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② 熊野生物課課長

「デモナイゼーションとは簡単に言ってしまえば生物(せいぶつ)がDDになる、つまり変貌する、ことだ」

 

 その男は面白くも可笑しくもない、といった(てい)で言った。

 その男、熊野風太郎(ふうたろう)生物課課長はよれよれの白衣に猫背の中年男だった。

 若白髪のモジャモジャの髪と不遜ともとられかねない常日頃の態度が実年齢以上の歳に彼を見せていたがギリギリ30代の39歳。早苗より6歳ほど若い。実は研究局の課長では一番若かった。


「生物がDDに変貌するって、そんな話聞いたことがない。

いや、そもそも生物ってなんだ? どんな生き物がDDになるんだ? その原因は?」

 

 少し狼狽したように矢継ぎ早に警備部長は質問を繰り返した。


「機密に属する話だからね。警備部長のあなたは知らないだろう」


 熊野課長は無感動に答えると局長へアイコンタクトで話しても良いのか? と問いかけた。局長はその問いに黙って小さく頷いた。


「デモナイゼーションのメカニズムは分かっていない。

だから、どんな生き物がDDに変貌して、どんな生き物はしないのかは不明だ。

とはいえ、この現象自体の歴史は古いよ。

史上初めて記録されたDD、レジストコード0101、『mossman(モスマン)』。こいつの死骸を食べたと思われる多数のネズミの変異体が発見されている。それが最初だから、15年、いや、僕が院生の頃だから16年ぐらい前の話になるか」

「つまり、DDを喰うとDDになるっていうことか?」


 熊野課長は片方の眉を上げると首を横に振った。


「そんな、単純な話ではないなぁ。回収したDDのサンプルをさまざまな方法でモルモットに与えてみたがならないんだ。う~ん、正確に言うと、デモナイゼーションを起こしたものもあるがそのケースは極端に少ない。逆に、DDがまったく接触していないが、近くにいただけでデモナイゼーションしたケースも報告されている。

つまり最初に言った通り、原因は分かっていないのだよ。

仮説や実験、論文は山ほどある。それこそ何時間でも講義ができるほどね。なんならしても良いけれど、そんなものを求めているわけでも、時間があるとも思えない。

手短に結論だけを言おう。

人間がデモナイゼーションしたという事例は無い。故に最上課長の言っていることをにわかに信じることはできない」

「事実です」

 

 早苗は間髪をいれずに反論をした。その早苗を冷たい目で熊野は睨んだ。


「しかし、最上課長の話を聞く限り、その運転手がデモナイゼーションするのを直接見たわけではないようだが?」

「それは……そうですが……

しかし、現に市内のいたるところでDDが出現しています。これをどう説明するのですか?」

「現時点ではなんとも答えようがないね」

「では、熊野課長は、市民がデモナイゼーションしているなどとは考えられない、と?」


 局長が取りなすように割って入ってきた。


「そこまでは言っていない。

人間がデモナイゼーションした事例はない、という事実。そして、最上課長の証言を冷静に分析する限り、人がデモナイゼーションするという意見に慎重であるべきだ、と言っている。

まあ、この双美市は現在コクーンに閉じ込められているからな、どんなことが起きても不思議ではないがね」

「コクーン? コクーンとはなんだね?」


 局長の問いに、熊野課長はきょとんとした顔をした。


「コクーンはコクーンだ。

今、街を覆っているあの白い物質のことだよ」


 熊野の言葉に局長と警備部長が同時に顔色を変えた。


「なんと! あの物質がなんなのか知っているのですか?!」

「それを早く言ってくれ!

どうすれば脱出できるんだ?」


 詰め寄る二人を熊野を両手で制した。ざくりともつれた髪の毛をかきあげる。


「勝手に期待するのはいいが、もしもあれが僕の想像通りのものならば、僕たちの脱出は絶望的だと言わざるを得ない」

「絶望的? どういう意味だね?」

「コクーンは破壊不可能だからだ。

全く未知の物質でできていて、今の我々の技術では傷一つつけられない。故に自力での脱出は不可能だ」


 衝撃的な事実を告げられ局長も警備部長も言葉を失った。警備部長が真っ赤な顔をして怒鳴った。


「よくもそんなことを平然と言えるな!」

「うん? 僕のせいではないよ。むしろ、君たち同様被害者だ。

それにどう言い繕っても事実は変わらん。受け入れるんだね。

まあ、未知の物質に包まれている僕らの身になにが起こるかも未知数な話ではあるから、最上課長の言う人間のデモナイゼーションのような未知の現象が起きたとしても不思議ではない。

それは認めよう。

少くともデモナイゼーションにDDが関与しているのは間違いない。そう考えるとワクワクしてくるな」


 熊野はニヤリと笑った。局長と警備部長は複雑な表情で互いに顔を見合わせる。継ぐべき言の葉が見つからず困惑していた。ただ、早苗1人が自分を見失わずにいた。


「仮に人のデモナイゼーションが事実だとしてそれを防ぐ手だてはありますか?」


 熊野は早苗の方を見て、薄ら笑いを浮かべた。


「だからさ、メカニズムが分からないんだから防ぐ方法なんて分かるわけないじゃない」

「完全には分からないかもしれないけれど傾向とか、なんらかの推測ができるんじゃないですか。

睡眠不足だと免疫が低下して病気になりやすいとか、みたいに。

なにかデモナイゼーションにならない方法が経験則的に分かってはないのですか?」

「経験則的にねぇ……」


 必死に食い下がる早苗に、熊野は嘲笑うかのような笑みを引っ込めると顎をしゃくり、考え始めた。


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