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④ 真一の受難

「真一君、ちょっと良いかしら?」


 声のする方に目を向けると、それは露子だった。

 母親との再会を果たした後に待機場所として案内された小さな会議室でのことだ。

 会議室には真一の他に碧と双葉が何をするでもなく、手持ちぶさたそうに座っていた。

 3人とも疲れてきって会話もなかった。

 そんな時の事だ。


「時間が取れたからさっきの傷の手当てをしたいのよ」



 露子にそう言われ、真一はあらためて腕の傷を見た。大きめの絆創膏(バンテージ)が貼られている。


「いえ、痛みもないし、別にこのままでも良いです」

「駄目よ、駄目。それは普通の傷じゃないのだから、ちゃんと精密検査しないと駄目なのよ。そういう規則なの」


 なにもかも億劫だった。正直放っておいて欲しかった。だからもう一度断ってみたが露子は頑として聞き入れなかった。

 首をぶるぶると振ると力説し、規則だの一点張りで、真一の腕を掴むと強引に医務室へと連行した。



「大げさだと思いますよ。本当に大丈夫ですから」


 無理やり椅子に座らされながらも真一は虚しく言い訳を続けた。


「だから規則だって言っているでしょ。ちゃんと治療しないと隔離されちゃうわよ」


 露子の言葉に真一は少しどきりとした。今まで考えもしていなかったがふとゾンビ映画のイメージが頭を過った。


「隔離って、DDってなにかヤバい病気とか持っているんですか?」

「いえ、別に固有の感染症みたいな事例は報告されていないけどね。そもそも生態とかが良く分かっていないから、なにが起こるか保証できないってことよ。

だから、大人しく治療を受けときなさい。

まっ、でも、君を襲ったタイプ、ガスーって言うんだけどね、これは特に変な毒とか持ってはいないようだから、そう心配は要らないけど……」


 バンテージを剥がした露子の言葉が止まる。


「えーー、なにこれ。えっ、ちょっと待って」


 露子が驚いたのも分かる。真一の腕にあった3本の引っ掻き傷が紫と黄色とオレンジ色が混ざったような見るからに毒々しい色に変貌していた。露子は急いで医療用手袋をはめてから、患部にそっと触れてみた。


「痛くない?」

「全然痛くはないです」

「熱もなさそうね。感覚はあるかしら。私が触っているの分かる?」

「分かりますよ。確かに見た目はどきついけど、打ち身の内出血みたいなもんじゃないですか?」

「う~ん。どうかな……

とりあえず患部のサンプル採らせて貰うね」

「どうぞ」


 露子はハサミとピンセットを使って手際よく真一の傷のサンプルをシャーレの中に収めた。


「君、見た目よりも豪胆だね」


 それを黙ってみている真一に露子は感心したように言った。


「そうですか?」

「そうだよ。DDみたいな得体の知れない存在につけられた傷がこんな風になってたら普通心配で気分が悪くなったりすると思うけどね」

「ですかね。別に痛くもなんともないから、あまり気になりません」


 そんな話をしていたらドアが開いた。


「増強剤を投与してから1、2時間かけてDoLはゆっくり上昇していく。なので、1時間ぐらいの時間差を置いて投与することをお勧めするよ」


 声のする方へ真一と露子の視線が自然と向いた。

熊野と目があった。

 その後ろにレオタードのような服装の女性が2人ついていた。

 1人は熊野よりずっと背が高い。180はありそう。もう1人も熊野より背が高かったがほんの少し。それよりも髪の毛が真っ白なことが真一の目を引いた。


「あっ、熊野課長。良いところに」


 露子は熊野の姿を認めると声を上げ、手招きをした。


「すみません。ちょっと相談に乗ってください。実は、この真一君。DDに引っ掻かれたのですがその患部があまり類例のない状態で……

お時間あるなら少し見てもらいたいのです」


 熊野は一瞬煩そうな表情を見せたが、真一の傷を見たとたん態度をくるりと変えた。


「ほう、これは、また興味深い」


 顎を手でさすりながら熊野は1人呟いた。


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