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⑥ 熊野課長の野望

「ふん。1.83……足りないな」


 熊野の言葉に由真は口元を少し震わせると、そうですか、とだけ言った。


「もう少し時間が経過すればもう少し上がるかもしれないが規定値を越えることはないな」

「もう一回投与したら上がりませんか?」

「どうだろう……

動物実験では連続して投与して数値が上がったという事例はないな」


 熊野は机の上で組んだ手の上に顎を乗せたまま、じっと由真を観察していたが、で、体調は? と尋ねた。


「特に悪いところはありません」

「倦怠感、目まいの兆候は?」

「ありません」

「ふむ。よろしい。血液のサンプルを取っておきたいので、向こうの方で採血してもらってくれ。採血が終わったら元の任務に戻ってくれて良いよ。

ああ、分かっているとは思うが任務に戻っても少しでも体の変調を感じたら報告してくれ」


 熊野は由真に関する書類を机の片隅の他の書類の束の上においた。もう、それっきり、これっぽっちも目の前の由真に見向きもしなくなる。由真はなにかを言おう少し口を開きかけたがなにも言わずに虚しく閉じた。そして、席を立った。

 熊野はその後ろ姿を一瞬だけ見やるとすぐに視線を別に移す。視線の先は麻衣だった。

 麻衣はずっと治療室の小さな椅子に身じろぎもせず腰かけたままだった。由真の投与をした時からなのでかれこれ1時間になるだろうか。

 銀色と呼んだほうがよい白髪に、肌も新雪のように純白。

 能面のような表情で背筋を伸ばして座る姿は雪で作られた人形と言われても納得してしまいそうだ。

 由真や麻衣が着用しているレヴァネーセスパイロット専用スーツは、彼女たちが搭乗する機体と同じカーボンナノファイバー製で、防刃、防弾、断熱に優れているだけではなく驚異的な薄さと伸縮性を誇っていた。つまり、着ている者の体の線(ボディライン)を忠実に再現するのだ。そのため、ギリシャの彫刻のようにも見えた。ここまで来ると一つの芸術品だな、と熊野は思う。そのまま無遠慮な視線で麻衣の肢体をゆっくりと上から下へとなめた。

 

「さて、絹川2尉。お待たせした。君の番だ」


 麻衣はその赤い瞳をゆっくりと熊野の方に向けた。




「気分はどうかね」


 増強剤の投与を終えた熊野は麻衣の顔色を伺いながら問いかけた。


「特になにも」


 相変わらずの無表情で麻衣は答えた。


「よろしい。では、少し休んでいてくれ」

「はい」

「気分が悪くなったり、体に変調があるようならすぐに言ってくれ」

「はい」


 必要なことをだけを答えると麻衣は席を立ち、さっき座っていた椅子へと戻った。

 まるでロボットのようだ、と熊野は奇妙な感心をした。知れば知るほど興味が湧いてくる。彼女の精神構造をじっくり解析してみたい衝動にかられたがじっと抑える。今はまだ優先すべきことがあった。

 熊野はファイルから1枚の書類を取り出した。その紙の1ヶ所へ目を向ける。


『DoL 1.81』


 思わず口笛を吹きたくなる数値だ。

 その2行上には『最上真一』と記載されていた。


 この少年はなかなかの掘り出し物だ、と椅子の背もたれに体をあずけながら熊野は思った。


 掘り出し物と言うより特異点と言うべきか


 DoLの平均値は0.1。実は男女で明確に差異がある。女性の平均値は0.2で、男はほぼ0だった。レヴァネーセス乗りが女性ばかりなのにはそれが理由であった。男はシナプスリンクに激しい拒絶反応を示すものなのだ。故に、この真一少年の1.81という数値は異常だ。


 やはり、DDにつけられた傷が原因だろうか……?


 DDに襲われた人のDoLが上昇する現象は事実だった。そもそもDoL増強剤はそういった事例の研究成果であった。


 それにしても上昇値が大きすぎる。今の環境、コクーンの中、と言うのも関与しているのかもしれない。熊野は手の中にある増強剤のビンをもてあそびながら考えを巡らせた。


 もし、この少年に増強剤を投与したらどうなるのだろうか? そんな、興味がふつふつと湧いてくる。

 熊野は少しの身じろぎもせず考えていたが、急に口元を歪めて笑った。そして、電話を手に取った。


「熊野だ。先ほど診察をした最上真一くんにつなげてくれないか?」




「はい、最上です」


 ほどなくして真一がでた。


「ああ、熊野だ。さっき取ったデータを見ていたのだが少し悪い結果がでてね、それで連絡をさせてもらった」

「悪い……結果ですか?」

「ああ、いやいや、そんなに深刻な話ではないよ。ただ、予防のためにちょっと投薬をすべきだという結論に達したんだ。なに、ワクチンみたいなものだよ。

申し訳ないがすぐに医務室まで来てもらえないか?」

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