② 適合者問題
「私のDoLは0.87。私たちの中で一番DoLが高いのは絹川2尉ですが、それでも1.16です。
2.21と言うのはあり得ない数値です」
葵の言葉を局長が受けて問うた。
「つまり、折角の戦力なのに使えない、と言うことですか?」
「今のままではそうです」
早苗は表情を曇らせると答えた。たちまち警備部長が騒ぎ始めた。
「なんだ、それ。そんなものなら最初から期待をさせるなよ」
「私は状況を打破するために全ての可能性を出そうとしただけです。今は、そこから出来ることをみんなで話し合うのではないですか?」
「で、その戮天とやらはどうやって動かすってんだ?」
「だから、それは……」
警備部長の吐き捨てるような言葉に早苗は唇を噛み締め反論をしようとした。それを、熊野課長が遮った。
「ああ、それなら解決できる方法があるかも知れん」
「解決できる方法がある?! 本当ですか?」
早苗は驚いたように言った。
「まあ、可能性の問題だがな。
開発中のDoL増強剤がある。使うと0.5から1.5程度上昇する。
その薬をそこのお嬢さんたちに投与すれば、もしかしたら戮天の適合値を満足できるかもしれない」
「待ってください。その増強剤、治験はどこまで完了しているのですか?」
「特殊毒性研究が終わってこれから臨床第Ⅰ相試験にとりかかる段階だ」
「それは、人体に対する影響はこれから調べるということですよね?」
「毒性チェックは終っているから、投与しても死にはしない」
熊野は平然と言いはなった。
「長期でみた場合なんらかの問題が発生するかもしれないが、どちらにしてもこのままでは化け物になってしまうか、化け物の腹の中に収まることになるんだから大した問題ではないだろう」
「ふざけないでください!」
早苗は声を張り上げて立ち上がった。椅子が倒れて耳障りな音を立てた。しかし、熊野は冷ややかな一瞥を早苗に投げかけただけだった。
「君がいきり立っても仕方ないだろう。
無理に、とは言っていない。僕も可能性、選択肢の話をしているだけだ。
投与するかしないかは、そちらのお嬢さんたちの判断に委ねるよ」
熊野の視線は仁王立ちする早苗を突き抜けディスプレイに映る葵のフェイス画面に向けられた。
「その開発中の薬を投与して場合、具体的にどんなことが起こるのですか?」
葵の声は実に冷静だった。
「少量の試験投薬では際立った副作用は見られなかった。長期的な課題、発癌性や催奇性はモルモットなどの動物実験では見られなかったが
、それが人体にも当てはまるかはこれから検証するところだからなんとも言えない。
ぶっちゃけ言えば、どのくらいの量を投与しても良いの、或いは悪いのかは、全てこれからなのさ」
「投与することにより運動能力や精神への影響は? 短期の話で良いです」
「難しい質問だ。正直答えられるようなデータはない。どれだけ投与するかにもよるのだろうが、発熱、平衡感覚の喪失、倦怠感は起きるかもしれない」
「最後に。投与すれば私たちは戮天の適合値をクリアできるようになるのですか?」
熊野は肩をすくめて首を横に振った。
「さっきも言ったが、増強剤の効果はDoLを0.5から1.5程度上げる効果があるが、上昇値は個体差がある。ちなみにデータはみな実験動物によるものだからな。人での上昇値は未知だ。
適合値を越えるかもしれんし、越えれないかもしれん」
『仮定』を『もしも』とか『仮に』とか言うあやふやな言葉で塗りかためただけの、なにひとつ確かなことのない話だった。
こんな理屈を展開されて、この若い、少なくとも自分より若く見えるこの女性はなにを思っているのだろう、と早苗は考えた。愚痴の一つも吐きたくならないのだろうか、と内心同情もした。
「分かりました。どうするか考えます」
しかし、葵は不必要なことはなに一つ吐き出すこともなく、必要なことだけを静かに答えた。




