① 追い詰められて
曲がり角から、ぬるりと大きなウツボカズラのようなものが現れた。その化け物を避難所で見かけたことを真一は、高々とつり上げられた女性警官を見上げながら思い出した。既に女性警官は手足をだらりと垂らして動かなくなっていた。
「このぉ! 若月を放せぇ!!」
警官が外に飛び出すや腰の拳銃を構えて叫んだ。真一にはその言葉がすごく陳腐に聞こえた。こんな化け物に放せ、などと言って通じるとは思えない。頭の奥の方で冷ややかに思っている自分をはっきりと自覚する。こんな感覚は初めてだった。
パン パン パン
乾いた音が響き渡った。発射された弾はウツボカズラの本体?に当たった。弾は意外なほど簡単にめり込み、化け物に穴を開ける。赤黒い液体が一瞬吹き出たがすぐに止まる。ウツボカズラ自体はまるで何事もなかったように釣り上げた女性警官をそのまま本体の上に持っていくとポトンと中へ落とした。
「うわぁ! やめろぉ!!」
警官は絶叫するとさらに拳銃を撃ったが、そのウツボカズラのような化け物はまったく動じる気配がなかった。と、突然、警官がひっくり返ると吊り上げられた。足に蔓のようなものが絡みついていた。
真一ははっとなる。
良く見ると何本もの蔓が地面を這っている。蔓は生き物のようにのたくり自分や碧、双葉の近くをはい回っていた。
釣り上げられた警官もやはりウツボカズラの中に落とされる。
「うがぁ 熱い、助けぇて」
凄まじい悲鳴が漏れ聞こえてきた。あのウツボカズラの中がどうなっているのか想像したくもなかった。まして、体験するなどもっての他だ。
「動かないで!」
この蔓に触れると絡みついてくると直感する。真一は動揺を隠せない双葉や碧に叫んだ。
さっき女性警官は音に反応して寄ってくると言っていた。見たところ、目のような器官も見当たらない。ならばこの化け物は音、空気や地面の振動を察知して獲物を捕らえる。
じっとしてなんとかやり過ごす
それが瞬間的に出した真一の結論だった。
「真一」
「しっ、声を出さないで!」
情けない声を上げる碧を、真一は低い声でたしなめる。しかし、碧は首を横に振りながら、恐る恐る、ある方向を指さした。
真一はそっちへ目を向け絶句する。
2つの影がこちらに向かって来るのが見えた。大きさこそ人ぐらいだったがそのシルエットから遠目からでも人でないことがすぐに分かった。
巨大なハンマーみたいな頭。
両手はタコかイカの触手のようで、うねうねと忙しくのたくっている。
頭の両端にはトンボのような大きな複眼がついていた。目の前のウツボカズラと違ってあっちはバッチリ視角で獲物を捉えるタイプのようだった。
動けばウツボカズラの餌食。かといってこのままじっとしていればいずれ近づいてきた化け物に襲われる。真一たちは完全に追い詰められていた。
どうする?
どうする?
真一は必死に打開策を考える。
そして、目の前のミニパトに目がいった。
助手席のドアは開け放たれたままだった。
距離は5メートルぐらい。一気に走って飛び込めば蔓に掴まらずにすむかもしれない。仮に蔓に絡まれてもパトカーならなんとかなるだろう。多分キーは付けっぱなしのままだろうから、なんとか動かして二人を回収して逃げる。
危ういプランだったがそれぐらいしか良いアイディアが思いつかない。
「いいかい。今から僕が……」
息をゆっくりと吐くと、真一は小さな声で碧たちに今からやろうとしていることを説明し始めた。
2021/07/18 初稿




