尉よ。彼女と彼女のチームが戮天での君のサポートをします』と、Web会議で葵に説明受けるのと同時に目の前に手が差しのべられた。そこには、今、スクリーンのフェイス画面に映っているのと同じ顔があった。
「……大丈夫です」
「そんなに緊張すんな。上手くいくよ。
二人であんなに組んず解れつしたんだから」
そう言うとニッと笑う。
だが、真一は不機嫌そうに小さく喉を鳴らした。
「その手の冗談は良いですから」
「なんだよ~、ほんとのことでじゃん」
とんだセクハラ発言だ、と真一は思う。
確かに1時間ほどタックルのレクチャーを受けた。抱きついたら頭を相手の胸につけて、全身で重心を下げる練習だ。
最初、頭をつけるとどうしたって柔らかいものが当たるんで面食らった。反射的に力が緩んで何度も簡単に転がされた。
それは、事実だ。だが、絶対に誤解されるような言い方をしてからかっている。そう思うと腹がたった。
「誤解されるような言い方をわざとするのは止めてください」
「いや、そんなに照れなくてもいいだろ?」
「照れてません。後で余計な風評被害を訂正するのが面倒なだけです」
真一は視線を由真の背後へと向ける。視線に釣られて後ろを見るとそこには早苗が立っていた。早苗もまた、戮天のアドバイザーとして真一のサポートとしとオペビークルに乗っていた。
由真と早苗の目が合う。さすがに悪のりが過ぎたかと由真の顔が少し赤くなった。
「ありゃ……
ま、まあ、これで少しは緊張がほぐれたかな」
由真が慌てて言い訳じみたことを口走ったその時、葵の緊迫した声が響いた。
「ワークホリック、ワークホリック、聞こえるか? そちらの状況を報せよ!!」
声のトーンからなにか良からぬことが発生したのはすぐに分かった。それは真一だけではなく由真たちも伝わっていた。
由真とチーフオペの工藤が状況を確認しようと躍起になる。
「なに? なにが起きたの」
「うお、こりゃ。カテゴリー1……
SSIBの操作部隊にDDが現れてる」
「はっ?! なんでDDがそんなところに急に現れるのよ」
「いや、これ、多分、デモナイゼーションが起こったんだ。ワークホリックのメンバーの誰かがDDになっちまったんだと思う」
「全く! 最悪ね。
他のメンバーはどうなったの? 連絡は取れないの?」
「いや、無理だ。メンバーはオペレータだけだぜ。戦闘要員も装備もない。多分、全滅だよ」
「全滅……
そしたら誰がSSIBを起動させるのよ?」
由真の問いに工藤は首を横に振った。
「誰も居ないよ」




