⑤ 無敵の盾と無敵の盾
MDF、マルチディメンジョンフィルタ。
本来折り畳まれた次元を引き延ばして多次元空間の膜を作り、あらゆるエネルギーを吸収する。いわば、無敵の盾。
「ヒメ 健在!」
オペレータールームで秋月はほっと胸を撫で下ろした。モニタには直撃を受けたはずのヒメ機の姿があった。カゲロウが立ち上ぼり、上体はゆらゆらと朧に揺れていたが、ダメージを受けた様子はなかった。
「FC 70に減少
ブレーン生成 異常なし」
「さすが、MDF…… しかし、胆が冷えた」
「いや、1発で3割近く削れてますよ。連続でもらうとヤバイですって」
その通りだ、と葵も思う。
想定より敵の反応が早い。距離およそ5000メートル。
この距離で相手が攻撃してくるとは……
完全に想定外だった。しかし、始まってしまった以上、止められない。
このまま、続行。 押しきる!
葵は素早く決断する。
「ヒメ 動いて! 次が来る」
葵の声が鋭く響く。
弾かれたようにヒメが動く。
ほぼ同時に一瞬前までいた地面が沸騰するように爆発する。
「なに?! えらく攻撃的じゃないの。まだ、私ら、攻撃地点についてないよ」
由真のぼやきが入る。
チカッ チカッと皿男の左目が光る。地面の沸騰が逃げるヒメを追いかける。ヒメは逃げながら攻撃予定地へ向かっていた。葵も自分の攻撃予定ポイントへ走りながら指示を飛ばす。
「ユーマ ヒメを援護!
奴の気を引いて。 相手に的を絞らせないで!」
「りょーかい!」
由真は5インチハンドキャノンを構える。
「FS弾 セット
こっち向きな 色男!」
ユーマがハンドキャノンを撃ち込む。弾は少し直進すると分裂し、男を包み込む。が、そのことごとくが男の手前でなにかに阻まれ、消える。
MDF。
そうDDもまた無敵の盾を持っている。いや、むしろDDこそがこの技術の本家だ。MDFはDDを研究して開発された技術だった。
「もう一発ッ!」
二発目も男の手前で防がれる。
だが、ダメージは与えられないが目的は達せられた。男の首がさらに曲がる。その視線の先はユーマがいた。
チカッと再び目が光る。
寸前で身をかわす。ターゲットが明らかに変わった。
「ヒメ 援護!」
ジリジリと男との距離を詰めつつ、葵は叫んだ。
ヒメが援護のキャノンを男に撃ち込むが結果は由真の時と同じで全てフィルタで無効化された。男は攻撃対象をユーマに決めたようで今度はヒメの攻撃を完全にスルーする。
一方、由真は執拗な男の攻撃避けるために双美山の裾野をかけ上っていた。当初予定の240度はとうに越え、男のほぼ西、背面に位置していた。男の首がいよいよ尋常でない曲がり方をしていた。
角度広くなるけど、いいよね
由真は、機動し続けて敵の攻撃を引き付けることに徹するつもりだった。その間に葵たちが距離を詰めれれば良い。そう考えていた。
男の首がぐるんと前を向いた。
えっ、私を諦めた?
そう思ったのもつかの間だ。男の頭は正面で止まらず、そのままぐるりと回転する。目が再び光る。一条の光の筋が虚空を切り裂き、さらに双美山の山肌をガリガリと削りながら由真に襲いかかってきた。
今までと真逆、進行方向からの攻撃に由真は全く反応できなかった。
ユーマ機のコックピットはまばゆい光に包まれる。
「ユーマ 被弾!!」
由真のチーフオペレーターである工藤曹長はモニタに噛りつかんばかりに身を乗り出した。
「無事か?! 」
あいにく、もうもうと立ち込める土ぼこりに阻まれモニタからは状況が分からない。
「ユーマ機 FC 62 無事のようです。」
「…… 62って。3割以上削られてるじゃねーか」
「まあ、それでも無事ッす。
あーー、でも、まずいッすね。由真ちゃん、倒れてる」
隣に座っている橘蜜子1士がぶっきらぼうに答える。モニタでは土煙がようやくおさまり、ユーマ機の姿が確認できるようになった。蜜子が言うように片膝を地面につけ、擱座していた。
「おおお、なにやってんだ。 起きろ! 起きろ!」
思わず工藤はコンソールを叩きながら、怒鳴った。蜜子は驚いたように眉をひそめたが何も言わない。
「起きてるって。
でも、足がはまって抜けない……」
男の左目が淡く発光した。
「次、来ますよ」と蜜子はぼそりと呟いた。
2021/04/04