⑤ 避難所にて
「あっ、お兄ちゃん!」
双葉は、真一たちの姿を認めると駆け寄ってきた。
普段は落ち着いて実年齢より上にみられる妹だが、この状況は心細かったのかと、真一は両手を広げ、抱擁の準備をする。
「うぇ~ん、怖かったァ」
と、双葉は真一をすり抜け、隣に立つ碧の胸に飛び込んだ。
「怖かったねぇ~。もう大丈夫だよ。
でも、双葉ちゃん、相変わらず可愛いねぇ」
碧も双葉の頭を撫でながら、ぐっと抱きしめかえす。
「おい! それ俺の役目だろ」
真一のツッコミに双葉と碧はじとっした視線を向ける。
「「妹、抱きしめたいとか……えっ、キモっ!」」
「いや、そこでハモるなよ」
「まっ、それは置いておいて、どうしちゃたのかねぇ」
碧は、非常灯で照らされた避難所を見回しながら言った。
「電気が切れたってのはDDのせいだとは思うけど、携帯が圏外になってるから、このエリアだけじゃなく、かなり広範囲で停電が起こっているってことだと思う」
「そうなの?」
「つまり複数のアンテナ設備が同時にダウンしたってことだからさ」
「ふ~ん、一体上でなにか起きてるんだろうね」
碧は天井を見上げて言った。双葉もつられて顔を上に向けた。
「お母さん、大丈夫かなぁ」
「双葉ちゃんたちのお母さんって、あれでしょ
、双美総研に勤めてるのよね」
「うん、そうだよ。昨日から緊急事態に備えて研究所で待機になってるの」
「へぇ、じゃあ、心配だよねぇ」
「逆だよ。双美総研は軍事関係の仕事をやってるから警備も自衛隊の管轄で、自前で持ってる避難設備も民間のよりずっと金がかかってるさ。ここよりもずっと安全だよ」
「えっ、そうなの? だったら、こんなところ抜け出て、お母さんのところにかくまってもらうのもありだよね。その時は私も連れてってね」
「ここだって十分頑丈だよ。それよか地上でうろちょろしてるだろう悠哉が心配だ」
「あーー、あのバカねえ。今頃は瓦礫の下敷きにでもなってるかもね。あははは」
碧はカラカラと笑う。本気か冗談なのか判断に困り、真一は緩い笑い顔になった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
悠哉は、路地裏の建物と建物がつくる狭い空間に身を潜めて、荒い息をついていた。
チチチチチチチ
甲高い虫の鳴くような音が徐々に近づいてくる。ごくりと唾を飲み込むと、近づいてくるものから少しでも隠れようと建造物がつくる薄い影へ懸命に体を押し込める。
チチチチチチチ
異音はさらに大きくなる。砂を踏み足音も微かに混じっていた。
悠哉は懸命に呼吸を静めようとする。
チチチチチチチチチ
来た
悠哉は恐怖で呼吸を忘れる。そして、本の数メートル先の路地をよたよたと歩く一人の男を凝視する。
黒の革靴に紺のズボン。白のワイシャツは真っ赤に染まっていた。一歩歩くと前後左右に大きくよろめく。その度に半分ちぎれてぶら下がった男の頭がぶらぶらと揺れ、吹き出る血がまたワイシャツを赤く染めていった。
人間であった時の男の首には今はシュモクサメのようなT字の異形の頭が鎮座していた。両端の先端には昆虫の複眼のような丸く巨大な目がてらてらと虹色に光っていた。両肩からは濃緑の触手がだらりと地面まで伸び、少し先端を引きずっていた。その触手には小さな穴、いや口というべきか、が無数に付いていて、それが各々チチチチチチチという耳障りの音を発していてた。
その名も知らぬ異形の怪物は、よたよたと歩き、路地裏の狭い視野からは見えなくなる。ただ、甲高い音だけが悠哉の耳をなぶる。
チチチチチチチ
チチチチチ
音は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。悠哉は大きく息を吐いた。
「なんなんだよ、あの化け物は」
半分泣きそうになりながら悠哉は立ち上がり、肩の痛みに顔をしかめた。
悠哉の肩には一筋の裂傷があった。さっきの化け物から受けた傷だ。悠哉は恐る恐る傷を指でなぞった。ヒリヒリと痛むが幸い出血は止まったようだった。
「とにかく、どこか安全なところにいかないとな」
悠哉は自分に言い聞かせる。
だが、安全なところとはどこなのか?
心に湧いたその質問に悠哉は答えることができなかった。




