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⑥ 早苗の苦悩

「準備はできた?」


 最上早苗(さなえ)は少し苛立った様子で作業員に問いかけた。すると、作業員たちは困ったように顔を見合わせた。リーダー格の男が背後の巨大なトレーラーを振り返りながらおずおずと答える。


「それが、幌を被せるなりして、搭載物を直接見えないようにしないと外へ出す許可は出せないと言われました」

「なんですって? 誰がそんなことを言ってるの」

「保安部の部長です」

「まったく! いいわ、私が掛け合います」


 早苗は壁に備え付けられたインターホンに駆け寄ると怒りに任せてキーを叩く。長く続く呼び出し音が彼女の焦りを煽り立てた。


 落ち着きなさい。まだ、大丈夫


 壁に背中をあずけながら、早苗は自分に言い聞かせる。そして、目の前の物をぼんやりと眺めた。超大型輸送車両、通称クレードル(ツゥー)。大型トレーラーを縦にも横にも倍にしたような代物で、その威圧感は小高い丘に等しい。この存在自体も希少ではあったが、今のところ問題になっているのはその荷台に載せられているものだ。黒に近い藍色の塊。


「はい、こちら保安部です」


 電話口からの声に早苗は思考を一時中断した。


「開発局第4開発課の最上です。

部長をお願いします」

「部長はいま、急ぎの打ち合わせをされています」

「そう。おあいにくさま、こちらも急ぎの用なのよ!

でも、5分で済む話だから、悪いけど取り次いでちょうだい」


 取り次がなければ会いに行くぞ! という気迫が伝わったのか、少しの間を置いて保安部長が電話口に出てきた。


「幌を被せろとかどういう意味よ!」

「どういう意味とは、そのままの意味だよ」


 激昂する早苗とは対照的に保安部長は落ち着いたものだった。


「申請は見た。

あんたが運ぼうとしているのは軍機クラスFって代物だ。本来なら輸送ルート、その間の警備プラン、緊急時の処置等々、書類をごまんと出してもらわんと1ミリだって動かせないんだよ。それをいくら緊急事態だからって受け入れ先も決まってないのにとにかく外へ出せって言われてもね。どうせ、ノープランでどこかその辺に露駐するつもりだろ。

なら、せめて幌ぐらい掛けろっていってるんだよ」

「簡単にはいうけどね、幌を被せるのにどれだけ時間がかかると思ってるのよ」

「さぁ、知らんね。でもだ。

あんただってスッポンポンで外を歩けって言われたら嫌だろ。どんなにでかくても要所は隠すんじゃないのか?」

「……それ、セクハラよ」

「喩えだよ。飲み込みの悪そうな課長さんにも分かるように簡単な喩えで説明しただけだ」

「今度はパワハラ? 勘弁してちょうだい」

「勘弁してほしいのはこっちだ。要はこちらの言い訳が立つようにしてくればいい。機密保持の指示はした。細かなやり方は現場に一任。それだけだ」

「石頭!」

「忠告しておくが、下からの不適切発言もハラスメント対象になるぞ。まあ、規則を守らせて機密と安全を確保するのが保安の仕事だからな。今のは誉め言葉と受け取っておく。

さて、5分たった。話は終わりだ」


 ガチャリと電話が一方的に切られた。

 

「俗物、俗物、俗物!」


 早苗は舌打ちをすると、足を踏み鳴らす。深呼吸をすると待機している作業員たちへと顔を向けた。


「幌をかけるわ!」

「しかし、こんなでかいものにかけれる幌なんてありませんよ」

「ああ、もう、保全とか庶務でブルーシート、横断幕、なんでも良いからかき集めてきてちょうだい」


 早苗の指示に、作業員たちは幌になるそうなものを求めて散っていった。

 

 でかくても大事なものは隠すだろ


 保安部長の忌々しい言葉がよみがえる。


「分かっているけど、これは大きすぎるのよ」


 早苗は目の前のものを見上げ、ため息を漏らす。10階建てのビルを横倒しにしたような大きさは見る者をただただ圧倒する。幌を掛けるにしても何時間かかることか。


 この時間の浪費(タイムロス)が致命傷にならなければ良いのだけど

 

 早苗はもう一度、さっきより大きなため息をついた。



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