③ 眞菜と碧
教室に入ると既に半分ぐらいの席は埋まっていた。真一は席につくとさりげなく窓際へと視線を向ける。
そこには、1人の少女が座っていた。
名前を鳥海眞菜と言った。真一の秘かな想い人だ。
眞菜はイスに座り、別の女子2人と話をしていた。なんの話をしているかは喧騒に紛れて聞き取れなかったが、時折にこやかに笑う度に艶やかな黒髪が夏を含み始めた朝の日差しをキラキラと反射させていた。
ふぅ、真一はため息を漏らした。
口をきいたことは2回か3回ぐらいしかない。それも学校の行事関係。真一が一方的に思っているだけの片思い、いや、真一自体が積極的にアプローチしていこうと考えていなかったから、片思いというより、憧れ、推しアイドルとファン、ぐらいの関係性と言った方が適切だった。
成績優秀、性格良し、容姿端麗な眞菜は間違いなくクラスの中枢でカースト上位。対して、真一は取り立てて悪くもないが良いところを上げるのも苦労がいる平凡な存在だった。底辺ではないが上位でもない。カーストで言えば中の下ぐらい。なんの特徴もないモブ中のモブだ。そんな自分が眞菜に釣り合うはずもない、その事は真一自身が認識していた。
努力するだけ無駄なのだ。
ならば、なんでいつも未練たらしく目で彼女を追ってしまうのか……
未練だなぁ、と我ながら思う。双葉が悠哉の目がいやらしいと、嫌っているが、もしかしたら自分も眞菜にそんな風に思われているのかも知れない、と真一は考えた。
まずいと思う反面、意識してもらえるだけでも嬉しいという倒錯した感覚も少しあった。
僕は変態か……
真一は内心苦笑する。
「まぁーたぁ、見てる!」
突然耳元で囁かれ、真一は飛び上がりそうになった。振り向くと柳碧の顔があった。
「な、な、な、なんだよ!」
「なんだよぉ! じゃないわよぉ。
また、あの娘見て、ニマニマしてたでしょ」
「してないよ」
「嘘ばっか!」
丸顔でソバカスのある顔を肩に載せると真一の視線を指でなぞる。その先は眞菜の姿。
「止めろってっ!」
真一は慌てて碧の手を掴んだ。
「いやん。私、乱暴されちゃう」
「しないよ。バカじゃねーの」
「あはは、おっかしい。なにムキになってんのぉ」
碧はケタケタ笑いながら真一の前の席に座り込んだ。
「あれ?
そう言えばバカのご本尊の悠哉はぁ?
朝早く家を出て行ったと思うけど、教室にいないねぇ」
そう言いながら、教室を見回す。碧の家は悠哉の隣で、二人は幼なじみだった。その関係で真一は良く碧に絡まれる。
「悠哉はサボりだよ。生DDが見れるかもって言って、今頃、どこか走り回ってると思う」
「マジ?」
碧は大きめの目をことさら大きく見開いて、真一を見つめてきた。真一は黙ってうなづく。
「あはっ、バカなのは知ってたけどそんなに、おバカとは思わなかったわ」
さらになにかを言おうと口を開いた碧だったが、それは始業の鐘で遮られた。
「まっ、その話は後でってことで!」
碧は妙に切れの良い敬礼を決めると、颯爽と教室を飛び出ていった。そう、実は彼女は隣のクラスなのだ。
嵐のような碧が視界から消えるのを確認すると真一は視線を眞菜へと戻した。眞菜は背筋を伸ばして授業の準備に入っていた。
その背中が自分に振り返ることはない。そう思いながら、真一はちょっと切ないため息をついた。




